2016年以降、AIへの注目が世界的に高まっています。「AIが人類の知能を超える時点、『シンギュラリティ』が2045年に到来する」という意見も耳にします。しかし、「シンギュラリティ」とは、「加速度的に進化する技術によって、人間が生物学的な限界を超え、人間の生命と社会のありかたが大きく変わる時期」と解釈すべきです。また、「AIが人類の知性を超える」ことが西暦2045年までに起こるとは断言できません。ただし近い将来、AIが社会や働き方に大きな変革をもたらすことは確実です。
かつて、医学の教科書の内容をすべてプログラムした、“コンピューター医師”の実用化に向けた研究が行われていました。医療知識を正確にインプットすれば、コンピューターは人間と同等の思考や行動ができるという発想です。しかし、ごく初歩的な医療行為すらできずに終わりました。理由は簡単です。教科書には「人は注射針を刺されると痛みを感じる」といった常識は書かれていないから。医療行為は知識だけでなく、膨大な常識や、言語化できない知識=暗黙知などを総動員して初めて可能になることが、再確認されたのです。
現在は、画像や暗黙知などの非言語的知識をAIに学ばせる研究が進み、「ディープラーニング」が活用されています。脳神経細胞の情報処理の仕組みを模して、複雑な思考に耐えうる構造を持たせたAI技術です。従来のAIは言語的な情報しか処理できませんでしたが、ディープラーニングは画像や音声などをそのまま蓄積し、それらをもとに思考できます。すでにAIの画像解析精度は人間を超えており、今後は動画や音声などの解析も進むはずです。
グラフのように、技術は常に加速度的に進化し、右端に近づくほど急激な速度になります。この20年のパソコンなどによる変化すらしのぐインパクトを、AIは数年で引き起こすかもしれません。それは、「シンギュラリティ」がすぐそこまで到来しつつあることを意味します。
現在のAIでも多くのことが可能です。例えば、過去の健康診断データをAIが解析し、今後発症しやすい病気を事前に知らせるサービスなどです。企業が人財情報をデータベース化し、AIが最適な人事配置を行う仕組みを作れば、人事の仕事は大きく変わるでしょう。
つまり「シンギュラリティ」が示唆する危機とは、AIの進化自体ではなく、それに人類が追いついていないことです。パーソナルコンピューターの父と呼ばれる米国の計算機科学者アラン・ケイは、「未来は予測するものではない。発明するものだ」と言っています。20年後にどんな未来が来るかではなく、どんな未来にしたいかを考えるべきでしょう。企業もAIを恐れずに使いこなして、素晴らしい未来を創り出してほしいと思います。
東京大学大学特任教授
中島 秀之氏
profile
東京大学大学院情報理工学系研究科 先端人工知能学教育寄付講座特任教授、公立はこだて未来大学名誉学長。東京大学大学院情報工学専門博士課程を修了後、人工知能研究で知られる電総研(通商産業省工業技術院電子技術総合研究所)に入所。協調アーキテクチャ計画室長、通信知能研究室長、情報科学部長、企画室長などを歴任。2001年、産総研サイバーアシスト研究センター長。2004年、公立はこだて未来大学学長、2016年6月、同大学の名誉学長。