岡田恵子氏
ウイリス・タワーズワトソン 取締役
タレント&リワード セグメントリーダー 兼 データ・サーベイ・人事テクノロジー部門総括
企業合併や事業統合、人事諸制度の改革、事業改編や企業変革などに伴う社内外へのコミュニケーション戦略の立案・実施支援、メッセージやツールの設計・作成支援、および新制度の定着と運用に向けたプログラムの設計と実施に従事。主な著書に『ロジカル・シンキング』(東洋経済新報社)がある。
日本の従業員エンゲージメントは世界各国に比べて低いといわれている。データから世界と日本の違いを見定め、日本企業が何を改善すれば、従業員エンゲージメントを向上できるかを探る。
そもそも日本の従業員エンゲージメントは、国際的に見て低いのだろうか。ウイリス・タワーズワトソンの取締役、岡田恵子氏は次のように説明する。
「私たちは、世界約120カ国において同じフォーマットで従業員エンゲージメントについて長年調査してきました。もちろん国によって労働観も企業文化も異なりますから、単純な国際比較はできません。例えば、新興国は経済全体が急激な成長段階にあるため、結果的にエンゲージメントが高まっている面もあります」
岡田氏によると、ブラジルなどラテン系文化は自己肯定意識が強い傾向があり、同じアンケート項目でも日本に比べてエンゲージメントの数値が高く出る傾向があるという。
しかし、そうした文化の違いなどを差し引いても、日本の従業員エンゲージメントの調査データの低さは問題だと続ける。
「日本のビジネスパーソンが真面目で勤勉なのは間違いありません。大手企業を中心に終身雇用が定着し、会社への帰属意識も強い。しかしその反面、仕事に対する姿勢がやや受け身的で、経営陣や上司が決めたことに従うという傾向があります。自分の会社がどこに向かおうとしているのか、そのなかで自分はどんな仕事をすべきか、一般社員が考えて提案するような風土は乏しい。これらが日本の従業員エンゲージメントが低いとされる原因の一つと考えられます」
日本とグローバルそれぞれの平均的な従業員に、会社への自発的な貢献意欲に関する意識調査をしたところ、歴然とした差がついた(図1参照)。しかし、ハイポテンシャルを自認する従業員、そしてエンゲージされた従業員であれば、グローバルの平均値と同等か、それ以上のハイスコアを示している。世界と勝負するためにも、エンゲージメントの向上は不可欠だ。
もう一つ興味深いのは、従業員エンゲージメントを左右する要因が、日本と世界平均とで微妙な違いがあることだ。
前述したように、各国企業を対象としたタワーズワトソンの調査によると、エンゲージメントと相関の高い上位5項目は、「経営トップのリーダーシップ」「ゴールや目標の明確さ」「直属の上司との関係性」「業務の社会的な意義」「ワークライフのバランスと柔軟性」となっている。しかし日本の調査結果では、「経営トップのリーダーシップ」がベスト5に入っていない(図2参照)。
「これは日本企業において、経営陣のビジョンや理念が社内で共有されておらず、従業員の自発性や働く意欲に結びついていないことの表れかもしれません。経営陣が自社の将来像をどう捉え、それを実現するためにどんな目標やミッションを設定しているのかをしっかりと伝える地道な努力が求められます」
エンゲージメントを左右する要素として、「福利厚生の充実」が上位に入っているのも日本の特徴だ。先進国では珍しい傾向であるという。
「日本経済の先行きに対する強い不透明感・不安感が背景にあると考えられます。その意味では、文字通り福利厚生に力を入れるだけでなく、将来の不安感を取り除き、前向きに仕事に取り組めるようなビジョンを経営陣が掲げることも、従業員エンゲージメントのために重要でしょう」従業員エンゲージメントへの取り組みで、日本企業とグローバル企業との決定的な違いは「徹底の度合い」だと岡田氏は話す。
「従業員エンゲージメントの向上は、目先の業績向上に直結するというわけではなく、あくまで中長期的な視点で取り組むべき経営課題です。エンゲージメントに関する社内調査を継続的に実施し、課題が明らかになれば経営陣がイニシアチブをとって解決策を打ち出す。経営ビジョンや事業計画、人事戦略、社内のコミュニケーションのあり方まで、すべての要素を『エンゲージメント向上』に結びつけていく徹底した取り組み姿勢が重要であり、これが日本企業に不足している点だといえます」
日本の優れた人財を活かすためにも、意思決定や組織運営、人事評価のあり方なども含めて、従業員エンゲージメント向上への徹底した取り組みが望まれる。
日本企業の従業員エンゲージメントは、アジアではどのような評価を得ているのだろうか。
タイやシンガポールをはじめ、アジア諸国での人事・組織事情に詳しいbeyond globalグループPresident & CEOの森田英一氏に問いかけると、極めて興味深い調査結果について語ってくれた。
「私たちは横浜国立大学の研究グループと共同で、シンガポールとタイの企業で働く人々に対し、従業員エンゲージメントに関する調査を実施しました。それぞれの国で、現地のローカル企業、欧米企業、日系企業に勤める人々の間で、従業員エンゲージメントに違いがあるかを調べたのです。結果、両国での評価が明らかになりました」
シンガポールでもタイでも、日系企業で働く人々のエンゲージメントが最も低いことがわかった(図3参照)。つまり国民性などと関係なく、日本企業は他の国でも従業員エンゲージメントを引き下げてしまっている可能性がある。
その原因は、「雇用を守ることは大前提」という日本企業独特の経営姿勢にあると森田氏は分析する。日本では企業の雇用維持は重要だと考えられている。しかし海外ではむしろ「日本企業は成果主義的なプレッシャーもなく、社員のレイオフもないので気楽に働ける」と捉えられている。その結果、エンゲージメントが低い人が集まりやすい環境が生まれてしまっている恐れがあるという。
「以前から日本企業はグローバル展開を重視し、現地法人の設立や海外企業の買収などに力を入れていますが、海外人財のエンゲージメントをいかに高めるかという発想が決定的に欠けているといえます。グローバル戦略で成果をあげるためにも、日本国内で従業員エンゲージメント向上の成功事例を積み、知見やノウハウを培っていく必要があります」
今後、森田氏は「エンプロイアビリティ(雇用される能力)」が特に重要になるという。
「日本では、『雇用を守り、長く自社に勤めてもらう』という発想になりがちで、自発性や働く熱意を削ぎ、従業員エンゲージメントを低下させる面があります。これに対し世界では、その人が一生涯、働き口に困らない能力、どんな企業に行っても活躍できる実力、を身につけさせることを重視します。それがエンプロイアビリティです」
企業が一人ひとりのキャリア形成に積極的にコミットすることで、従業員の成長を促す。これは企業自身の成長にもつながり、結果的に従業員エンゲージメントを向上させることになるという。
また森田氏は、エンゲージメント対策に取り組んでいるものの、成果を出せていない日本企業が多いことに対し、以下のように語った。
「エンゲージメントに関する社内調査をせっかく実施したのに、結果が悪かったという理由で従業員に情報を開示せず、かえって信頼を失ってしまったというケースをしばしば見受けます。よい情報も悪い情報も共有して、エンゲージメント向上のための施策を従業員とともに考えていく。これを繰り返していくことで、社内にエンゲージメントの好循環を定着させていくことが肝心です」
岡田恵子氏
ウイリス・タワーズワトソン 取締役
タレント&リワード セグメントリーダー 兼 データ・サーベイ・人事テクノロジー部門総括
企業合併や事業統合、人事諸制度の改革、事業改編や企業変革などに伴う社内外へのコミュニケーション戦略の立案・実施支援、メッセージやツールの設計・作成支援、および新制度の定着と運用に向けたプログラムの設計と実施に従事。主な著書に『ロジカル・シンキング』(東洋経済新報社)がある。
森田英一氏
beyond globalグループ President & CEO
アクセンチュア勤務後、シェイク社設立を経て、beyond global社を日本とシンガポール、タイに設立し、President & CEOに就任。同社の「海外修羅場プログラム」が、「HRアワード2013」(主催:日本の人事部 後援:厚生労働省)の教育・研修部門で最優秀賞受賞。主な著作に「『どうせ変わらない』と多くの社員があきらめている会社を変える『組織開発』」(PHPビジネス新書)。