政府が推進する「働き方改革」の柱であり、政府が公約にも掲げているのが「同一労働同一賃金」の実現です。2019年導入を目指していますが、すでに浸透している諸外国ではどのように取り入れられているのでしょうか。
海外事例と日本の雇用慣行との違い、日本で導入するメリットや課題について、有識者にうかがいました。
「『同一労働同一賃金』とは、職務内容が同じまたは同等の労働者に対しては、同一の賃金を支払うべきという考え方です。この原則は、海外では当然のこととして広く普及しています。先進国で導入されていないのは日本くらいだといえます」
昭和女子大学グローバルビジネス学部長・特命教授の八代尚宏氏はこのように同一労働同一賃金について解説する。
「市場が効率的に働いていれば、同じサービスや商品の価格は等しくなるという『一物一価の法則』を労働市場に当てはめたもので、経済の基本原則です」
欧米の職種別労働市場では「同一労働同一賃金」は基本的な原則だ。仮に、同じ仕事をする人を性別、年齢、人種、宗教等によって賃金に差をつければ、それは差別として禁止される。これは人権保障だけでなく、労働者の利益の観点でもとらえられている。EUでは、フルタイム社員とパートタイム社員が同じ仕事をしている場合、1時間あたり同じ賃金を支払う「均等待遇」を、「EU指令」によって加盟国に義務付けている。アメリカでは労働法などによる明確な規定はないものの、差別の観点で不当な扱いを受けたと労働者から訴えがあったときには、企業に「差別をしていない」という立証責任が課せられる。一方、日本では、主に正社員(無期雇用フルタイム労働者)の働き方を基準として、非正社員(有期雇用労働者、パートタイム)の間の、待遇差の解消にのみ注目が集まっていると八代氏は語る。
「日本では、高度経済成長期から培われた『年功序列』や『終身雇用』に代表される日本型雇用システムが、大企業を中心に現在も維持されています。しかし、低成長期には、企業が雇用と年功賃金を保障する正社員を増やすことは容易なことではありません。このため、企業は派遣を含む有期雇用社員を増やすことになり、その結果、非正社員の比率が持続的に高まっていきます。非正社員増加のもう一つの要因は高齢化です。定年退職後の再雇用者に定年以降の雇用保障はできませんので、高齢労働者の増加は、自動的に非正社員の増加をもたらします。経済成長の減速や高齢化が進む今後の社会では、変化しなければならないのは、むしろ正社員の働き方です」
「同一労働同一賃金」が当たり前の欧米労働市場の特徴
すでに「同一労働同一賃金」が広く浸透する欧米の労働市場には、日本とは異なる以下の四つの特徴があると八代氏は解説する。
一方、日本の労働市場は、「企業別労働市場」であり、欧米のように一職種に対して企業横断的に賃金水準を定める仕組みがない。労働組合も企業ごとに存在する「企業別労働組合」のため、類似の職務であっても、企業内部の正社員と外部の非正社員、あるいは大企業・中小企業の正社員間などで、賃金格差が生じやすい。八代氏は欧米と比較した場合、日本の「正社員」の方が異質であることを強調する。
「正社員は、日本の場合、職務内容や責任範囲があいまいで、会社の都合によりどんな部署や職種にも対応する包括的な働き方が求められます。賃金も、正社員は個人の職務遂行能力や勤続年数を基準とした『職能給』が適用されます」
「同一労働同一賃金」を導入するメリットと課題
八代氏が注目する日本独自の課題として、「年功賃金カーブ」を挙げる。
「年功賃金カーブ」とは、勤続年数に比例した賃金上昇率のことだ。若いときには賃金差はあまりないものの、年齢に比例して賃金上昇の度合いが大きくなっていく。
八代氏はこの年功カーブの見直しが重要であると指摘する。
「正社員の年功カーブの見直しは、同一労働同一賃金において大きな意味を持ちます。例えば40歳くらいで年功賃金カーブの上昇を頭打ちにして、個人の自由なキャリアの選択を促します。代わりに所与の業務を遂行できれば、何歳になっても働き続けられるといった、柔軟な仕組みが実現できます」
八代氏は正社員の働き方こそ、変えていく必要があると提言する。では、なぜ変えなければいけないのか――。
「現在の正社員の賃金体系は、過去の高い経済成長期の産物だからです。低成長期が続く今、その仕組みを維持したままでは多くの企業が雇用を保障できません」
こうした経済環境の変化や、欧米との違いを踏まえ、「同一労働同一賃金」実現に向けて日本の企業が取り組むべきこととして、
- ①「個人の職務範囲」を欧米のように明確化する
- ②企業の核となるごく少数の正社員を除いては、賃金体系を「職能給」から、個々の仕事と報酬とが明確にリンクした「職務給」に近づける
- ③公正で透明性の高い人事評価制度の導入
- ④社会情勢と合わなくなった配偶者手当や通勤手当等、各種手当の見直し・廃止
などを八代氏は挙げる。
一方で、日本の雇用慣行の中にも、欧米にはないメリットがあると評価する。
「欧米のように職種別労働市場で同一労働同一賃金を実現すると、熟練度の低い若年層の失業率が高くなります。その点、日本では新卒者を一括採用し、企業内で教育するシステムがあり、若年失業率が相対的に低いといったよさもあります」
このため、例えば新卒採用から20年間ほどは、現行の企業内で多様な職種を経験する日本の雇用慣行を維持する。40歳くらいからは自分の得意とする職種に限定した同一労働同一賃金の働き方であれば、定年退職の必要性もなくなるとの展望を語る。
「『同一労働同一賃金』導入が、各企業にとって、日本の雇用慣行のよい面を生かしながら、世界標準の働き方に変えていくきっかけになることを期待したい」
Profile
八代尚宏氏
昭和女子大学グローバルビジネス学部長・特命教授
1946年大阪府生まれ。国際基督教大学教養学部と東京大学経済学部を卒業後、経済企画庁に入る。在職中に米メリーランド大学で経済学博士号を取得。OECD事務局に出向した。上智大学教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授などを歴任し、現職。政府の経済財政諮問会議や総合規制改革会議の議員を務めた。専門は労働経済学、経済政策。『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義──高齢者優遇をどう克服するか』(中公新書)、『日本的雇用慣行の経済学』(日本経済新聞社)、『反グローバリズムの克服:世界の経済政策に学ぶ』(新潮選書)など著書多数。