佐藤 博樹氏
中央大学大学院戦略経営研究科
(ビジネススクール)教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1983年法政大学助教授、1991年同大学教授を経て、1996年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)など。経済産業省の「新・ダイバーシティ経営企業100選」運営委員会委員長などを兼任。
AI(人工知能)をはじめとするテクノロジーの発達により、人間の雇用が大幅に代替されるという脅威論は根強い。また長寿化に伴い、多くの人々が将来的に大規模なキャリアチェンジを迫られる可能性が高い。このような変化の時代に、個人と企業はどう備えればよいのか。求められる能力・スキルとは何か。企業の人財開発に対する先端的研究で知られる中央大学ビジネススクールの佐藤博樹教授に語っていただいた。
経済の成熟化、グローバル競争の加速、AIをはじめとするテクノロジーの急速な発達などを背景に、近い将来、あらゆる業種の企業が事業ドメインを根底から変えるほどの変革が求められていくだろう。
しかし、どんな変化が起こるかは予見できず、新しい能力を身につけようにもどう準備すればよいのかわからない。企業としても、求められる能力・スキルが特定できないので教育訓練計画をつくることは難しい。キャリアに対する不安感が高まっているのは当然ともいえる。
不確実な未来に対し、私たちは具体的にどう備えればよいのだろうか。佐藤氏によれば、取り組むべきことは大きく3つあるという。
第1に、特定の業務に依存しない汎用的スキル・能力の開発だ。課題設定能力やコミュニケーションスキル、考える力や学ぶ力などがこれに当たる。これらは将来、どんな事業や業務に携わるとしても引き続き欠かせないものだ。
「これまで多くの日本企業の人財育成はOJTが中心でした。目の前の業務を遂行する能力は高いものの、学んだことを理論的に一般化して他の分野に応用したり、新たな課題を設定してそれを論理的に展開するといったことは苦手というのが実情。変化に備えるためにも、汎用的な基礎能力を高めるという意味でのOff-JTが今後重要になっていくでしょう」(佐藤氏)
第2に、「変化対応行動」を備えることだ。これは、予期せぬ変化を前向きに捉え、学ぶ意欲を持ち、新たな能力を速やかに身につけていく行動特性を指す。①仕事に有効か否かにかかわらず、さまざまな分野に関心を持つ「知的好奇心」②継続的に学び続ける「学習習慣」③未知のことに前向きに取り組む「チャレンジ力」の3要素からなる。
「国内電機産業の大卒者約4,475人を対象に私が行った実証研究によれば、変化対応行動をとれる人ほど、将来への不安感が低いだけでなく、間接的にエンプロイアビリティ(雇用機会確保可能性)も高いことが明らかになっています。3つの要素を備えていれば、変化に直面したときにも柔軟に対応でき、“驚き”が少なくて済むからです」(佐藤氏)
このうち特に重要なのが学習習慣だと佐藤氏は強調する。
「ビジネススキル・能力と違って、学習習慣の有無は意外に見えにくいもの。若いうちは仕事の基礎を覚えるためや、新たに任された職務を全うするため、誰でも学ぼうとします。しかし、キャリアの先行きが見えてくる40代以降になると、出世・昇進にかかわらず学び続けられる人とそうでない人の差が出てくる。学習習慣が乏しい人ほど、業務内容や職場環境が大きく変わったとき、新たに求められる能力を身につけるのが難しいといえます」(佐藤氏)
企業は今後、変化への対応力を高めるために、社員に対し学習の習慣化を促すような対応が求められる。そのために新たな研修予算を投じることは、必ずしも必須ではないと佐藤氏は話す。例えば業務の成果に直結しないと思われる学びでも、否定するのではなく、奨励していく風土の醸成が、従業員の学習習慣を後押しすることにつながるという。
第3に、価値観のフレキシビリティを身につけることだ。
「これは学習習慣にも関係することですが、変化の時代の学びとは、従来の知識に新しい知識を積み重ねることではありません。むしろ過去の知識を意識的に棄て去って、従来とは異なる新しい知識を習得していく姿勢が絶対に必要です。学びで学習棄却が重視される理由がここにあります。過去の知識は成功体験と密接に関係しているので、学習棄却は簡単ではありませんが、これができるかどうかが個人にも組織にも問われていきます」(佐藤氏)
そのために最も重要なのは、仕事以外の場でもさまざまな役割を担い、多様な価値観に日頃から触れておくことだ。佐藤氏の調査では、社内外における多様な人々との交流が、変化対応行動を促すことも示唆されたという。家庭であったり、NPO活動であったり、趣味の集まりであったり、さまざまな役割を担うことは、多様な価値観に触れることになり、自分の価値観を相対的に見つめ直す契機になる。関心があることに取り組む姿勢でいれば、学習習慣が高まり、あらためて学び直したいなどの欲求も生まれてくるものだ。そういった行動こそが、個人の大きな武器となる。
「社会人がビジネススクールで学んでみるのも1つの方法です。会社名や肩書を離れ、年齢・性別に関係なく全員が『学生』『同級生』としてコミュニケーションしていくことが、価値観を見直すよい契機になるからです」
企業としても、ダイバーシティ&インクルージョンを重視した経営や職場環境の整備を重視するとともに、社外での活動を推進するような職場風土をつくっていくべきだろう。変化対応行動や価値観の柔軟性を備えた人財をどれだけ増やせるかが、組織としての変化への対応力を大きく左右していくのである。
佐藤 博樹氏
中央大学大学院戦略経営研究科
(ビジネススクール)教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1983年法政大学助教授、1991年同大学教授を経て、1996年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)など。経済産業省の「新・ダイバーシティ経営企業100選」運営委員会委員長などを兼任。