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2022.09.08
家族や仲間と過ごす時間が仕事への活力を生み出す―メキシコに見る働き方―

明るく陽気な国民性というイメージの強いメキシコ。実は労働時間が世界1位という調査結果があるほど勤勉な側面もある。そんなメキシコに魅了されて起業した、株式会社Encounter Japan代表取締役社長の西側赳史氏に、メキシコにおける人々の働き方や仕事に対する考え方などについて聞いた。

社員の誕生日は社員みんなで盛大に祝う

――メキシコの会社では社員全員の誕生日を祝う習慣があると聞きました。

メキシコではほぼすべての企業が社員の誕生日をお祝いします。ホールケーキを買ってきて、ランチの後や業務時間後にみんなで集まってお祝いするのが一般的です。メキシコの人は楽しいことが大好き、イベントも大好きという国民性です。ちょっとしたお祝い事でも盛大に盛り上がります。その筆頭に挙がるのが誕生日で、誰もが1人でも多くの人に祝ってもらいたいと思っているので、「誕生日をお祝いしない会社なんてありえない」というのがメキシコ人の考え方だと思います。

これは企業規模に関係なく、メキシコの超大手企業でも毎月盛大に行っています。役員クラスも出席して盛り上がるほどで、知り合いの経営者は「社員の帰属意識が高まるという意味合いもあるけれど、何より楽しいからやっているのさ」と言っていました。

家族や仲間と過ごす時間が仕事への活力を生み出すーメキシコに見る働き方― 西側さんの会社が運営するレストランで行った誕生日パーティー。ケーキを用意して、みんな笑顔に

――ちょっとしたお祝い事でも盛り上がるとは、たとえばどんなお祝い事をするのですか。

特別なイベントを企画するというわけではなく、日頃から理由を見つけてはお祝いするのです。たとえば、「ホセは来週で入社1年だから、みんなでお祝いしよう」といった感じです。日本のような新卒一括採用ではなく入社日がバラバラなので、こういった理由だけでもしょっちゅうお祝いをしていることになります。仕事終わりにみんなで声をかけ合って飲みに行くことも多いですね。日本企業にかつてあった「飲みニケーション」文化がここでは生きています。

さらに「ポサーダ」という忘年会も盛大です。毎年11月に社員全員でビンゴ大会をやるなどして大盛り上がり、最後は必ずみんなで踊ります。

社員の家族を会社に招く「ファミリーデー」を設ける企業も多くあります。ある日系メーカーでは自社工場の敷地内に遊園地をつくり、日本風な屋台を出したりして、全社員の家族をもてなしています。

――イベントは社員の団結力を高め、エンゲージメント向上にもつながりそうですね。とはいえ、それだけ頻繁だと業務に支障はないのか心配になります。

短期的に見れば、支障がないとはいえません。仕事には締め切りがつきものですが、メキシコ人の社員はイベントを優先させてしまうので、日本人の感覚からすれば驚かされることも多いです。ただ中長期的に見れば、いきいきと楽しく生きることで仕事へのモチベーションも高まるのだろうと思っています。

家族や仲間と過ごす時間が仕事への活力を生み出す~メキシコに見る働き方~ 西側さんの会社の集合写真。明るい色の外壁のように、鮮やかな色彩が街中にあふれている

エモーショナルだけどドライな国民性

――企業と社員の関係性について教えてください。

メキシコは米国に隣接していますが、雇用に関しては全く状況が異なります。米国はレイオフも当たり前ですが、メキシコでは社員の立場が圧倒的に強く、よほどのことがない限り社員は解雇はされません。仮に解雇になる場合でも3カ月分の給与が支払われるのが一般的です。実際には企業は社員に長く働いてほしいと考えています。

一方、社員は企業に対してドライな考え方を持っています。多くの人は月給が500円でも高い企業があればそちらに流れていきます。より安定できる環境を求めているのでしょう。もちろん、「この会社は自分を大事にしてくれる」と給与以外の価値を見出し、長く働き続ける人もいますが、「より安定できる環境=少しでも給与が高い会社」を選ぶというのが一般的な考え方です。

家族や仲間と過ごす時間が仕事への活力を生み出す~メキシコに見る働き方~ 首都メキシコシティ市内にある西側さんのオフィス。メキシコ人と日本人の社員が席を並べる

――経済協力開発機構(OECD)が発表した「世界の労働時間 国別ランキング2021」によると、メキシコは世界一労働時間が長い国となっています。

メキシコ人はオンとオフのバランスを取るのが上手だと思います。家族や仲間を大事にするので、オフの時間は家族や恋人との時間を充実させています。プライベートでのイベントも多く、日頃から息抜きができているから、少々労働時間が長くてもストレスを溜めずに済むのかもしれません。

仕事で嫌なことがあったら、すぐにガス抜きをするのもメキシコ人ならではです。仕事中だろうと家族や友人に電話をかけ「こんな嫌なことがあったんだ」などと感情を吐き出しています。非常にエモーショナルで、失恋したらメンタルクリニックに通うのもメキシコでは一般的です。「あんなにポジティブな彼・彼女がメンタルクリニックに!?」と私はとても心配するのですが、わりとすぐに回復してくれるので、安心します。彼らと接していると、その時その時の気持ちに正直に生きるのが人生の満足感を高める秘訣なのかと思います。

仕事において、男女の差は全くない

――メキシコのビジネスパーソンにおけるキャリア構築について教えてください。

メキシコでは、専門性が何より重視されます。学生の時から自分の専門領域を決め、大学でその分野について学び、その知識を生かせる職に就きます。財務経理について学んだ人は財務や経理部門に配属され、その道でキャリアアップを目指していくのが一般的です。日本企業のように、ジョブローテーションでいろいろな部署を渡り歩き、ゼネラリストを目指すというキャリアの積み方はありません。別の職種に興味を持ち、キャリアチェンジする人もほぼいないですね。

――女性の活躍についてはいかがですか。

列車の女性専用車両を初めて導入したのはメキシコです。女性を守るという紳士的な考え方が浸透しており、ジェントルマンが多いのがメキシコの特徴です。一方、仕事においては男女は完全にフラットな扱いです。首都であるメキシコシティの市長も女性ですし、女性社長も数多く活躍しています。そもそも「女性の市長」「女性の社長」という形で取り上げられることもありません。

ただ、メキシコ全体で見れば、女性の給与水準が低いというデータがあります。大都市圏ではありえないことなので、今後国全体でも改善していくことを願っています。

――メキシコで働く魅力を教えてください。

メキシコ人が家族を大切にする姿勢から学ぶことは多いですね。彼らは忙しくても家族と過ごす時間を確保します。そういった時間が人生を豊かにし、仕事への活力を生むのだと感じます。

意外に思われるかもしれませんが、メキシコ人と日本人は似ているところがあります。メキシコ人はオープンな気質のイメージがあるかもしれませんが、実はあまり本音を言わない性格の人が多いです。思っていることを面と向かって言うことができない人が多いので、本音と建前を使い分ける日本人と相性が良かったりします。メキシコで成功している日系企業が多いのは、これが大きな理由だと思っています。

安定志向でチャレンジを好まない傾向にあるのも日本人と親和性が高いかもしれません。こういった気質は、メキシコが豊かな国だからだと私は見ています。世界一のマーケットである米国に隣接しているため、世界中の大企業が工場をメキシコに作りたいと考えますし、温暖な気候で作物の栽培には困りません。美しいカリブ海に面したカンクンには世界中から人がやってきて、外貨を落としていきます。そのため、ハングリーにチャレンジするよりも、家族や仲間と楽しく過ごせればそれでよいという、ある意味「足るを知る」精神があると思います。

家族や仲間と過ごす時間が仕事への活力を生み出す~メキシコに見る働き方~ カリブ海沿岸のリゾート地カンクンには、世界中から観光客が集まる

メキシコの地でビジネスを起こした自分から見ると、「開かれていない宝箱」、つまりビジネスチャンスが多い国でもあります。この地でポジティブに夢を追い続けていきたいと思っています。

Profile

西側赳史氏

西側赳史氏
起業家
株式会社Encounter Japan・Encounter de Mexico Japón S.A. de C.V.代表取締役

関西学院大学を卒業後、双日株式会社での勤務を経て起業し、渡墨。メキシコ国内で日本食レストランを複数店舗経営するほか、メキシコを中心としたラテンアメリカ内の民間企業・政府団体などに向けた広告代理店・コンサルティング事業等を行う。会社経営の他、「現代メキシコを知るための70章」(明石書店)の執筆や、2021年度 全国高等専門学校デザインコンペティションの審査委員などを務める。