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自分の可能性を制限しない。何歳であっても学び続けスキルアップする
―カナダに見る働き方―

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2025.01.24
自分の可能性を制限しない。何歳であっても学び続けスキルアップする ――カナダに見る働き方――

国や州を挙げてデジタル人財の輩出に力を入れているカナダ。学校教育のなかにキャリア教育が組み込まれ、10代の頃から自分のキャリアを考え、選んでいく文化が根付いている。プライベートの時間を大事にしながらも、仕事における自己実現ややりがいも重視し、キャリアアップにも貪欲だ。カナダの人々は仕事に対してどのような価値観を持っているのか、またどのような姿勢で学び続けているのか。カナダで暮らしながら、日本の中・高校生のカナダ留学や家族移住を支援している西岡彩さんに話を聞いた。

受験制度がなく、評価はテストの点数だけで決まらない

――西岡さんは長年、日本からカナダへの留学を支援されています。西岡さんが感じる、日本とカナダの教育における共通点と相違点についてお聞かせいただけますか。

カナダの義務教育の期間は日本より少し長く、だいたい5歳から17歳までです。主要科目から体育、音楽、美術などの副教科まで、都市部と地方などエリアに関係なく基礎教育がしっかりしているところが日本との共通点だと思います。道徳の時間もあり、互いに思いやり合いながら優しく生きていける社会を目指すための教育があるのも、日本と似ています。

一方で、最も大きな違いとしては、基本的にカナダには大学受験制度がありません。高校の最後2年間の成績とボランディアなどの課外活動や音楽・スポーツなどそれぞれの特技を志望校に提出するだけなので、受験のために勉強することもありませんし、日本のように学校とは別に進学塾に通うこともありません。評価も、テストの点数だけでなく、プロジェクトへの参加や授業態度、グループワークなどが加味されるのが大きな特徴です。

幼稚園のときから、週末に何をしたかなど身近なテーマについて人前で発表する機会があり、当たり前のように自己表現やプレゼンをする環境のなかで育つのも日本とは違う点ですね。
また、選択科目が豊富で、技術、音楽、アート、コンピュータサイエンスなど100項目近くの選択科目から自分の興味のある科目を義務教育のタイミングから学ぶことができます。

――義務教育修了後は、多くの人が高校・大学に進学するのでしょうか?

カナダは高校卒業後の高等教育に進む割合が75%ほどで、大学の学士取得となると全体の約3、4割程度となっています。日本では一般的に待遇があまり良くないとされている土木や建設、保育などの技術職、専門職でも給与や待遇がいいので、大学に行かずに専門学校等を経て社会に出ても、生活に困ることはありません。

多くの州で高校時代からボランティアや企業でのアルバイトが義務付けられているほか、高校の必須科目として「ライフキャリアエデュケーション」と呼ばれる授業があり、ここでは自分が目指すキャリアとライフプランを考えます。自分が希望するキャリアだと給与はどれくらいになるのか、その給与で住宅は購入できるのかなど、かなり具体的に人生設計を考えるので、高校時代から自分自身のキャリアがかなり明確になっていきます。

中高校留学の様子 日本からの留学生と現地生徒

企業では業績だけでなく、人間性やチームへの貢献度が評価される

――カナダで働く人たちは、仕事に対してどのような価値観を持っているのでしょうか。

まず、ワークライフバランスを非常に大事にします。ライフの部分は子育てや介護、自分自身の時間など人によって異なりますが、私生活と仕事のバランスを意識してフレキシブルな働き方を望む人が多くなっています。

私はカナダに来て、カナダ人の気質が日本人とすごく似ていると感じたのですが、礼儀正しく、時間も守り、すぐに「ごめんなさい」と謝るんです。さらに社会貢献をしたい、地球環境に配慮した仕事をしたいといった意識が高く、これも日本との共通点だと思います。

ワークライフバランスを大事にする一方で、自己実現に対しての思いも強く、やりがいのある仕事や自分の成長や満足感を感じられる仕事を重視する印象があります。実際、一緒に仕事をしていてもまじめで、仕事にプライドを持って働いている人が多いですね。
移民も多く、さまざまなバックグラウンドを持つ人が一緒に働く環境が当たり前なので、誰もが働きやすく、差別されることなく認められることを望んでいます。

――具体的な働き方や制度についても教えてください。

会社員は大半が「パーマネント」と呼ばれる正社員で、日本の一般の会社員と同様、1日8時間、週40時間労働が基本です。残業や休日出勤をする場合は、その分の手当がきちんと保証されています。労働や雇用に関する法律もしっかり整備されていますし、労働者としての福祉や権利が尊重されている国だと感じます。
従業員のメンタルヘルスに対するケアも手厚く、会社員も公務員も、カウンセラーと話す時間があったり、ストレス過多になる前に早退したり休暇をとったりできるような制度も整っています。

カナダでもコロナ禍後にリモートワークの普及率が一気に上がり、大企業だけでなく公務員や中小企業でもかなりの割合でリモートワークが進んでいます。
もともと副業禁止という文化がないので、公務員であっても2つの仕事を掛け持ちしている人もいます。当然、どちらかがおろそかになるなど仕事の責任が果たせなかった場合は厳しく追及されますが、中学・高校時代から自己管理能力を養われているので、社会に出てからもその能力をしっかり生かして働くことが当たり前になっています。

――評価制度や賃上げなどの状況はいかがでしょうか?

会社員や公務員の知り合いにも聞いてみたのですが、評価制度は日本とさほど変わらない印象です。個々の業務の成績に加えて、チームワークやリーダーシップ、自己管理能力、環境への適応性など、個人の業績だけでなくチームへの貢献度や人間性といったものも評価されるのが特徴だと思います。また、IT企業や先進的な企業では、斬新なアイデアの提案や、課題解決能力などがより評価される傾向にあるようです。

日本もいま物価高だと思いますが、カナダの都市部はとにかく家賃が高いです。ルームシェアをしても、1カ月1000ドル(約12万円)で借りられたらいいほうで、支出と収入のバランスは課題になっていますね。ただその分、最低賃金は上がっていて、それに伴い中堅やベテラン社員たちの給与水準も上がっています。

オフィスの様子 オフィスの様子

男性も育児は「しないと損」だと考える

――育児と仕事のバランスはどのようにとっているのでしょうか。会社や国の制度についても教えてください。

以前は1カ月の保育料が15万円ほどもかかってしまうような状況でした。最近は改善され補助金なども使えるようになり、子どもの年齢や家庭の収入にもよりますが平均月6万~7万円ほどになっています。それでもまだ高いですよね。
チャイルドケアの施設を併設している企業もほとんどありませんし、病児保育もありません。保育士もワークライフバランスを大事にするため、17時半、遅くても18時にはデイケアが閉まります。そのため、残業をする場合は家族で協力し合うか、ベビーシッターさんを雇うことになります。

とはいえ、企業の理解があるので、子どものケアがある人は早く帰ったり、自宅で仕事をしたりするなど個々の交渉によって柔軟に働ける環境があります。
男性が育児をするのは当たり前なので、会社員であっても、平日の昼間に父親が授業参観に参加するのも珍しくありません。私の夫もカナダ人ですが、育児は「しなければいけないもの」ではなく、「しないと損。“My Gain(自分のため)”だから」とよく言っています。そういった考え方が一般的なので、育児をする男性を敢えて「イクメン」と見るような感覚もありません。

育休制度は12~18カ月の間で選べるようになっていて、育休中に支給される手当の総額は同じです。保育園は日本のように4月入園とは決まっていないので、空きがあればいつからでも入ることができます。
女性の活躍推進には日本よりも早くから取り組んでいますが、働き盛りの時期と出産・育児のタイミングが重なることもあり、経営層として活躍する女性はまだ3割程度に留まっています。とはいえ少しずつ改善されてきており、最近は中間管理職の女性の割合が4割を超えてきています。

自分で限界を作らず、柔軟にキャリアを切り拓いていく

――カナダではデジタル人財の輩出やスキルアップ、「STEM(科学、技術、工学、数学)教育」に力を入れていると聞きました。具体的にどのような取り組みがあるのでしょうか。

IT系やSTEM関連のスキルのアップデートに対して、国や州が企業に補助金を用意して、社員の学ぶ機会をサポートしています。そのため、会社に勤めながら学ぶ環境が豊富にあります。
もともと、IT関連、コンピュータサイエンスやサイバーセキュリティといった最先端の分野で働くのはほとんどが白人男性でしたが、多様な人種・バックグラウンドを持つ人々や女性を増やすために補助金を出して教育支援をするなど、国を挙げて後押ししています。
また、ITスキルを持つ人に対して永住権を与えるなどの優遇策もあります。カナダは人口が少ない国なので、カナダ人の支援と移民政策の両軸でデジタル人財を確保しています。

――日本でも社会人になってからの学び直し「リスキリング」の重要性が注目されています。カナダの社会人の学びに対する姿勢はいかがですか?

カナダでは終身雇用の考え方がありません。一度社会に出た後も、一人ひとりが自分らしいキャリアをどう築いていくかを常に考え、スキルをアップデートしていきながら、転職も含め柔軟に仕事を選びキャリアアップしています。就職した後にもう一度学校に戻ってプログラミングやコンピュータサイエンスなどを学び、そのスキルを持って再度就職する人も多くいます。

一方で、日本の正社員と同じように、大企業や公務員、土木など技術系の職業は「ユニオン(労働組合)」と呼ばれる制度で雇用が守られていて、解雇される不安がないため、中小企業の社員に比べると、多少は学びの意識に差があるかもしれません。とはいえ、そのなかでも昇給や昇格を目指したり、自己実現を目指して学んだりする姿勢は強く、資格取得や新しい分野のスキル習得など、勉強し続けている人は多いですね。

カナダの人は自分で自分の可能性を制限したりしません。何歳であっても自分の望む方向に進んでいけると考え、そのために学び続ける姿勢があります。大幅なジョブチェンジにも抵抗がありません。この姿勢には日本人も学ぶべきところが多いと思います。

カナダに学びに来る日本人を見ていると、「自分の経歴だと無理だ」「この年齢だと難しいだろう」という固定観念を持っているために、自分が望むキャリアを選べない人が多いように感じます。「女性だから」「ママだから」「家族がいるから」「○歳を過ぎたから」……そういった固定観念を取り払って柔軟に考えれば、もっとキャリアを切り拓いていけると思います。
私自身も、年齢や性別、あらゆる属性に関係なく、自分の希望するキャリアを選べる人を増やし、さらにどんな選択をしても批判されない社会になるよう、活動を続けていきたいと思います。

Profile

西岡 彩氏

西岡 彩氏
AN WESTHILL CANADA CONSULTING LTD. (LIVE YOUR LIFE) 代表
JANリンク留学サポート代表取締役副社長

カナダ在住20年。2009年よりカナダ留学や教育旅行、人材派遣を主に取り扱う会社を共同経営し1万人以上が利用した目的達成型留学をプロデュース。カナダの国家資格である政府認定移民コンサルタントとしても活躍中。現在は特に小学生から高校生までの未成年留学および親子で教育移住を目指すご家族のコンサルティングや現地での教育支援に力を入れ活動している。