日本の労働生産性は2018年ごろから急激に低下し、国際比較からも低水準に甘んじているといわれる。 生産性の統計および経済分析や、労働生産性の国際比較に詳しい日本生産性本部上席研究員の木内康裕氏に、その実態と打開策について聞いた。
主要先進7カ国(G7)で最下位
国際的に低い日本の労働生産性
日本の労働生産性が、諸外国と比べて低い水準にあるといわれて久しい。 この状況が、日本経済の停滞を招き、主要先進国よりも賃金水準が低い理由の一つとも指摘されている。
日本生産性本部で長く労働生産性の国際比較調査を行ってきた上席研究員の木内康裕氏は語る。
「2023年のOECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本の時間あたりの労働生産性(就業1時間あたりの付加価値)は56.8ドルで、ポーランドの57.5ドルやエストニア56.6ドルとほぼ同じ水準となっています」(木内氏)
日本の経済状況を他国と比較する際、主要先進7カ国(G7)の米国やドイツなどを対象として考えがちだ。しかし生産性に限ると、これらの国々とは現実として大きな隔たりがある。木内氏は、「こうした状況を直視し、労働生産性についてもっと分析し、考え、策を講じるべき」と提言する。
図1のレーダーチャート表は「IT・デジタル化」「教育・人財」「イノベーション」「環境」「所得分配」「サプライチェーン」という考慮すべき6つの要因と、各3~4のサブカテゴリの評価要素を組み合わせて国際評価を試みたものである。
図1生産性評価要因から日本の課題を分析
生産性向上要因で日本はインフラ、学力成績では米国、ドイツと同等以上だが、IT・デジタル化、教育・人財、イノベーションの付加価値創出力では対象国46カ国の平均よりも下回っている
出典:木内氏資料を基に作成
これによると、生産性向上の要因として日本は「教育・人財」において米国やドイツを上回っている。しかし、「IT・デジタル化」「イノベーション」はOECD加盟国の平均レベルにとどまっている。注目すべきなのは、それぞれのサブカテゴリの「付加価値創出力」が、米国やドイツはおろか、OECD平均よりも劣っているという調査結果である。
「日本はOECDによるPISA(学習到達度調査)の学力指標や学術論文数、特許数などの指標は優れています。しかし、研究開発やICT資産の蓄積が付加価値創出には十分につながっておらず、国際競争力に不可欠な科学・技術・工学・数学に長けたSTEM人財を効果的に活用できていないのです」(木内氏)
賃金上昇に欠かせない付加価値労働生産性とは
「日本の労働生産性は低い」という指摘に、現場感覚として違和感を覚える人もいるかもしれない。ただ、企業の現場でイメージされる労働生産性とは、限られた時間や人員で、いかに多くの製品やサービスを提供できるかという観点であり、これは厳密には「物的労働生産性」と呼ばれるものだ。
木内氏は、「物的労働生産性」ではなく、労働者1人あたりが一定期間に生み出した付加価値の量を示す指標である「付加価値労働生産性」を上げることの重要性を訴える。
「確かに業務効率の改善は大事です。企業活動の中では、それによって製品やサービスの対価として価格を上げ、さらに付加価値率、つまりいかに粗利を多く確保できるかが大事なのです。その次に成果を従業員にどれだけ分配できるかを考えること、それが賃金上昇につながるのです」(木内氏)
付加価値の重要性は、誰もが理解していることだろう。しかし長引くデフレ経済のもと、日本の企業の多くは粗利を抑え、低価格化による薄利多売のなかで競争力を高めてきた経緯がある。業務効率化によって物的労働生産性を高め、その成果を価格低減の原資とした企業も少なくない。しかし、それでは疲弊が進むばかりだろう。
「ただ、最近では物価上昇気運のなか、価格転嫁が認められるようになり、また人手不足による人件費の高騰もあって、粗利率=付加価値を確保することが受け入れられる素地ができてきたように思います」(木内氏)
付加価値労働生産性を日本に根付かせるために
ではこれまで日本の労働生産性が伸び悩んできた要因は、何だろうか。実はここに構造的・制度的要因があると木内氏は考えている。そして、よく指摘される事項は次の5つだという。
- ① イノベーションが起きなくなった
- ② ICTなどの無形資産投資が少なく、有形設備の更新にとどまることが多い
- ③ 企業の新規開業、海外からの直接投資が少ない
- ④ 競争力、生産性の低い企業が市場にとどまり、統廃合など新陳代謝が進んでいない
- ⑤ 産業規模が大きく、就業人口の多いサービス産業の生産性が低い
これについて、企業や従業員もすでに無駄で非効率的な業務の多さ、さらにはエンゲージメントの低さ、デジタル化の遅れに気づいている。
「問題なのは国際統計の比較を見ても、主要国の人財投資に比べ、日本の人財投資が格段に低いことなのです」と木内氏は指摘する。
付加価値労働生産性の考え方を根付かせ、さらに高めていくためには①~⑤の課題克服と、企業や従業員の指摘に応えていく必要がある。その方策を示したのが、図2の「生産性を向上させるための対策」である。
「生産性向上を実現するために、各産業や企業の実情や課題に応えて、OUTPUTを増やし、INPUTの質の改善・効率化を図ることで、適正なプライシングによって付加価値を高めることができるはずです」(木内氏)
図2生産性を向上させるための対策
生産性向上のために重要なのは、産業や企業の実情に応じてOUTPUTを増やすことと、INPUTの質の改善や効率化に取り組むことである
出典:木内氏資料を基に作成
ディーセント・ワーク実現の第一歩はAI、デジタル技術、DXを使いこなすことから
そして、このOUTPUT、INPUTの図式を実現するために活用すべきなのが、AIをはじめとした進化するデジタル技術とDXである。特に日本では少子高齢化の進行による人手不足が深刻化しており、これらの活用は待ったなしである。
生成AIによって雇用が脅かされるという懸念も聞こえてくるが、日本では好意的に受け止める声も多い。
「2024年10月に日本生産性本部が行った『生産性課題に関するビジネスパーソンの意識調査』によると、雇用への脅威より人手不足解消への貢献を期待するという認識が大勢を占めていました」(木内氏)
調査結果では「無駄な作業・業務が減り、ワークライフバランスが改善する」「より付加価値の高い仕事に集中できるようになる」といった期待が、従業員や経営層から上がっていたという。
重要なのはINPUTの改善によってOUTPUTで大きな果実をもたらすことである。
「そのためにはまず、デジタル技術や生成AIをツールとして使いこなすことが求められ、習熟したその先で、問題解決につなげ、ディーセント・ワーク(働きがいのある仕事)を生み出していくことが肝心です」(木内氏)
Profile
木内康裕氏
日本生産性本部
生産性研究センター 上席研究員
立教大学大学院経済学研究科修了。政府系金融機関勤務を経て、日本生産性本部入職。2024年より、学習院大学経済学部特別客員教授(兼任)。生産性に関する統計作成・経済分析が専門。国際的にみた日本および主要国の労働生産性の実態調査や比較研究のほか、米国研究機関との研究活動などを行っている。主な執筆物に「労働生産性の国際比較」(2003~2006年、2009年以降各年版、日本生産性本部)、『日本経済の未来と生産性』(分担執筆、東京大学出版会)、『人材投資のジレンマ』(分担執筆、日本経済新聞出版)、『PX:ProductivityTransformation』(分担執筆、生産性出版)、『新時代の高生産性経営』(分担執筆、清文社)など。