今から約20年後の203X年。社会の担い手となっているジェネレーションZ世代は、どんな働き方をしているのだろうか。
次世代の働き方を提案する社団法人ソーシャル・デザインの長沼博之氏の協力のもと、近未来を大胆シミュレーションしてみた。
203X年、「デジタルネイティブな世代」と言われたジェネレーションZ世代の中村翔と美咲夫婦は30代になっていた。結婚を機に東京を離れ、エネルギー自給率の高い大分県に引っ越したのは、5年前のことだ。
朝起きると、コントローラーに話しかけて、カーテンを開け、壁際の端末でネットニュースをつける。画面を流れるヘッドラインを見ながら、掃除・洗濯・調理それぞれのロボットをセットする。00年代に登場したロボット掃除機はすっかり進化し、拭き掃除やワックス掛けまで1台でこなしてくれる。
調理ロボの仕組みは、3Dプリンタだ。3Dプリンタは樹脂をセットして立体を造形するが、こちらは食材をセットする。レシピ投稿サイトからパスタやピザ、パンなど好みの料理を選んで、材料をセットすれば、造形から加熱調理までしてくれる。今や一家に1台の存在だ。「『初めて電子レンジを使った時と同じくらい驚いた』っておばあちゃんが言っていたよ」と翔。
「今朝は、気分を変えて駅前まで散歩しない?」という美咲の提案で、近くのカフェへ向かった。店員の姿はないが問題ない。コーヒーはセルフ、ハンバーガーは、焼き加減やトマトの量もオーダーに応えてその場でロボットが作ってくれるのだ。
米モメンタム・マシン社は昨年、ハンバーガーを10秒で1個作ることのできるロボット「アルファ」を開発した。同社は完全自動システムで運営される世界初のハンバーガーチェーンの設立を計画している。米アマゾンは小型無人飛行機(ドローン)で配送サービスを始めると発表。地域の小売業のあり方を変えると見られる。
オックスフォード大学も昨年、「コンピューター(ロボット化)の影響を受けやすい未来の仕事」に関する調査レポートを発表。今後20年で、現在のアメリカの雇用の半分はコンピューターに取って代わられる可能性が高いという。「多くのものやサービスがデジタル化・ロボット化することで、衣・食のコストがフリー(無料)に近づいていきます」と長沼氏。
加えて、太陽熱・風力・バイオマスなどを利用し、地域独自の電力ネットワークで自給自足する動きが世界的に進んでいる。大分県は再生可能エネルギーの自給率が全国1位で、供給量も全国2位だ(千葉大学倉阪研究室、認定NPO法人環境エネルギー政策研究所「永続地帯2013年版報告書」より)。
こうしたエネルギーコストの低減に加え、「人口減少社会の中で地方の地価も下落して、住宅コストも0円に近付いていく。衣・食・住のコストゼロ化によって、地方在住型のライフスタイルに注目が集まるでしょう」。
翔はクラウドソーシングを利用して、プロダクトデザインの仕事をしている。クラウドソーシングとは、クラウド(群衆)にアウトソーシング(外注)すること。いわば、ネット上でのお仕事紹介だ。企業や個人がオンライン上に仕事の依頼を登録し、応募者との間にマッチングが成立すれば契約となる。
当初はコンペで空振りが続いていた翔だが、一度仕事が成立し、先方の評価がレビューとして公開されてから仕事が増えた。3Dプリンタやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を使い、プロトタイプを作成している。
経理事務をしている美咲は、経理ソフトがはじき出した数字をチェックしながら、個人事業主ごとに、財務分析したレポートを送っている。
2人とも仕事をするのは自宅。夫婦共働きで、家で机を並べて作業する光景は珍しくもないものになった。満員電車で都心へ通勤、というワークスタイルは、もはや過去の遺物だ。
「急拡大しているクラウドソーシング市場の影響もあり2020年には世界の労働力人口の3分の1がオンラインワーカーの顔を持つ、と言われています」(長沼氏)。現時点でも、クラウドソーシングで世界最大手オーデスクの取引総額は1000億円を超える。「仕事の多くは、ロボットとクラウドソーシングという二極化が進むでしょう」
一方、3Dプリンタなどデジタル工作機械を使うことで、誰もが「一人メーカー」になれる日も近い。3Dプリンタをはじめ、NC工作機械や成形機などを備える米テックショップなど、会員制のDIY工房もでき始めている。
天気がよければ、翔は午後から畑へ向かう。農業を始めたきっかけは、たまに利用する「コワーキングスペース(共有オフィス)」で農家の人と知り合ったことだった。利用者交流会に参加したときに、自走式耕運機を作れないかと相談を受けたのだ。アイデアを出したメンバーの声かけで、機械設計や制御システムのエンジニア、翔らが加わりチームを結成。メンバーとともに試作機の製作とテストを重ねるうちに、農業のおもしろさに目覚めた。
経理ウーマンの美咲にも、もう一つの顔がある。ミュージシャンだ。SNSに「趣味で15年以上フルートの演奏している」と書いたところ、住んでいる地域の人から声がかかり、週末は飲食店でフルートを演奏している。最近では、地域の人とコラボレーションして、バンドとして近隣の町に演奏しにいくこともある。
衣食住のコストが下落していけば、生活のためだけに働くという意識は薄れていく。「多くの人が自分の使命と感じられることや社会への貢献をもう一つのキャリアとして考えるようになります。定年後のセカンドキャリアではなく、お金のための副業でもなく、元気である限り何らかの仕事や活動を続けるパラレルキャリアです」(長沼氏)。
NPOでのソーシャルビジネス、土日のボランティア参加など、一人ひとりの価値観や自己実現欲求に応じたワークスタイルや職業が、無数に増えていく可能性は高い。
2人は、次の休みの計画を話し合っていた。プロダクトデザインの仕事や経理の仕事は、世界中どこからでも対応できる。
翔の畑も、収穫期さえ外せば、天候に応じた散水や施肥、病害虫の予防、設備の自動制御もプログラムで対応可能だ。デジタル機器と最小限の荷物だけを持って自由に移動しながら仕事をする「デジタルノマド」となって、1カ月ほど東欧を巡ろうかと計画中だ。
東欧各国の言語を話せるわけではないが、メガネ型デバイスの同時通訳アプリを使えばコミュニケーションの心配はない。空き部屋共有サイトを使えば、宿泊費もホテル利用の3分の1以下ですむ。空き部屋共有サイトは、いわばシェアハウスの進化形。ホストが自分の家の余っている部屋をオンライン上に登録し、ゲストは希望エリアの中から気に入った部屋に予約リクエストをして借りる仕組みだ。
「今回の旅行中は、私たちも部屋を貸し出してみない?」という美咲に、翔も乗り気だ。「ゲストとしてはあちこち利用しているから、評価もついているけれど、ホストとしては初めてだから、料金設定はできるだけリーズナブルにしよう」。
価格を決めるのは、コストや需要、競争力ではなく、社会からの評価というのが、仕事を通じて実感している2人の共通認識になっている。
2008年に創業した米Airbnbは、使っていない不動産を旅行者に貸借するインターネット上のプラットフォームとして、すでに世界192カ国で登録され、昨年は600万泊以上の利用があった。「安く手軽に借りる、今あるものを共有しあうサービスは、加速度的に世界中で広がっています」と長沼氏。
これまではいかに少ない労力で、多くの生産性や収益を上げるかが社会の課題だった。「住まいや車、モノのシェアなど共有経済、お互いが作ったものをシェアし消費する=共同消費が進めば、価格設定も、投資や利益への考え方も変わっていきます。貨幣経済は縮小し、“評価”に価値の中心が移動し、高収入よりも自己表現や社会貢献欲求が高まっていく。これは企業においても同じです」(長沼氏)
収益性や事業内容だけでなく、企業文化や価値観が評価される社会がそこまで来ている。
ロボット化、共有化によって、このシミュレーションのようにあらゆるものが低コスト化していけば、これまでの資本主義経済だけでは測れない、全く新しい社会が生まれる可能性があると私は考えています。価格設定の方程式や、雇用=働くというこれまでの考え方が大きく変わる転換点にジェネレーションZ世代は生きているのです。
私は彼らを「仕事に対して生きがいややりがいを求め、自分なりの意味を作っていく世代」だとみています。今後さらに、ネット社会は進行し、データやファイルのシェアが浸透していきます。デジタル社会は雇用を奪うだけでなく、新しい働き方も創出するでしょう。新たに生まれるつながりや共有経済の中で、貧困撲滅が近づくなど、人々の幸せにつながっていけばと思っています。
profile
1982年生まれ。中央大学卒業後、船井幸雄グループ入社。2008年一般社団法人ソーシャル・デザインを設立。次世代のビジネスモデル、働き方を提案する「Social Design News」を運営している。