慶應義塾大学大学院 商学研究科教授 鶴 光太郎氏
profile
東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学 D.Phil.(経済学博士)。1984年に経済企画庁(現内閣府)入庁。OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員などを経て、2012年より現職。
長時間労働の是正やワークライフバランスの推進など、働き方に関するさまざまな課題が改めて浮き彫りとなった2016年。雇用と労働を巡って、2017年はどのような変化が起きるのか。「働き方改革」「ダイバーシティ&インクルージョン」「テクノロジー」の3つの要素に注目し、今年の見通しと注目のキーワードを2人の識者に聞いた。
AI(人工知能)やロボットなど、新たなテクノロジーの発達は、実際のところ雇用にどの程度の影響を及ぼすのだろうか。AIに限らず、テクノロジーの発展が人間の脅威になるという見解は昔からあり、やや大げさに語られがちだと鶴氏はいう。
「職務は、ルールや手順などを明示できる『定型的職務』(単純労働など)と、ルールなどが明示しにくく、働き手がやり方を暗黙的に理解している『非定型的職務』に分けることができます。後者はさらに『知的労働』と『肉体労働』に分けられます」
技術革新の影響を受けやすいのは定型的職務であり、技術革新によって高賃金の「非定型的知的労働」と低賃金の「非定型的肉体労働」の割合が増加して、職務の二極化が進むと考えられてきた。
「しかし最近では、定型的職務にも、テクノロジーと人間が補完的な役割を果たすようなスキルが含まれていることが指摘されています。歴史的に見ても、人間の仕事を機械が代替できるようになれば、必ず人間は新たな仕事を生み出してきました。技術の発達の中で新たに求められるスキルを見つけたり、新たなスキルを身に付けるための育成や教育がますます重要になるでしょう」(鶴氏)
一方、山田氏はテクノロジーの発達が短期的には格差を広げる可能性があることを指摘する。
「ITなどの分野で新しいテクノロジーが登場すると、それを活かせる専門的知識や技能を持った人と持たざる人との間で賃金格差が広がる場合があります。これを『スキル偏向型技術進歩』と呼びます。もちろん、テクノロジーが一般化すればその格差もやがて消えていきます」
スキル偏向型技術進歩がもたらす格差について、山田氏は次のように予測する。
「米アップルが開発したiPhoneによってスマートフォンが世界中に劇的に普及したように、グローバル化によって新技術の恩恵は世界規模で一気に広がります。同時に、それが生み出す経済格差もグローバルレベルで広がるため、その是正が大きな課題になる可能性はあります」
北欧諸国では格差是正のため、ベーシックインカム(最低限所得保障)のような手厚い再分配策を講じると同時に、就業促進によって生活保障を図る「アクティベーション」という政策が定着している。受給者が職業訓練を受けることを義務づける仕組みだ。
「テクノロジーの発達に伴って生じる、格差是正のための新たな職業教育やキャリア開発の枠組みが求められていくかもしれません」(山田氏)
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東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学 D.Phil.(経済学博士)。1984年に経済企画庁(現内閣府)入庁。OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員などを経て、2012年より現職。
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京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年に日本総合研究所入所。2003年、調査部経済研究センター所長。15年、京都大博士(経済学)。11年より現職。
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鶴 光太郎氏(慶應義塾大学大学院 商学研究科 教授)
山田 久氏(日本総合研究所 調査部長/チーフエコノミスト)