Vol.40 インタビュー:株式会社ロフトワーク代表取締役 林 千晶さん

仕事と私 挑戦を通じて

大切なのは、まず動き始めること。動き始めれば、必ずそこから「未来」が生まれます

未来は予測するものではなく
作り出していくもの

2000年にロフトワークという会社を設立して、世界中にいるクリエイターとクライアントを結びつける仕事をしてきました。クリエイターのコミュニティーである「ロフトワークドットコム」の登録クリエイターは、今、およそ2万人です。そのネットワークの中から、案件ごとに最適なチームを作って、新規ビジネス、ウェブ、コンテンツ、広告プロモーションなどを生み出しています。最近では商品開発や空間プロデュースも手がけています。

これまでの15年間の活動の中で大きな転機となったのが、2011年のデジタルファブリケーションとの出会いでした。デジタルデータをもとにして、3Dプリンターやレーザーカッターなどで「モノ」を作る技術を総称して、デジタルファブリケーションといいます。この技術とツールがあれば、誰でも自分のアイデアを形のある「モノ」にすることができるし、たとえば、東京で作ったデザインのデータをミラノに送って、ミラノで製品にするといったこともできます。

林 千晶さん

でも、はじめはデジタルファブリケーションがどういったものか、まったくわかりませんでした。そこで、デジタルファブリケーションの世界的な実験工房「ファブラボ」のメンバーや建築家、デザイナーなどと一緒に、一晩かけてデジタルファブリケーションのいろいろなツールを使ってみたんです。そうしたら、たった一晩で、サンダル、鞄、飴などのアイテムが形になり、デジタルファブリケーションが大きな可能性を持っていることがわかりました。もっと多くの人がこれを使ったら、面白いものがたくさん生まれるはず。そう考えて2012年に始めたのが「ファブカフェ」です。

渋谷のオフィスビルの1階にあるファブカフェは、飲食を楽しみながら、デジタル工作機器を使える空間です。現在、ファブカフェは東京のほか、台北、バルセロナ、シッチェスの計4カ所にあって、今年中にバンコクにもオープンする予定です。

よく、「デジタルファブリケーションから何が生まれるんですか?」と聞かれるのですが、私は「それがわからないからファブカフェを作りました」といつも答えるようにしています。

大切なのは、まず動き始めること。動き始めれば、必ずそこから「未来」が生まれる。未来は予測するものではなく、作り出すもの──。それが、ロフトワーク創業の頃から変わらない私のスタンスです。

挑戦はいつも化学反応から始まる

このファブカフェから、今、また新しいプロジェクトが生まれようとしています。飛騨の伝統工芸である組木とデジタルファブリケーションを結びつける試みです。

ほかの伝統工芸と同じように、飛騨の組木も後継者が少なく、技術の継承が難しくなっています。でも、組木を3Dデータにして世界中のクリエイターに紹介していけば、くぎを一本も使わずに形を組み上げていく日本独自の技術が広まり、そこから新しい建築や家具、美術作品が生まれるかもしれません。それによって、飛騨に対する注目も高まり、まったく新しい形で伝統工芸の世界に活気を取り戻せるかもしれません。

ITが伝統工芸につながり、それが結果として人々の生活を豊かにしていく──。こんなふうに、ゼロからアイデアが生まれて、どんどん具体的な形になっていくのを見るのが、私のいちばんの喜びです。そこに、チャレンジすることの意味があるのだと思います。

挑戦はいつも、化学反応から始まります。アイデアを持っている人、技術を持っている人、方法論を持っている人、ネットワークを持っている人。そんな人たちが出会って化学反応が起きて、みんながわくわくして、ゼロから何かが動き出す。これまでの私のチャレンジは、いつもそうやって始まってきました。私にできるのは、化学反応が起きやすい心の状態を保っておくことぐらいです。

楽しいことやわくわくできることを実践すれば、社会や生活はきっと今より良くなる。私はそう信じています。これからも、そんな挑戦を続けていきたいですね。

林 千晶さん

profile
1971年生まれ、アラブ首長国連邦で育つ。2000年に株式会社ロフトワークを創業。学びのコミュニティ「OpenCU」、デジタルものづくりカフェ「ファブカフェ」などの事業も展開している。またクリエイターとのマスコラボレーションの基盤として、いち早くプロジェクトマネジメント(PMBOK)の知識体系を日本のクリエイティブ業界に導入。MITメディアラボ所長補佐(2012年~)、グッドデザイン審査委員(2013年~)、経済産業省 産業構造審議会 製造産業分科会委員(2014年~)も務める。