インタビュー・対談 テクノロジー 働き方 スペシャル対談:夏野剛氏、アデコ株式会社 代表取締役社長 川崎健一郎

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人工知能(AI)やロボット、IoTなど技術革新が進み、新しい働き方の可能性が広がっています。これまでの日本の働き方の問題点とは何か。これからの時代に求められるマネジメントとはどんなものなのか。NTTドコモ時代に「iモード」を立ち上げたことなどで知られる慶應義塾大学特別招聘教授の夏野剛さんと、アデコ社長の川崎健一郎が語り合いました。

川崎

現在、「働き方改革」が政財界を挙げた日本の大きなテーマとしてフォーカスされています。あえて基本的な問いかけをさせていただきたいのですが、なぜいま「働き方改革」が必要なのでしょうか?

夏野

1990年代後半からのこの20年間、多少の浮き沈みはあるものの、日本の経済成長率は実質的にゼロ成長を続けてきました。これは、成熟して経済成長の余地が少ない先進国の中でも最低レベルといえます。人口が減少しているドイツでも成長しているのに、なぜ日本は成長できないのか。それは、生産性が上がっていないからです。
そして、なぜ日本の生産性が上がらないのかといえば、働き方が高度経済成長期のまま、変革されてこなかったということに尽きると思います。特に、役職階級が見直されなかったことが大きい。テクノロジーが進歩して、現場の仕事の効率化は進んでいるのに、最終的な決断を下すまでに社長や副社長、役員などの段階的な決済が相変わらず必要で、全くスピード感がない。「働き方改革」はワークスタイルやライフスタイルだけでなく、組織をいかに効率的に動かすかという企業の構造改革と共に進めるべきなのですが、そこに手がつけられてきませんでした。これが日本の生産性が上がらなかった最大の要因といえます。
一刻も早く、テクノロジーの進歩を前提とした、新しいマネジメントスタイルを確立しないと、日本は手遅れになってしまいます。

川崎

その通りだと思います。マネジメント層は早く意識を変えていく必要がありますね。一方、社員の意識はテクノロジーを活用することに対して前向きだと思われますか?

夏野

社員にも課題はあります。仮に経営陣がテクノロジーを活用した新しいマネジメントスタイルを導入しようとすると、「そんなことは前例がありません」と中間管理職が抵抗することがあります。経営陣も現場の社員も、これまで通りのマネジメントスタイルやワークスタイルに慣れてしまって、変えようとしなかった。いや、変えたくなかったのでしょう。

川崎

実は、私たちも外資系企業の日本法人として創設して30年あまり、日本特有の、日本らしい働き方を続けてきました。いままさに、大きく改革を進めているところです。
効果は少しずつ出始めています。当社では在宅勤務を積極的に活用することにしたのですが、ある部門では、成果を上げている上位10人のうち7人が時短勤務で、さらにそのうち4人が在宅勤務なんです。なぜそんなに高いパフォーマンスを発揮できるのかと聞いてみると、会社よりも自宅のほうがリラックスできて、集中力が高まるというんです。問題は我々マネジメント層の変革に踏み切る勇気と決断力だけだったんだと感じています。

夏野

高度経済成長期以降の右肩上がりの時代では、人口もどんどん増えていったし、仕事はやればやっただけリターンがある時代でした。しかし現代はグローバル化が進み、人々の趣味嗜好も非常に多様化していて、商品やサービスに付加価値を生み出していかないと生き残れない時代です。いま川崎社長がおっしゃった業務効率を上げていくことに加え、これからは新しい価値を生み出すイノベーションが非常に重要になってくる。「イノベーションを生む」という生産性を上げていくためにも、ワークスタイルとマネジメントスタイルの変革が求められているのです。

多様性こそが
イノベーションの源

川崎

人間は誰しも苦しい道と楽な道があれば、どうしても楽なほうに流れてしまいがちです。しかし、その先にあるのは衰退の一途。変革を推進し、進化し続けない限り、発展はありえません。夏野さんのおっしゃる「イノベーションの生産性」はどうすれば上げていけるとお考えでしょうか?

夏野

多様性ですね。それこそがイノベーションの源です。様々なバックグラウンドやライフスタイル、異なる文化や宗教を持つ人同士が共に仕事をすると、必ず衝突や摩擦が起きます。それを乗り越えるために人は知恵を絞り、イノベーションが生まれるのです。

川崎

なるほど。確かに現代では画一的に他社と同じ商品やサービスを生み出していては生き残ることができませんね。そのために文化の違う者同士が混ざり合って、時に衝突し、共に新しいものを創り上げていく必要があるのですね。
その点、最近の若者は多様性というものに対し前向きであると感じることがありますが、夏野さんはいまの日本の若者をどう見ておられますか?

夏野

私が普段接している大学生や若手の起業家を見ていると、たくましいと感じる人が多いですね。それは、“失われた20年”といわれる日本を取り巻く環境があまりに悪かったからではないでしょうか。就職氷河期など将来が見通せない厳しい時代が続き、その中で自分はどうすれば生き残っていけるのか、自分の頭で考えて、追い求めてきたのでしょう。多様性に対する受容力も高く、みんな違うことが当たり前だととらえている印象です。

川崎

物心がついた頃からインターネットが存在している世代なので、情報を自分ですぐに取りに行って、活用していく情報処理能力が非常に高いと感じます。いま20代の若者が社会の中核を占める20~30年後には、一体どんな人財に育っているのか、非常に期待が持てますね。

夏野

いまの若者がマネジメント層になる20~30年後には、日本は大きく変わるでしょう。いわゆる“ゆとり世代”の潜在的なパワーは、既にスポーツの世界ではリオ五輪で過去最多の41個ものメダルを獲得するなど、成果が表れてきています。これからビジネスの世界においても発揮されてくるでしょう。そのためにも、旧来の古い組織構造が若い才能を潰さないことが大切です。

川崎

年齢で人をカテゴライズすることはもう意味がない時代ですね。これからは新しい芽を伸ばしていくために、人事制度や研修制度なども全面的に見直していく必要があるでしょう。

AIを恐れる必要はない
技術は人間の味方

川崎

AIやロボット、IoTなどテクノロジーの進歩は目覚ましいですが、10~20年後には日本の労働人口の49%がロボット等に代替可能になるとの報告もあります(2015年、野村総合研究所)。ほかにもこういったテクノロジーの進歩が雇用に悪影響を及ぼすといった指摘がありますが、このあたりについて夏野さんはどう思われますか?

夏野

テクノロジーの負の側面を心配する声はありますが、全く問題ありません。中長期的に見れば、雇用や働き方に悪い影響を与えることはないと断言できます。
例えば、人類は数百年前まで、人口のかなりの部分が農業など第一次産業に従事していました。それが、農業機械やその他の技術革新によって効率が飛躍的に上がり、少人数でも大量に生産できるようになりました。それで農業をしなくても済むようになった人たちが新しい仕事を生み出し、社会はより豊かになってきたのです。

川崎

私も同意見で、テクノロジーで失われる仕事よりも、生まれる仕事を考えたほうが未来は明るいと考えています。コンピューターの進化やインターネットの登場も、いま振り返れば失われた仕事よりも、はるかに大きいビジネスや利便性、生産性を生んできました。パソコンがなかった時代のほうが仕事もあってよかった、という人はいないでしょう。自分がいままで得意としてきたスキルを活かして、新たなチャレンジをしようとする人にとっては、テクノロジーを活用することで活躍する機会や場所はどんどん拡大していくのではないかと思います。

夏野

いま川崎さんがおっしゃった”得意”という言葉がカギだと思っています。人間は、得意分野についてはAIに勝ります。AIは膨大なデータから最も適切と思われるパターンを抽出してくれるわけですが、それは極めてまっとうな意見や分析であって、いわばローリスク・ローリターンの最適解に過ぎません。イノベーションは最適解の隙間にあるようなところを模索していくことで生まれます。
その隙間は、その分野を得意とする人間でなくては見つけることができません。現実のビジネスの世界では、成功確率は低くとも、勇気を持ってリスクをとる、ある意味非合理的な判断をできる人間こそが成功者になります。AIで素早く最適解を考えさせて、人間はそこで見落とされている隙間を探す――。それこそが“AIと人間が共に働く”ということではないでしょうか。
何度も言いますが、AIは怖いものではありません。むしろ活用することで新たなビジネスの可能性が生まれる。技術は必ず人間の味方なのです。

川崎

当社のような人財サービス会社としては、AIで画一的に評価するのではなく、きちんとその人と向き合って、個性を最大化できる場所を見つけてあげることが大事だと考えています。

夏野

私が人事部の方にお会いしたときによくお勧めするのが、「人事データベース」の再構築です。人が会社で見せる姿はその人の一面でしかなく、実は仕事以外の趣味や社会貢献活動などですごく幅広い人脈やスキルを持っているかもしれない。そんな人が会社にいるかもしれないのに、それを把握せず活用しないのは非常にもったいないと思うんです。そのあたりを充実させた人事データベースを構築して、AIに適職マッチングさせると、大きなシナジーが生まれる可能性があると思います。

川崎

なるほど。テクノロジーと人財活用は、非常に可能性のある組み合わせかもしれませんね。

Profile

夏野剛
慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授

1965年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。NTTドコモ在籍中に、「iモード」「デコメ」「おサイフケータイ」など革新的なサービスを次々と立ち上げた。2008年にドコモ退社、現在は慶應義塾大学特別招聘教授のほか、カドカワ、セガサミーホールディングス、ぴあなどの取締役を兼任。

川崎健一郎
アデコ代表取締役社長

1976年生まれ、東京都出身。99年青山学院大学理工学部を卒業後、ベンチャーセーフネット(現VSN)入社。2003年事業部長としてIT事業部を立ち上げる。常務取締役、専務取締役を経て、10年に代表取締役社長&CEOに就任。12年、VSNのアデコグループ入りに伴い、日本法人の取締役に就任。14年から現職、VSN社長兼務。