石原由一朗氏
デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン
トレーニング ディレクター/グローバル・マスター・トレーナー
旭化成グループにおいて、業務システム構築・運用に従事。その後、人事にて採用・教育部門を統括。新入社員研修、 若手社員向け研修、管理者向け研修、昇格者研修 などのトレーニングを企画・運営。その後、デール・カーネギー・トレーニング・ジャパンにてトレーニング部門を統括。多くの企業の人財開発・組織開発を推進し、現在に至る。
現在、企業の業績に影響を与える従業員エンゲージメントだが、これを高めるために企業ができることとは何であろうか?従業員エンゲージメントに影響を与える要因と、それをどのように改善すればよいのかを、企業の人財育成に長けた専門家に聞いた。
「従業員エンゲージメントとは、組織に高い帰属意識と満足感を持ち、ビジネスの成果に強くコミットしている状態であると私たちは定義しています。そして残念ながら、この状態になっていない人々が世界の従業員全体の66%もいることが、当社のグローバル調査で明らかになっています」
世界中の企業を対象として実践的な人財育成に長年取り組むデール・カーネギー・トレーニング・ジャパンのトレーニング・ディレクター、石原由一朗氏はこう語る。
「5年ほど前までは、従業員エンゲージメントを高めることが業績向上につながるのかと疑問の声もありました。今では従業員エンゲージメントの重要性は世界中の企業の間で認識され、積極的に取り組んでいる企業が増えています。それでも調査結果を見る限り、なかなかエンゲージメントが高まっていないのが現実。効果的な施策を打ち出せずに悩んでいる企業は多いです」
では、従業員エンゲージメントを高めるためにはどんな方法が有効なのだろうか。石原氏はエンゲージメントを大きく左右する要因として「直属の上司に対する満足感」「経営幹部に対する信頼」「組織に対する誇り」の三つを挙げる。
特に重要なのが「直属の上司に対する満足感」だという。自分に関心を持ってくれない、意見を尊重してくれないといった直属の上司に対する不信や不満が原因でその会社を去る人が、離職者全体の75%を占めるという調査結果もある。
「価値観の多様化も影響していると思います。仕事の考え方にしろ、教育方法にしろ、上司たちの世代のやり方を今の若い世代に押しつけようとしてもうまくいきません。これは日本だけでなく世界各国で見られる現象です。まずは多様性を受け入れ、部下に関心を持ってその価値観を尊重し、彼らの成長に積極的にかかわろうとする姿勢が上司には求められます。このような上司を『ケアリングマネージャー』と呼んでいます。社内にいかにケアリングマネージャーを増やすかが、従業員エンゲージメント向上のカギといえます」
上司が部下と良好な関係性を築く上で、最も効果が出やすいのは「ポジティブフィードバック」、すなわち褒めることだと石原氏はいう。一見簡単そうだが、本当の意味で信頼につながるようなフィードバックをするためにはたくさんの留意点がある。
そもそも褒めるためには、部下一人ひとりの仕事ぶりを日常的によく観察し、それぞれの良さを発見しなくてはならない。放っておいても欠点は目につくものだが、長所を見抜くのは難しい。だからこそ適切に褒めることができれば、それだけ部下は「自分のことに関心を持ってくれている」と感じることができる。
「我々人間が、誰かに承認してもらうことで得る喜びは、みなさんが思っている以上に大きいものであり、これが上司と部下との関係性の基盤になります。信頼関係ができていれば、短所についても指導しやすくなります。先に短所ばかり指摘しすぎると、部下が自分のセルフイメージを下げてしまい、長所も伸ばしにくくなります」
石原氏によれば、褒め方のポイントは「T・A・P・E」という四つの頭文字(図1参照)で整理できるという。
このうち、部下の持ち物(Thing)や成し遂げたこと(Accomplishment)を褒めるのは比較的容易だが、「責任感が強いね」「君は絶対に諦めない人だ」などと人格や個性(Personality trait)を褒めるのはなかなか難しい。
それだけ部下を深く理解していないとできないからだ。またいずれの場合も、必ずその根拠(Use Evidence)も言い添えること。それにより、口先だけの褒め言葉でないことが伝わる。
「ポジティブフィードバックのなかで、相手に自信と活力を最も与えるのは、本人自身がまだ気づいていないような長所を褒めることです。自分の新たな強みに気づくことができ、成長の大きな契機になります。適切な褒め言葉は、相手の感情に良い影響を与えるのはもちろん、人財育成にもつながるのです」
ポジティブフィードバックの第一歩は、部下に関心を持つことである。日本では、昔に比べて上司と部下の関係性が希薄になっている。両者が理解を深めるようなコミュニケーション機会を増やす工夫も必要だろう。また、せっかく良好な関係性を築き、部下のモチベーションが高まったとしても、それを発揮できる仕組みや環境が整っていなければエンゲージメントは高まらない。その意味で、部下への適切な権限移譲や必要なリソースの提供なども重要となる。
従業員エンゲージメントを高めるためにできることはたくさんあり、実はどれも基本的なことだと石原氏はいう(図2参照)。
「気をつけたいのは、自社の企業文化に埋没した目線では、エンゲージメントを低下させている些細な要因を見落としてしまう恐れがあること。自社で大切にしている風土やルールは、他社から見ると時代遅れになっているかもしれません。自社に対するエンゲージメントを高めるためにも、社外の人財と交流し、刺激を得られる“ 他流試合”のような研修の機会なども、取り入れてほしいと思います」
石原由一朗氏
デール・カーネギー・トレーニング・ジャパン
トレーニング ディレクター/グローバル・マスター・トレーナー
旭化成グループにおいて、業務システム構築・運用に従事。その後、人事にて採用・教育部門を統括。新入社員研修、 若手社員向け研修、管理者向け研修、昇格者研修 などのトレーニングを企画・運営。その後、デール・カーネギー・トレーニング・ジャパンにてトレーニング部門を統括。多くの企業の人財開発・組織開発を推進し、現在に至る。