仕事の未来 インタビュー・対談 組織 働き方 【特別鼎談】2018年の雇用と労働

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2017.12.18

雇用・労働の専門家から見て、2017年はどんな年だったのか?2018年に注目すべきトピックスは何か?企業とそこで働く人が留意すべきことは何か? 3人の有識者に語っていただきました。

── 2017年は、雇用と労働に関して「働き方改革」を中心に議論がなされた1年でした。政府が成長戦略の中核に位置付けただけでなく、企業側が率先して女性活躍推進や長時間労働の是正、在宅勤務の拡大など従来の働き方の見直しに取り組みました。みなさんはこの1年をどう見ていますか?

山田

働き方改革の中でも、特に注目されたのが「長時間労働の是正」でした。企業の競争環境の激化と、人財の多様化が急速に進む中で、長時間労働の見直しは避けられません。法規制が入るより前に、多くの企業が残業抑制などに動いたのは有意義といえます。しかし、この改革の機運を一過性のものにせず、日本の雇用・労働のあり方を抜本的に見直す契機とすべきです。

柳川

その通りですね。無駄な残業の見直しなどは進みましたが、今後働き手が減少していくことを考えると、労働時間の短縮化のためにもっと踏み込んだ議論や工夫も必要です。このほかにも同一労働同一賃金などの課題が山積みです。私としては「副業・兼業解禁」などの議論が注目を集め、大手企業の中でも取り組む例が出てきたのは有意義だったと思います。

高橋

産業界では、2015年頃から働き方改革の重要性自体は認識されていました。当時は「ダイバーシティ」など企業の経営課題と密接に関係するテーマが中心でした。2017年は長時間労働の是正にやや収斂してしまった観がありますが、2018年以降は取り組みがまた広がると期待しています。

山田

企業にとっても、長時間労働の是正は着手しやすかった面がありますね。2018年には働き方改革関連法案の国会審議が始まり、「同一労働同一賃金」が次の大きな焦点になるでしょう。しかし、政府の働き方改革実現会議が2017年3月に決定した実行計画では「柔軟な働き方がしやすい環境整備」「女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備」「誰にでもチャンスのある教育環境の整備」など11項目の課題を掲げており、これらはどれが大事ということではなく、すべて実行することが重要です。

高橋

そもそも働き方改革が求められている理由は、日本型雇用を前提としたビジネスモデルが行き詰まっているからです。終身雇用に代表される日本の雇用慣行をベースに、新卒一括採用によって無限定正社員を確保して長く雇用し、自社内で育成することが日本企業の競争力の源泉だといわれてきました。しかし、この画一的な雇用戦略は、ビジネス環境の変化が激しく先行きの見通せない時代にはうまく機能しないことをしっかりと認識してほしいです。

柳川

確かに、企業が生き残るためにも、新しいビジネスモデル構築を積極的に行うべきです。もう一つ、その契機となり得るのが、日本の構造変化の根底にある人口減少・人手不足です。2018年以降、ますます深刻化するはずですが、これを機に企業がビジネスモデルと経営のあり方を見直せば、次の成長へのチャンスにもつながります。
ただ、気がかりなのは、「働き方改革」という言葉が、ともすると政府や経営陣が打ち出した「上からのお仕着せの改革」と世間に捉えられてしまっていることです。働き方改革は本来、働く人々により柔軟で適切な労働環境を提供し、ワークライフバランスの実現にも貢献するもののはず。一連の改革の意義を働き手にしっかりと浸透させる努力が企業にとって必要ではないでしょうか。

テクノロジーの進化がキャリア形成の変革を求める

柳川

2017年は人工知能(AI)をはじめとするテクノロジーの発展と雇用の関係が大いに関心を集めた年でもありました。たまたまAI が象徴的に取り上げられた面はありますが、テクノロジーも構造変化の原動力の一つです。すでにスマートフォンやタブレットの普及により、働き方や日常生活が足下から変わっています。あらゆるモノをインターネットでつないで新たな価値を生む「IoT」も、製造や物流の現場はもちろん、オフィスの業務効率化に活用されつつあります。
モバイルワークをはじめ新しいワークスタイルが実現可能になっていますが、法制度や人事システムはそれに十分対応できていません。時代に適したルールをどれだけ迅速に整えていくかが、2018年以降の重要なテーマです。

山田

テクノロジーの発展は一方で、我々人間の雇用を奪うのではないかという脅威論も、まだ根強いですね。新しい技術の導入で生産性が向上した結果、失業率が高まるという指摘もありますが、柳川先生がいうように日本は少子化により人口減少が進んでいるので、むしろ積極的に活用すべきです。
それに、AI がどれだけ発達しても、さまざまな知見を結びつけ、経営課題を発見したり、イノベーションを生み出す「問題発見能力」や「創造力」はまだまだ人間にしかないといわれます。複数の部門で経験を積み、チームワークを重視する日本型の人財育成をもっと意識的・戦略的に行えば、AIの時代に日本企業は大きく飛躍できるのではと期待しています。

高橋

テクノロジーの発展による影響で忘れてはいけないのが、キャリア形成のあり方にも大きな変革を促しているという点です。
AI やIoT、EV にしても、どのぐらいのペースで新しい技術が生まれ、それがどの程度の進度でビジネスや消費生活に浸透していくのか、正確に予測するのは難しい。当然、その分野で働く人たちも、キャリアの先行きを考えることが困難です。いずれ想定外のキャリアチェンジを求められる可能性は常にあります。働く側も企業側も、それを前提にキャリア形成を考えるべき時代になりつつあるのです。
これは日本だけでなく、欧米においても大きな課題です。欧米型のいわゆる「ジョブ型雇用」の場合、専門的な技能は身につけやすいのですが、変化に弱いという一面もあります。構造変化に対応できる雇用の枠組みを構築することは、世界的にも求められていくはずです。

柳川

私が以前から提唱している「40歳定年制」の狙いもそこにあります。健康寿命が延びて70 代まで働けるようになる一方で、ビジネスのサイクルは短くなり、生涯同じ仕事を続けることは難しくなるはず。そこで、より生き生きと働き続けるためにも、40歳ぐらいであえて自分のキャリアをリセットし、次のキャリアに向けて知識や技能の学び直しをしてもらおうという発想です。
日本の場合、これまでは人財育成もキャリア形成も企業にお任せでしたが、それでは対応できなくなっていくでしょう。政府が公的な人財育成の仕組みを新たに確保する、あるいは企業がまったく新しい育成の枠組みをつくるといった取り組みが必要になるはずです。

高橋

そもそも日本企業の社員育成の大半はOJTです。しかし、キャリアチェンジやイノベーションにつながるような研修は、従来のOJT依存では難しい。学び直しの枠組みの構築には、発想の大転換が必要ですね。

山田

政府が新たに掲げた「人づくり革命」とも関係するテーマですね。2018年はキャリア形成とそのための「学び直し」を真剣に考えていくべき年になるのではないでしょうか。
私は、大学と企業の連携がその受け皿として大きな可能性を秘めていると思います。欧州では、大学は学び直しの場として位置付けられています。そもそも大学で学ぶ25歳以上の学生の割合は、欧州では2割前後にものぼります。一度社会に出てから大学・大学院に入り直す割合も、日本に比べはるかに大きい。インターンシップも、企業と大学が連携して人財の育成とマッチングをする仕組みとして機能しています。
日本では、企業と大学が人財育成の面で連携している例はまだ限られます。近年活発化しているインターンシップを、企業と大学の連携を深める契機としてもっと活用し、新たな「学び直し」の受け皿を構築してほしいです。

「キャリア自律」と「暮らし方革命」が重要に

山田

労働人口が減少する中で人財の確保を円滑にするためには、雇用の流動性をある程度高めていくことも必要です。
解雇規制などルールの整備も当然必要になりますが、それ以前にセーフティーネットの整備が不可欠です。欧米では教育システムがセーフティーネットとして機能している面があり、雇用の流動性を支えています。

柳川

教育の枠組みに加えて、企業が社員の立場に立って、長期的なキャリア形成に役立つことをどれだけ提供できるかも重要になります。人手不足が進む中で、企業がキャリア支援に真剣に取り組むことは社員だけでなく外部人財を惹きつけることにもつながるはず。副業・兼業を認める例が日本でも少しずつ出ていますが、これも企業が社員のキャリア支援に本格的に取り組み始めたという意味で、大きな変化だと思います。
ただ、企業が社員のキャリア支援に注力し過ぎると、転職を促し、離職率を高めると危惧する声もあります。

高橋

企業のキャリア支援と社員の離職率の関係は、それほど単純ではないと考えます。
米国における社員のキャリア支援の例として、サウスウエスト航空の取り組みがあります。社員の中には「この会社のことは好きだが、今の職種は自分に向いていない」という人もいます。そこで同社では、彼らがほかの職種にどんどんチャレンジできるような一日職務体験デーや社内研修などを積極的に活用して、職種転換を促しました。これにより社員のモチベーションが高まり、能力も発揮され、業績を大きく伸ばしてきました。シリコンバレーの企業などもそうですが、雇用の流動性が高い環境では、キャリア支援のない企業のほうが、離職率が高まる傾向にあります。

山田

企業だけでなく、働く側のマインドセットの問題も大きいです。

高橋

そうですね。社員自身が自分のこれまでのキャリアを振り返り、今後のキャリア形成を自律的に決めていく。それが結果的に離職率を引き上げる面はあります。しかし、社員のキャリア形成に真剣に取り組んでいる企業ほど、一定の水準で離職率に歯止めがかかります。日本企業も発想を転換し、自社の社員たちの「キャリア自律」を積極的に支援すべきでしょう。

柳川

「キャリア自律」は今後の重要なキーワードですね。

高橋

日本企業の例として、以前、キヤノンの方に興味深い話を聞きました。同社のようなメーカーの人事が近年直面している最大の変化は、ハード系エンジニアだけでなく、ソフト系エンジニアの重要性が圧倒的に高まっていることです。しかしソフト系エンジニアは、ソフト会社に行ってしまうので人がなかなか確保できない。
そこで同社は、職種転換を想定した「研修つき社内公募」という制度を導入したのです。ハード系エンジニアの中には、学生時代にソフトウエア技術を学んだ人も多い。素養と興味があり、ないのは自信だけ。社内で3 カ月の研修を実施することで、ソフトウエアのスキルと自信がついてから職種転換を促すというものです。
こうした研修が定着すれば、単に新たな技能を身につけられるというだけでなく、キャリアチェンジに対する前向きなマインドセットを社内に醸成することができます。企業内において職種転換しようという社員も増えるのではないでしょうか。

山田

会社側だけでなく、働く社員もキャリア自律の意識を持つことが重要です。10年後・20年後の自分のキャリアをどうしたいのか。自分の資質や産業構造の変化や企業の経営環境も含めて、戦略的に考えていくべきです。
会社員時代の専門スキルを活用して、複数の企業から業務を請け負うインディペンデント・コントラクター(独立業務請負人)として活躍している知人が、以前、興味深いことをいっていました。彼は会社勤めの時代から「自分が今すぐできる仕事」「少し勉強すればできる仕事」「すぐにはできないが興味のある仕事」の三つを意識し、自分なりにマトリクスをつくって戦略的にキャリアの幅を広げてきたそうです。この意識は業種や職種にかかわらず、これからのビジネスパーソンが持っておくべきものでしょう。企業の経営層をはじめ、人事部や部下を持つマネージャーも、こうした社員を前向きに支援していくような仕組みや発想を取り入れてほしいですね。

高橋

最後にもう一言。これも日本的雇用の弊害といえるでしょうが、日本人は働き方をいくら見直しても、そこで生まれた時間的な余裕をうまく活用できず、むしろ暇を持てあましてしまうような人が少なくありません。時短が進んだら、その時間を家族と過ごしたり、自己研鑽や地域貢献などに使うことも大切なはずです。

山田

働き方改革と同時に「暮らし方改革」も、ぜひセットで取り組んでいくべきですね。

Profile

山田久氏
日本総合研究所 理事 主席研究員

京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。2003年、日本総合研究所調査部経済研究センター所長。2015年、京都大学博士(経済学)。2017年より現職。著書に『同一賃金同一労働の衝撃「働き方改革」のカギを握る新ルール』(日本経済新聞出版社)など多数。

柳川範之氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授

1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了後、慶應義塾大学経済学部専任講師。1996年東京大学大学院経済学研究科助教授。2011年より現職。経済学博士。専門分野は金融契約、法と経済学。著書に『40歳からの会社に頼らない働き方』(筑摩書房)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など多数。

高橋俊介氏
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授

日本国有鉄道(現・JR)、マッキンゼーアンドカンパニーを経て、ワトソンワイアット(現・ウイリス・タワーズワトソン)元代表取締役社長。現在は慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授を務め、コンサルティング活動や人財育成支援などを行う。『キャリアショック』、『21世紀のキャリア論』(いずれも東洋経済新報社)などキャリアに関する著書多数。