インタビュー・対談 組織 人財 働き方 スペシャル対談:島津明人氏、アデコ 谷大助

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仕事に対する情熱と自尊心とを絶やさずに、常に期待される成果を上げ続けていく──。そんな働き方はどうすれば実現するのでしょうか。働き方改革が推進されるなか、近年注目されているのが、「ワーク・エンゲイジメント」という考え方や、「EAP(Employee Assistance Program/従業員支援プログラム)」がそのヒントになるのではないでしょうか。ワーク・エンゲイジメントの意義を広く伝えてきた北里大学の島津明人教授と、アデコのEAPサービスの責任者である谷大助が、「いきいきと働く」ために必要なことを語り合いました。

「二つの資源」の充実が
いきいきとした働き方につながる

──最近、「ワーク・エンゲイジメント」という言葉を耳にする機会が増えています。

島津

ワーク・エンゲイジメントという言葉自体は以前からあったのですが、時に従業員のモチベーションを意味したり、時に満足度を意味したりと、使われ方は一定ではありませんでした。それを2000年くらいに学術的に定義したのが、オランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ(Wilmar B. Schaufeli)教授です。

エンゲージメントには「愛着」という意味がありますが、自分が属する会社に対する愛着は、一般に「コミットメント」という言葉で表されます。それに対しワーク・エンゲイジメントは、「自分が携わっている職業全般に対する愛着」であるとシャウフェリ教授は定義しました。エンジニア、会計士、コンサルタント、編集者──。そういった職業への愛着がまずあって、それが組織への愛着につながる。それがワーク・エンゲイジメントの考え方です。

このワーク・エンゲイジメントを企業内で高めるには、二つの「資源」を充実させることがポイントとなりますね。

島津

「組織の資源」と「個人の資源」という二つの「資源」のことですね。「組織の資源」は、その人が与えられている裁量権、成長する機会、組織からのサポート、マネジメントとの信頼関係などが当たります。もう一つの「個人の資源」には自尊心、自己効力感、自己肯定感など、その人の内面に関わる要素が含まれます。この二つの資源の充実を目指すことによって、多くの従業員が自分の職業に高いモチベーションと誇りを持って働けるようになります。

──では、そのような考え方が広まった背景とはどのようなものでしょうか。

島津

ある時期から日本の企業にメンタル面の不調を抱える従業員が非常に増えてきました。その解決を経営者は求められたのですが、単に「不調者がいない」状態をつくるだけでは企業の業績に結び付かないという問題もありました。必要なのは、従業員が健康である状態を目指すだけでなく、やりがいを持って働いてもらい、生産性を上げ、企業を成長させることです。「健康であること」と「パフォーマンスがいいこと」。その二つを両立させる方法論として、この10年くらいの間にワーク・エンゲイジメントが注目されるようになったわけです。

日本の企業では多くの場合、「健康」と「パフォーマンス」に関する取り組みが連動していませんでした。従業員の健康維持のために産業保健スタッフらが中心となってメンタルヘルス研修を実施し、一方でそれとはまったく別に、階層別研修や新入社員研修といった人財開発の施策を人事部などが実施するというのが一般的でした。結果として、施策を行うのに必要な人員が増え、コストもかかっていました。

島津

おっしゃる通りです。それに対して、「健康」と「パフォーマンス」の向上を一つの取り組みの中で実現しようというのがワーク・エンゲイジメントです。働く人が「健康」であり、かつ「パフォーマンスが高い」状態は、ひと言でいえば、「いきいきと働ける」状態です。

いきいきと働いているということは、その仕事に熱中し、「夢中型の努力」ができているということです。それに対し、一生懸命仕事をしてはいるものの、嫌々ながらやっている人は「我慢型の努力」、つまりワーカーホリックの状態といえます。前者の人たちが「I want to work」と考えるのに対し、後者の人たちは「I have to work」と考える。そんな違いがあります。多くの従業員が「I want to work」と考えられるようになれば、健康上の問題も起きず、仕事のパフォーマンスも向上する。それがワーク・エンゲイジメントの基本的な考え方です。

スキル向上の施策が
メンタルトラブルを防ぐケースも

──EAP(Employee Assistance Program/従業員支援プログラム)に取り組む企業も近年増えています。ワーク・エンゲイジメントとEAPはどのような関係にあるのでしょうか。

EAPを実践したその効果の一つとしてワーク・エンゲイジメントが上がる、と考えています。

医療や福祉の分野では一般に、健康な人が不調や病気になるのを防ぐことを「一次予防」、病気になった人を早期に発見し、治療を行って病気の進行を抑えることを「二次予防」、病気になった後の回復やリハビリを「三次予防」といいます。日本におけるEAPは主に三次予防、つまり、メンタル面の不調や病気になった従業員を職場に復帰させる活動としてスタートしました。特に、島津先生がおっしゃるように、ある時期から増加したメンタル面の不調や病気になった方を対象にする側面が強かったのです。

しかし多くの企業では、三次予防の対象者は全従業員の1割未満で、それ以外の従業員はいわゆる「病気」ではないわけです。病気であれば産業医など医療のプロがケアに当たるべきですが、それ以外の9割の人たちへ対するサポートも職場では必要です。そこで私たちは、一次予防と二次予防、さらには健康な人が健康な状態を保ちながらよりいきいきと働けることを目指す「ゼロ次予防」にも力を入れています。

島津

そのプログラムの実践によって、ワーク・エンゲイジメントの一つの柱である「健康」が実現できます。もう一つの「パフォーマンス」をEAPではどのように捉えているのかという点ですが、EAPは米国から始まったもので、もともとは従業員の三つの「A」を防ぐことが目的でした。すなわち、「アブセンティズム(Absenteeism、欠勤症)」「アルコホリック(Alcoholic、アルコール中毒)」、そして「アクシデント(Accident、事故)」です。

それら三つのAが企業にもたらす「損失」をいかに防ぐか、という発想が当初はあったわけですね。

島津

そうです。しかし現在のEAPは、損失を防ぐだけでなく、健康な人がよりパフォーマンスを上げるためのプログラムとしても捉えられるようになっています。例えば最近は、「プレゼンティズム」、つまり、「出勤はしているけれどパフォーマンスが上がらない人」をどうするかという課題が出てきています。そのような人たちの生産性を上げる方法としても、EAPは注目されるようになっています。アデコでは、EAPサービスを具体的にどのように実施されるのですか。

アデコのEAPでは、まず顧客企業の課題を明らかにするコンサルティングからスタートし、プログラムを顧客の経営(組織)資源を活かした中でフルカスタマイズしたサービスをご提案していきます。プログラムの柱は、顧客課題やニーズに合わせるのが現状ですが、最新では、課題に応じた教育研修や個人へのコーチングやカウンセリングの重要性もお伝えしています。ストレスチェックや集団分析といったメンタルケアに留まらず、特に不調でない方々に対しては、さらにいきいきと活躍してもらえるような各種教育メニューやコーチングなどをご提案し、一方現在メンタル面などのトラブルを抱えている方に対しては訪問カウンセリングをご案内するなど、包括的に課題解決を目指していきます。

最近多いといわれているのが、仕事のスキルが不足しているために自信が持てず、それが強いストレスとなってメンタル面に不調が出てしまう方々です。そういった場合に必要な対応は、メンタルケアだけではなく、スキル向上をサポートする取り組みです。教育や研修の機会を提供することによって、メンタル面のトラブルを防ぐことができるケースもあるのです。

島津

カウンセリングではなく、コーチングによってメンタルの問題を回避できる可能性があるということですね。

ええ。以前はコーチングといえば、主にハイパフォーマーを対象にしていました。しかし最近は、より幅広い方々をコーチングの対象と捉える必要があると感じています。

島津

日本の多くの企業では、景気の影響などから人財の新規採用を抑制した時期がありました。その結果、ある年代の社員がいないというケースが増えています。新入社員のすぐ上の先輩が10歳上というような場合もあって、コミュニケーションが難しいために、なかなか現場でのスキル伝達がうまくいかない。そんな悩みを抱えている企業は少なくないと思います。アデコのような人財会社が、コーチングプログラムなどを提供して、いわば「職場力の低下」を補い支えていく。そんな取り組みが今後ますます重要になると思います。

働く人の「生き方」全体を
視野に入れた働き方改革を

これまで多くの企業と接してきて、働き方だけではなく、一人ひとりの「生き方」を包括的に考えることが重要だと実感しています。働く人にとって、職場だけが人生のすべてではありません。子育てや介護といった課題を家庭の問題として切り離したままで働き方改革はできないと私は考えています。これまでは、会社は従業員の私生活にまでは踏み込んではいけないという風潮がありました。しかし、これからは、働く人の生き方全体を視野に入れた働き方改革がますます求められるようになると思います。

島津

同感です。キーワードは「幸福」であると私は考えています。働き方を改革することによって、働く人の人生全般、さらには世の中全体をいかに幸福にしていくか──。私は最近、そのテーマを追求するために、勤務している大学内に「ワーク・エンゲイジメント研究開発センター」を新しく立ち上げる計画を進めています。そこでは三つの「HP」に取り組んでいきたいと思っています。すなわち、「Health Promotion(健康増進)」「Human Performance(人の生産性)」、そして「Happiness(幸福)」です。企業で働く多くの人が健康に、生産性高く働きながら、幸福になる方法を研究し、科学的エビデンスを世の中に提供していきたいと考えています。

それは素晴らしいビジョンですね。私たちもEAPの一環として、働く方々の人生全般を支援する「トータル・ライフサポート・プログラム」を提供しています。例えば、100歳まで生きるのが当たり前になるといわれる時代だからこそ、経済、健康、ビジネスなど「人生100年」を豊かにする8分野を定め、それに沿って、年配者は自分の人生を棚卸してみる、若い人はこれからの人生のプランを立ててみる。その中で、働く人のハピネスを考えてもらう、そんなプログラムです。働く現場にそのようなプログラムがあれば、多くの人がいきいきと働きながら幸せへの道筋を描けるようになる。そんなふうに考えています。

Profile

島津明人氏
北里大学一般教育部
人間科学教育センター教授

早稲田大学第一文学部、同大学院文学研究科卒業。博士(文学)、臨床心理士。早稲田大学助手、広島大学専任講師、同助教授、ユトレヒト大学客員研究員、東京大学大学院 医学系研究科 精神保健学分野 准教授等を経て、2017年より現職。専攻は精神保健学、産業保健心理学。主な著書に『ワーク・エンゲイジメント:ポジティブメンタルヘルスで活力ある毎日を』(労働調査会)、『職場のポジティブメンタルヘルス 現場で活かせる最新理論』(誠信書房)など。

谷大助
アデコ EAP Solution部長

国際EAPコンサルタント(CEAP)。総合人財会社のEAP部門の責任者として、EAP・職場のメンタルヘルス対策に関するコンサルティングをはじめストレスチェックに伴う組織(集団)分析に関わるアドバイジングや各種研修の講師、その他全サービスの品質管理者として組織と従業員の生産性向上のための活動に従事。また近年は職場の人間関係改善やモチベーションアップなど組織の活性化に向けた活動にも注力。その傍ら外部より認定を受けた社内EAPコンサルタント(310名)の教育ならびに教育者の育成にも力を入れる。著書「安全衛生教科書 メンタルヘルス・マネジメント(R)検定Ⅱ種・Ⅲ種テキスト&問題集」(翔泳社)第4章執筆。