ダイバーシティは、日本企業の間でも重要な経営課題として広く認識されてきた。しかしイノベーション創出につなげている例はまだまだ少ない。価値観や能力の多様性を本当の意味で生かす「インクルージョン」とは。元グーグル人事担当者で、モルガン・スタンレーなどでも人財開発に取り組んできたピョートル・フェリクス・グジバチ氏に語っていただいた。
── 日本企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの現状をどう見ていますか?
どの国の企業でも、多様性への取り組みにはいくつかの段階が見られます。最初は、性別や国籍、人種、年齢といった目に見える属性の多様性を認め、格差や差別を取り除いていく段階です。米国では人種の問題が最優先の課題でしたし、日本では女性の活躍に積極的に取り組んできましたね。これらは、もちろん重要な取り組みです。
さらに人間には、知識や能力、経験など目には見えにくい多様性もあります。次の段階として、人種や性別などではない、多様な知識や能力を結びつけて、イノベーションや生産性向上につなげていくことが求められています。徐々にですが、日本企業もこの段階に入りつつあると思います。
しかし、多様性を本当の意味でイノベーションの原動力に変えていくには、さらに次の段階にステップアップする必要があります。それは、社員一人ひとりの“内面の多様性”を互いに理解し、尊重し合えるような組織風土を目指すということです。
── 内面の多様性とは、具体的にどんなことを指すのでしょうか?
人が心の内面に持っている感情や思考は、とても多様で複雑なものです。人生において何を一番大切にしているか。どんなときに仕事での喜びを感じるか。それはどんな体験に基づくのか。許せないときの感情は何に由来するものなのか……。自分自身ですら認識していない側面もあるかもしれません。
グーグルをはじめシリコンバレーの先進的な企業は、一人ひとりの情熱や創造力を大切にしています。「知」と「知」の激しいぶつかり合いも欠かせません。しかし、感情的な対立ばかりが起こる職場では、イノベーションは期待できないでしょう。
だからこそ、一見仕事と無関係に見えるこうした内面の部分を自己開示して、会話を通じてチームメンバーと共有していくプロセスが、人と組織のパフォーマンスを高める上でとても重要になってきます。互いの人間性に対する理解が深まるので、ストレスや負の感情を抱くことが減ります。つまり「心理的な安全性」が高まることが大切で、それによって初めて知的な対立が増え、意見を激しく戦わせても負の感情が生まれにくくなります。
私はグーグル以外にもいくつかの先進的な企業で働いてきましたが、グーグルはコミュニケーションの質も意思決定のスピードも圧倒的に優れていると感じました。それは内面の多様性の重要さを強く意識し、互いに受容できるよう努力を続けているからです。
これこそがいわゆる「インクルージョン」の本質であり、シリコンバレーでイノベーションが生まれやすい理由でもあると思います。
── インクルージョンを推し進めるため、グーグルではどんな取り組みをしているのですか?
独自の「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)トレーニング」ですね。人事部が主導するのではなく、現場のマネージャーが講師となり、全社員を対象に全世界の拠点で実施しました。人間は誰でも無意識のうちに、物事の見方にバイアスが掛かっているものです。「課長だから」「女性だから」といった理由で、自分の考えを制約してしまうのもアンコンシャス・バイアスの一例です。
グーグルが「ユーザーファースト」をうたっている以上、相手のニーズを把握できなければならない。それには、まず社員が自分のバイアスに気づく必要があります。気づかなければ、バイアスを乗り越えることも相手のニーズをきめ細かく感知することもできないからです。
このほか、組織内に心理的安全性を確保するためにさまざまな調査を実施したり、自己紹介に多くの時間を費やすオフサイトミーティングを頻繁に開いたりしています。
日本企業も、社員の相互理解を深めるオフサイトミーティングはぜひやるべきです。私から見ても日本人は、みなさんが思っている以上にコミュニケーションが下手です。特に、他人に自分の考えや感情を率直に話す自己開示の能力が低い傾向にあります。
ですので、社員同士でこれまでのライフジャーニーを真剣に語り合うような機会を持つことが重要です。地道な対話を続けていけば、深い悩みや大切な心の声を開示したり、相手からも聴けるかもしれません。
── 日本は米国などに比べると、人種や文化の多様性が乏しく、だから企業のダイバーシティ&インクルージョンも進まないと思われがちです。
いえいえ。私から見れば日本はとても多様性に満ちた国です。さまざまなアンコンシャス・バイアスのせいで、それを生かせていないだけです。
例えば米国では、政治機能はワシントンD.C.、経済・金融はニューヨーク、ITはシリコンバレーというように、都市によって機能や産業が集積していて、互いに行き来するのも大変。
これに対し日本なら、そのすべてが東京という一都市に集約しています。こんな多面性を持った都市など世界でも珍しい。でも大手町のビジネスパーソンや霞が関の官僚と、渋谷のITベンチャー経営者は、互いに交流しようとはしないでしょう。イノベーションの契機になるような知がすぐ近くに集まっているのに、これはもったいないことです。さまざまな垣根を越えた企業間のオフサイトミーティングなども、どんどんやるべきです。
日本のビジネスパーソンに最後にもう一言。自分にとって何が一番大切なのか、価値観やビジョンを明らかにしていくプロセスは、ダイバーシティだけでなく、自己実現のためにも大切です。環境変化のスピードがどんどん速くなり、人工知能(AI)に代替される労働も増え、3年後に今の仕事があるかもわからない時代です。そんなときにキーになるのが自己開示です。今まで日本人が苦手にしてきたことですが、これからますます重要になるでしょう。
Profile
ピョートル・フェリクス・グジバチ氏
プロノイアグループ株式会社 代表取締役
モティファイ株式会社 取締役 チーフサイエンティスト
ポーランド生まれ。2000年に来日しベルリッツ、モルガン・スタンレーを経て、2011年Googleに入社。アジアパシフィックでのピープルディベロップメント、2014年からグローバルでのラーニング・ストラテジーに携わる。2015年独立して現職。企業がイノベーションを起こすため組織文化の変革コンサルティングを行うプロノイア・グループ、その知見/メソッドをテクノロジー化するモティファイという2社の経営を通じ、変革コンサルティングをAIに置き換える挑戦をしている。近著に『New Elite』『Google流 疲れない働き方』など。