VUCA時代と呼ばれる現代では、個人も組織も変化に適応してチャレンジし続けるグロースマインドセットが必要といわれている。正解が一つではないなかで、どのように現状を変えていけばいいのか。2人の実践者からヒントを探る。
「グロースマインドセットが非常に効果的だと感じるのは、困難に遭遇したときに『問題だ』と捉えるのではなく、自分の可能性を信じて、前向きに挑戦できるようになるところです」。こう語るのは、個人や組織が成長し続けるための研修を企業に提供している株式会社ImaginEx共同創業者の下島一晃氏。ImaginExでは、「リーダーシップ研修」や「問題解決とイノベーション研修」などを、脳科学や心理学の研究をもとに開発。いずれも基幹にあるのはグロースマインドセットだ。
下島氏が「グロースマインドセット」の必要性を実感したのは、12年間暮らした米国から帰国した大学時代。バイリンガル講師として働いていた英語塾で、単語や文法の英語の知識が十分にある教え子が、失敗を恐れて積極的に話さない姿を目の当たりにしたことがきっかけだった。「失敗に対する姿勢・考え方を変えればさらなる成長が可能だ」と確信し、フィックストマインドセットを「問題脳」、グロースマインドセットを「成長脳」と位置づけ、問題脳から成長脳に切り替える方法を実施してきた。
「いつまでも成長脳のままの人、逆に、いつまでも問題脳のままの人はいません。誰もが成長脳を持っている分野、問題脳を持っている分野があります」と下島氏。「すべての分野を成長脳にする必要はありません。でも自分が向いていることしかやらないと、フィックストマインドセットを助長することになります。自分が成長したいのであれば、問題脳を克服していくべきです。新しいことやハードルの高いことに臆したり、最初は思い通りにいかなかったりするのは当然と理解し、それを乗り越えるためには、状況を『問題』としてではなく、『成長の機会』として捉えることが重要です。その成長をかなえるためには、行動した後に『自己認識や他者視点での振り返り→行動』を繰り返すことが効果的です(「振り返り→行動」を繰り返す⇒成長脳の図参照)」。
昇進を望まないなど、新しい役職や役割にチャレンジしようとしない若手が増えているという。下島氏はグロースマインドセットに導くための最初のステップとして有効なのは、「脳のクセを理解してもらうこと」だと言う。「ここ十数年で脳科学の研究が進み、正しいトレーニングを積み重ねれば、人は何歳になっても脳は鍛えられて新しい能力を習得できることが明らかになってきました。一方で、脳には『新しいことに抵抗する機能』があるのも事実。こうした脳の拒否反応を、知識と体感の両面で納得してもらうのが、私たちの研修の狙いです」
「実際のワークショップでは、脳が持つ拒否反応を体感してもらうことから始めています(ステップ1参照)。このステップを踏むと『できない』『違和感があって気持ち悪い』と否定的なマインドセットの存在に気づきます。その次に、グロースマインドセットへ移行する様子を感じてもらうために、ハードルが高いアクティビティ(ステップ2)の課題を与えて皆で挑戦し、失敗を重ねながらも『やってみたらできた!』を共有します」 個人だけではなく、チームや組織の成長をかなえるために大事なのは「共有すること」と下島氏が強調するのには理由がある。同じチーム内で成長脳と問題脳の共通認識が生まれると、例えば会議の場で、誰かが「そのアイデアはうまくいかないよ」と反射的に否定的な発言をした場合、ほかの人が「その考えは、『問題脳』になっていませんか?」と気づきを与えることができるためだ。今までの経験や前例から問題脳になってしまうのは仕方がないこと。だからこそ「みんなで気づき合える関係が、グロースマインドセットを継続させるうえで非常に重要なのです」(下島氏)
グロースマインドセットを促すには、まず脳の拒否反応や物事を必要以上に「問題」として捉えてしまう傾向に気づくこと。次に、その「問題」は克服できるものだと、過去の経験を振り返ることも重要な意味を持つ。「多くの人は社会人になったときに、 ビジネスメールや敬語に違和感を抱いたはずです。でも、次第に慣れてきて、数年経てば違和感がなくなってきます。このように克服した経験をたくさん思い出すことで、問題脳になったときでも対処できるようになるのです」
そもそも脳は、慣れていることをやり続けるほうが心地よいと感じる。大切なのは、それをあえて崩しつつも、新しい成長の場を築けるかということだ。まず、自分の脳に向き合うことが、マインドセットを変える第一歩になるはずだ。
「人が成長するときは、何か新しいことを経験したとき。それが気づきとなり、考えるようになるからです」
こう語るのは、アクセンチュア株式会社のシニア・マネジャーで、部下の力を最大限に発揮するリーダーになるための本をまとめた坂本啓介氏だ。
自身の経験をもとに、成長するタイミングは「新しいことをしたとき」と「多様性のなかに身を置いたとき」の2つだと分析する。「誰にでも、やってみたら意外と楽しかったということがあると思います。私自身、上司の勧めもあり2010年から7年間、アクセンチュアが取り組む社会貢献活動「Skillsto Sacceed(スキルによる発展)のひとつとして不安定就労の若者への支援に携わっています。そこで得た学びは非常に多く、会社内では経験できないような環境や価値観などのさまざまな多様性に先駆けて触れることができ、貴重な経験になっています」
社会貢献活動では、市民、NPO、大学の方々などさまざまなステークホルダーと、簡単には解決できない社会課題に向き合って、合意形成する。「一緒に仕事をしたことがない人たちと進めていくと、こうでなければならないというフィックストマインドセットでは立ち行かない場面が多々でてきます」
変化を与えながら部下の内発的動機をサポートする「ダイバーシティ&インクルージョンが求められる現代では、多様な人々の自己実現を認めることも必要」と語るのは、前出の坂本啓介氏だ。
自己実現に向かうための内発的動機は、「マズローの欲求段階説」の生理的欲求、安全欲求、社会的欲求が満たされないと発揮できない。
「だからこそ、部下には『この組織にいていいんだ』と、まず安心を与えます。内発的動機を促すには、安心・安全な場づくりから始まるからです」
傾聴を大事にするのも、部下に「自分の話も聞いてくれる」と安心してもらうためだという。
「部下を成長させるために『〇〇しなければならないよ』という育成法はもう古い。その時点でフィックストマインドセットになっているからです」と指摘する坂本氏。
「場づくりや傾聴によって、グロースマインドセットへと導けることもあるし、10年ほど前までは、「〇〇でなければいけない」という考えでも通用したと振り返る坂本氏。「昔は、コンサルティングのロールモデルとして目指すものがあり、そこに合わせていけばよかったのですから」
不確実性が高い現代では、「ビジネスで取り引きがある特定の人たちとの合意形成を越え、企業として、不特定多数の人たちとも関係するようになってきています」(坂本氏)。そのような状況下では、個人として成長できなければ組織も強くならない。そのためには、座学だけではなく多様ななかに身を置く経験が生きてくるという。
「ダイバーシティ&インクルージョンが求められる現代では、多様な人々の自己実現を認めることも必要」と語るのは、前出の坂本啓介氏だ。
自己実現に向かうための内発的動機は、「マズローの欲求段階説」の生理的欲求、安全欲求、社会的欲求が満たされないと発揮できない。「だからこそ、部下には『この組織にいていいんだ』と、まず安心を与えます。内発的動機を促すには、安心・安全な場づくりから始まるからです」
傾聴を大事にするのも、部下に「自分の話も聞いてくれる」と安心してもらうためだという。
「部下を成長させるために『〇〇しなければならないよ』という育成法はもう古い。その時点でフィックストマインドセットになっているからです」と指摘する坂本氏。
「場づくりや傾聴によって、グロースマインドセットへと導けることもあるし、そうでないこともある。ゆったり構えて、シナリオ通りにはいかないと覚悟を決めることも必要です」
一方で、部下の育成を担う管理職には「部下がやりたいと思っていないことでも、あえて任せてみること」を勧める。新しい気づきから学ぶ機会を創出するためだ。「新しい役割や仕事を与えたり、職位をあげるなど、どんどん変化を与えてみる。それが、管理職としての、必要な権限の使い方のひとつだと思います」
①多様な自己実現の受容
多様性に寄り添う
②内発的動機の後押し
傾聴を通して、安心安全な場を作る
③変化する機会の付与
ときには権限を使うことも必要
「評価の仕方次第で、部下のマインドセットに影響が出てきます。よくいわれることですが、結果ではなくプロセスを評価することが大事です。だからこそ、部下の日々の業務を理解することが重要。過程を見ていることを、きちんと部下に伝えていく。こうした正しいフィードバックをマネージャーは今一度再認識したほうがいいと思います」
一般的に評価のフィードバックはマネージャーと部下の1対1で、個室で行われているケースが多い。「そのため、評価を行うマネージャーは、自分の上司以外のフィードバックを見たことがありません。ロールモデルがいないため、自分で確立していくほかないのです」と下島氏は言う。例えば、上司役と部下役を決めて、模擬面談を実施。上司役のフィードバックの良し悪しを、その周囲で見学している皆で分析するという。
「そのアイデアすごくいいですねと上司が評価をした後に、相手の顔が明るくなって、自己開示してくれるようになった」「上司が腕を組んでいると威圧感があり、相手は委縮しているように見える」などの外部からの評価は、すぐに使えそうな実践的な学びが得られるだろう。
「普段、『私のフィードバックはどうでしたか?』と部下に聞く人はほぼいないでしょう。でも、正しく伝わったか意見を求めるなど、自ら成長を求めている姿勢を見せると、フィードバックの質も上がり、チーム内でグロースマインドセットを広げることにもつながります」
“成長脳”に導く、効果的なフィードバック
「『部下がアイデアを出してくれない』と嘆く経営陣が多いのですが、リスクをとることが評価される仕組みや環境をつくることが重要です」
下島氏は、部下が成長し続けるためには、経営陣のマインドセットを切り替えることや組織風土の変革も欠かせないと指摘する。
「社内で新しいことにチャレンジしていくための制度や評価が伴わなかったら、たとえグロースマインドセットの社員が増えても、それが継続できないのは自然なことです。制度とともに組織風土も変える。本来はそれが正しい導入方法といえるでしょう」
下島一晃氏
株式会社ImaginEx
共同創業者・取締役
早稲田大学国際教養学部卒。2012年から軽井沢の全寮制インターナショナルスクール(ISAK)の立ち上げに参画。個人と組織が持続的な成長を実現するための調査業務に従事し、調査に基づいた組織改革を実行している。ハーバード大学の発達心理学者ロバート・キーガン教授の指導を受けた経験を持つ。
坂本啓介氏
アクセンチュア株式会社
セキュリティコンサルティング本部 シニア・マネジャー
1976年生まれ。東北大学工学部卒業後、同大学の流体科学研究所、大手電機メーカーを経て、2004年にアクセンチュアに入社。2007年より社内における新規ビジネスの立ち上げに参画。著書に『結果を出し続けるチームリーダーの仕事術』(学研プラス)がある。