大内伸哉氏
神戸大学大学院法学研究科教授
1963年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。神戸大学法学部助教授を経て現職。近年は「技術革新と労働法政策」をテーマに、AI・ICTがもたらす雇用への影響やテレワーク、フリーランスなど新たな働き方の普及に伴う労働法政策的な課題について精力的に研究している。『AI時代の働き方と法』(弘文堂)、『雇用改革の真実』(日本経済新聞出版社)、『君の働き方に未来はあるか?』(光文社)など著書多数。
迫りくる長寿化時代に備え、戦略的な人生の過ごし方を説いた『LIFE SHIFT(ライフシフト) 100年時代の人生戦略』は、日本でも大きな話題を呼んだ。人生100年時代に、個人はどのようなキャリア観を持てばよいのか。企業はどう変わるべきか。労働法の専門家であり、テクノロジーの進化が雇用・労働にもたらす影響についても詳しい神戸大学大学院法学研究科教授大内伸哉氏に聞いた。
高齢化社会先進国といわれる日本。健康寿命が延び、「人生100年」が当たり前になる一方で、人工知能(AI)の登場により技術革新のスピードは加速し、ビジネスモデルの寿命は短期化していく。働く側も、キャリアを企業に依存するのではなく、100年単位の人生を生き抜くためのキャリア戦略を自ら築いていくことが求められる。現在のキャリアやスキルが10年後、20年後も役立つ保証はないからだ。
「テクノロジーの進化が雇用にもたらす影響はみなさんが想像しているよりもはるかに劇的です」。大内氏はこのように話す。
AIの本格的普及を待つまでもなく、企業は生産性向上のため、ICTやロボティクスの活用を急速に進めている。2017年には日本のメガバンクが、定型的な業務を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用によって大幅な人員削減に取り組むことを発表。大きな注目を集めた。
「創造性が求められる業務は引き続き人間が担うといわれますが、AIやロボティクスとの分業が本格的に進めば、人間が担う作業は相当減るはずです」
社員を長期的に抱える必要性が減るので、企業の組織構造がスリム化する。将来的には、企業はプロジェクト単位で社内外から最適なメンバーを招集してマネジメントし、プロジェクトが終わったらまた別のメンバーを招集するといった柔軟な組織体になっていくと考えられる。オフィスで常勤する意味合いが薄れ、リモートワークのような勤務形態がいっそう普及していくはずだ。さらに、アウトソーシングについては、クラウドソーシングの活用が進むだろう。
この結果、働き方改革の論点も大きく変わってくるだろうと大内氏はいう。「例えば、多くの業務がテクノロジーに代替され、業務と組織が縮小すれば、現在のような正社員や非正社員といった雇用形態自体も意味がなくなるでしょう。むしろ、その後に生まれる格差に目を向ける必要があります。それは『AIと共存・共生できる人とできない人との格差』です。AIに代替されない能力を自分の中で見出し、それを発揮する場を切り拓いていかなければなりません」
企業組織が変われば、企業に雇用されずに働く人も増えていくと考えられる。副業を解禁する企業が増えれば、「自営型副業」が拡大する可能性もある。これまでの労働法は、指揮命令下のもとに働く状況を想定して成立しているため、フリーランスなど自営業者(非従属労働者)を対象としていなかった。今後はフリーランスのための法整備や、社会保障などの設計見直しが重要になると大内氏は語る。
「この場合、フリーランスを画一的に保護する発想で国が規制を行ってしまうと、自由で自立的な活動を妨げる恐れがあります。『保護』ではなく、個人が能力を発揮するのを公的に『サポート』していく発想が必要でしょう」
テクノロジーの発達は今後、企業人事に影響を与えていく。例えばウエアラブル端末を活用することで、社員の健康状態をリアルタイムできめ細かく把握できるようになり、企業による健康管理のクオリティが高まると期待できる。
「他方で、新たな課題も浮上します。採用選考や配置・評価にAIを活用すれば、人間と違って先入観がなく公平な判断が行えるとの期待がある反面、才能のプロファイリングが形成されることにより、特定の労働者が採用から除外されるのではないかという懸念があります。また、なぜ不採用にしたのかという判断の理由をAIは説明できないため、納得性が確保できるのかという問題も出てきます。テクノロジーと人間の関係について、改めて企業が真剣に考えるべき時代が到来しているのです」
AIをはじめとする先端テクノロジーと共生していくのに不可欠の能力として、大内氏は「独創性」を挙げる。
「AIに真似できない能力が『独創性』だと言われると、『世の中、独創的な人間ばかりじゃない』と反論する人がいますが、私は違うと思います。営業でも経理でも、ごく普通の仕事の中にも独創性が発揮されている面があります。誰もが持っている個性を発揮することが、独創性の本質。企業も今後は、個性や独創性を育むような社員育成にぜひ注力していくべきです」
テクノロジーとキャリアについてのリテラシーを高めていくことも重要だ。最新の技術動向を常に感知し、次に来る時代において自分の適性はどこにあり、発揮できるのはどんな場か?自分なりに調べ、考え、挑戦していく。「企業が社員のリテラシー向上やキャリア形成に積極的に働きかけることも大切です。オンライン学習など、リテラシーを高める手段はいくらでもあります。AIと共生できるような人を育て、そのような人が働きやすい環境をいかに整え、適切にマネジメントできるかが、これからの企業の競争力を左右することになるでしょう」
大内伸哉氏
神戸大学大学院法学研究科教授
1963年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。神戸大学法学部助教授を経て現職。近年は「技術革新と労働法政策」をテーマに、AI・ICTがもたらす雇用への影響やテレワーク、フリーランスなど新たな働き方の普及に伴う労働法政策的な課題について精力的に研究している。『AI時代の働き方と法』(弘文堂)、『雇用改革の真実』(日本経済新聞出版社)、『君の働き方に未来はあるか?』(光文社)など著書多数。