人生100年時代、企業組織はどう変わるのか。個人はどのようなキャリア観を持つべきか。
また企業がそれをどう支えるべきか。今後我々が持つべき視点と注目すべきキーワードを3人の識者に聞いた。
人生100年時代、まず企業組織のあり方はどう変わるのだろうか?
「企業が多数の社員を抱える必要がなくなり、組織の規模は小さくなっていくと考えられます。しかし一方で、競争力の源泉が人であることに変わりはありません。社内か社外かにかかわらず、才能を最大限に生かすマネジメント力やコラボレーション力が未来の企業にはいっそう求められるはずです」。
こう語るのは、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏だ。
日本では『AIに人間の仕事が奪われる』といった悲観的なイメージが先行しがちだ。しかしテクノロジーの進化は本来、企業活動の可能性や自由度を大きく広げていくものだ。大きな組織でなければできなかったことが、小さな組織でも可能になる。ICTやネット環境の発達で、ごく数人のスタートアップ企業でも、世界中の人々とのコラボレーションを通じて独自のビジネスモデルを構築し、クラウドファンディングで資金を集めて、それらを実現できる時代がすでに到来している。ソフトウエアやサービスの分野だけでなく、3Dプリンターのような技術の登場で、大規模な資本と設備を抱える大企業でしか生み出せなかった製造業のものづくりも、少人数の組織・チームで実現可能だ。AIが本格的に普及すれば、この流れはさらに加速するだろう。
「もともと日本は製造業を中心に、1つの企業グループであらゆる部門の技術と社員を抱え、すべて自社内で生産する『垂直統合モデル』を強みとしてきました。しかし、自前の技術と社員だけでは、テクノロジー進化のスピードに対応するのは難しくなってきています」(石山氏)
企業は将来的には、外部の力を柔軟に取り入れるような開かれた組織形態に移行するだろうと、神戸大学大学院法学研究科教授の大内伸哉氏は話す。
「もはや企業が大きなピラミッド型の組織を抱える必要はなくなるでしょう。機動性を高めるためにも、抱える社員を最小限にして組織をスリム化し、プロジェクトごとに必要なメンバーを社内外から招集して成果を生み出していく『プロジェクト型組織』(図1参照)に変わっていくと考えられます」(大内氏)
また、プロジェクトのメンバーが外部からも積極的に招集されるような柔軟な組織になるほど、その企業独自のビジョンや文化をしっかりと理解し、多様な人々を適切にマネジメントできるような社員を社内で開発しなければならない。それこそが「ぜひこの企業のプロジェクトで働きたい」と思わせる求心力になり、企業の強みになるからだ。
「企業組織のあり方は大きく変わっても、内部の社員が競争力の源泉であることに代わりはありません。ただし、そうしたコアな才能は、自社内だけで囲い込んで価値観を押しつけるような育成法では育ちません。積極的に外部と交流したり、出向させたりして、自社以外の価値観にも触れてもらうべきです。内部を大事にしつつ、外に開かれていることが、これからの企業の強みになるのではないでしょうか」(石山氏)
「今後、個人に最も求められるのは変化への対応力です。長寿化により職業人生が長くなる一方で、環境変化のスピードが速くなり、資質やスキルの賞味期限は短期化します。しかし環境が変わっても、社会人として求められる本質的な能力・資質は大きくは変わりません。大切なのは、自分の持つ能力や資質をしっかりと自覚し、目的意識を持ってそれを磨き上げていくこと」。
こう語るのは、キャリア教育研究家の橋本賢二氏だ。
経済産業省が2018年3月に公開した『我が国産業における人材力強化に向けた研究会報告書』では、人生100年時代に個人が求められる能力や資質についてまとめている。同省は2006年に、①前に踏み出す力、②考えぬく力、③チームで働く力の3つを『社会人基礎力』として提唱した。今回の報告書では、これらの力を自分の年代などに合わせてブラッシュアップしていくことの重要性が強調されている。
社会人の経験を積んでいれば、これらの能力を相応に身につけているはずだが、それを仕事においてどう生かしたいのか、今後どう磨いていきたいか、という目的が曖昧なケースが多い。
「不確実性の高い時代ですから、自分自身が納得できる人生をどう築いていくかがますます重要になるはずです。自発的なキャリア開発、つまり『キャリア自律』が必要となります。自分の資質や能力の育成やキャリアを企業任せにするのではなく、自分で目的意識を明確にし、納得性を高めていくことが大切です。そのためには、3つの視点から自分の能力やキャリアについて、定期的に『リフレクション(振り返り)』(図2参照)をすることが第一歩。目的や学びたい内容と方法が明確になれば、次に何を学べばよいのかも明らかになり、変化への対応力につながっていくからです」(橋本氏)
「変化への対応力は、現代の多くのキャリア理論でも重視されています」と石山氏は語る。
「米国のキャリアカウンセラーであるマーク・サビカスの『キャリアアダプタビリティ』もその一つ。キャリアの変化への対応力を意味する概念で、キャリアは不確実で変化するものだが、それに対応するには、自分のキャリアへの関心や将来への好奇心を持つことが大切であると説かれています」
キャリアに関心や好奇心を持つためには、そもそも自分の価値観が明確でなければならない。「当たり前のことに聞こえるかもしれませんが、自分としっかり向き合い、価値観を明確に自覚することこそ、変化の時代に最も重要なことなのです」(石山氏)
今後、私たちが1つの能力やキャリアだけで生涯働き続けるのが難しくなるのは確実だ。将来的にキャリアチェンジを余儀なくされる可能性は高い。近年、社会人による大学・大学院での『学び直し』や、企業による『兼業・副業』解禁の議論が注目を集めるのも、「将来の予期せぬキャリアチェンジに備えたい」という志向が強まっているためだろう(図3参照)。
「学び直しも兼業・副業ももちろん有意義ですが、個人がキャリア開発をする手段としては、かなりハードルが高いのが現実です。もっと気軽にできることから始める方が、結果的に近道になるはずです」と橋本氏は語る。
「大切なのは『越境学習』。つまり普段の仕事とは全く違う越境的な環境に身を置き、真剣に取り組んでみる。収入につながらなくてもいいのです。自分の強みや弱みに気づくことが、学び直しの大きな契機になります」(橋本氏)
具体的には、スポーツや趣味のサークル活動、地域のボランティアやNPO活動への参加などが挙げられる。あるいは、マンションの管理組合の活動でも、知的な刺激が大いにある。本業では出会わないような人々と対話し、騒音や民泊トラブルといった普段の仕事では直面しないような課題に直面することで、それらの解決のための知識や能力が自然と求められていくからだ。
副「業」、兼「業」という言葉は収入を得ることを前提としているが、そこにこだわらず、あくまで複数のキャリアを積むという意味で、『パラレルキャリア』『マルチキャリア』の発想を持つのが望ましいと橋本氏は強調する。「『LIFE SHIFT』のリンダ・グラットン氏も指摘しているように、先行きが全く読めない人生100年時代に、大切なのは「知の力」や「人的ネットワーク」などの無形資産です。いざというときに互いに協力できる信頼関係やネットワークの強さ。これが人生を生き抜けるかどうかにつながっていくのでしょう」(橋本氏)
石山氏は、「自分の価値観を明確にする上でも越境学習は重要」と話す。
「社会人として仕事に慣れていくと、『自分が人生で最も大切にしているのは何か』『なぜ自分はこの仕事をするのか』と自らに問うことが少なくなるかもしれません。例えば20年間の銀行勤めで、銀行員としての資質・能力を積んだことが自分の価値観だと思い込んでしまうかもしれない。それではキャリアチェンジを求められた時、銀行員以外の自分がイメージできなくなってしまいます」(石山氏)。自分の価値観が自覚できていれば、変化にも対応しやすくなる。どの道を選ぶべきか、判断基準が明確になるからだ。
越境的な経験で得た知識は、当然ながら本業にもプラスに働く。
「複数の組織や共同体に身を置き、それぞれの知識や経験を仲介するような人を『ナレッジブローカー』と呼んでいます。外部で得た知識・経験、あるいは人との交流を本業の企業に持ち帰ることで、新しい発想が生まれるかもしれません。これは企業にとっても大いに望ましいはずです」(石山氏)
越境学習は社員の能力を高めるだけでなく、社内の価値の多様性を生み、イノベーション創出の契機にもつながるものだ。企業は今後、社員の越境学習を積極的に支援していくべきだろう。
すでに日本でも、『留職』『社内インターンシップ制度』といった呼称で、普段とは異なる業種・職種の部門やグループ会社に社員を従事させる企業が増えている。
「たとえ短期間でも、価値観の異なる人々とコミュニケーションしたり、プロジェクトをファシリテートしたり、一緒に推進したりすることが重要です。企業が他社や大学、自治体との連携によって新たな価値を生み出す『オープンイノベーション』創出のためにも、その経験は大いに役立つはずです」(橋本氏)
せっかく外部で得た貴重な経験を、風化させない工夫も必要だと石山氏は語る。
「3カ月ほどNPO法人の活動に取り組む越境型の研修を経験したある企業の社員たちにインタビューしたことがあります。参加した直後は多くの学びや気づきを得て、本業の仕事に対するモチベーションも大いに高まるのですが、数カ月後に改めて尋ねてみると、日常の業務に埋没して、せっかく得た知見や経験がほとんど生かせてない、という声が一部にありました」(石山氏)
そこで、越境学習の風化対策に取り組んでいる企業もある。具体的には、「1日NPO活動」などごく短期間のNPO体験を定期的に取り入れたり、そのあとに参加社員の懇親会を開くといった方法だ。外部に多数の社員を頻繁に送るのは負担が大きいからと、社内で部門横断型プロジェクトを立ち上げ、各部署の社員が集まって取り組む社内越境プロジェクトを始めた例もあるという。
「規模は小さくても頻度を増やしていくのは、越境学習の風化を防ぎ、社員のモチベーションを維持する上でも効果的です」(石山氏)
多くの日本企業は社員も事業もすべて自社内で囲い込むことで競争優位性を生み出してきた。終身雇用のような日本的雇用慣行を支持する声もいまだに根強い。これらは副業・兼業や越境学習に消極的な企業が多い要因でもある。
「日本企業に見られる同調圧力や内向きの文化は、かつては相応の成果を上げたものの、これからの時代にはフィットしません。日本にも海外に負けない独創的な人はたくさんいます。特に未来を担う若い世代が存分に活躍できるように、企業の組織形態も才能育成の発想もゼロベースで再構築していくことが不可欠。企業経営者の方々には、過去にとらわれず、価値観の大転換を図ってほしい」(大内氏)
今後、「ミレニアル世代」以降の若い世代が増えていくこと自体が、企業のあり方を大きく変える契機になるのではないかと石山氏は指摘する。
「ミレニアル世代は、自己承認や自己実現を重視し、また上司からの丁寧なフィードバックを求める傾向があるといわれます。企業が望むような優秀な人ほど、自分のキャリア形成に危機感を持っています。そうした人に対して仕事も学びも充実した場を提供していかなければ、企業は生き残ることは難しいでしょう。今からぜひ前向きに取り組むべきです」(石山氏)
石山恒貴氏
法政大学大学院
政策創造研究科教授
1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会理事、NPO法人キャリア権推進ネットワーク授業開発委員会座長。主な著書に『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)
橋本賢二氏
キャリア教育研究家
1981年生まれ。中央大学法学部卒業。公務員として人材育成などの人事関連の本業に従事する一方で、経済産業省が提示した「人生100年時代の社会人基礎力」の考え方を解説する普及・啓発活動や、個人の資質・能力を育成するための具体的な行動変容を促進する講演活動を行っている。
大内伸哉氏
神戸大学大学院法学研究科教授
1963年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。神戸大学法学部助教授を経て現職。近年は「技術革新と労働法政策」をテーマに、AI・ICTがもたらす雇用への影響やテレワーク、フリーランスなど新たな働き方の普及に伴う労働法政策的な課題について精力的に研究している。『AI時代の働き方と法』(弘文堂)、『雇用改革の真実』(日本経済新聞出版社)、『君の働き方に未来はあるか?』(光文社)など著書多数。