組織 働き方 キーワードで見る2019年の雇用・労働①働き方改革は本格的実行段階に

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2019.03.06

2019年は働き方改革関連法が施行され、これまで3年以上議論してきた働き方改革が本格的な実行段階に入ると同時に、新たな政策課題として浮上した外国人労働者と高齢者の雇用拡大に取り組んでいく――。日本の雇用・労働にとって大きな節目の年として記憶されることになるかもしれない。
法整備の過程では労働者の保護が議論の中心となったが、企業が取り組むうえでは生産性向上につなげる発想が欠かせない。創業時から働きやすい魅力的な職場づくりに力を入れているスタートアップ企業が日本でも増えており、改革に出遅れた企業は人財獲得競争でも劣勢に立たされていく。
また個人にとっては、人生100年時代の到来はキャリア形成に不確実性をもたらす。自律的なキャリア開発への取り組みが引き続き求められる。
2019年に注目されるトピックスのなかから、企業とそこで働く人はどんなことに留意するべきか。雇用・労働の専門家に話を聞いた。

働き方改革関連法が2019年4月1日に施行され、日本企業の働き方改革は本格的な実行段階に入る。社員の能力を最大限に高めるような職場環境を整え、それを競争力の強化に明確に結びつけていけるかが問われることになる。
「働き方の問題は日本的な雇用慣行や組織風土に起因するところが大きく、法律を守ること自体が本質ではありません。ただ、法整備というかたちで政府が企業に対し強いメッセージを発信することは、改革の機運を高めるためには必要なことだといえます」。こう強調するのは、キャップジェミニのエグゼクティブディレクターでK.I.T. 虎ノ門大学院教授の山田英二氏だ。
図に示したように、働き方改革関連法とは具体的には改正労働基準法など8つの改正法から成る。残業を年間720 時間までとする「残業抑制」、正社員と非正規社員の待遇差を是正する「同一労働同一賃金」、一部の専門職を労働時間の規制から外す「脱時間給」の3つが柱だが、このほか産業医の役割の強化など、社員の健康を守ることに直結するような項目も多い。

図1 働き方改革関連法の概要

目的 改正する法律 内容
働き方改革の推進 雇用対策法 働き方改革を総合的かつ継続的に推進するための基本方針を設定
長時間労働の是正、
多様で柔軟な働き方の実現
労働基準法 残業時間の上限を「月45時間」、特別な事情がある場合でも「単月100時間未満(休日労働含む)」に
労働安全衛生法 高度プロフェッショナル制度の創設
労働時間等設定改善法 前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努める「勤務間インターバル制度」の普及促進
労働安全衛生法 産業医、産業保健機能の強化
雇用形態にかかわらない
公正な待遇の確保
パートタイム労働法
労働契約法
労働者派遣法
短時間・有期雇用労働者に関する同一企業内における不合理な待遇差を解消する
短時間・有期雇用・派遣労働者に、正規雇用労働者との待遇差について説明義務の強化

慶應義塾大学教授で労働経済学が専門の山本勲氏も、こう評価する。「法施行に伴い、社員の健康状態をより良くして生産性の向上につなげる『健康経営』の重要性が改めて見直される可能性があります。上場企業に対する調査結果をもとに、『健康経営』『柔軟な働き方』『ダイバーシティ』の3つと企業業績との関係を検証したところ、最も業績との相関性が高かったのが「健康経営」でした」
社員のメンタルヘルスが悪化した企業ほど、景気後退期に利益率が顕著に低下するという傾向も見られるという。「まずは、普段の働き方を変えることが大切。長時間労働や社内のコミュニケーション不全が常態化している職場では、それだけで身体面でもメンタル面でも健康を害してしまいます。何か特別な健康増進活動を取り入れるというより、働きやすい環境をつくっていくことに尽きます」(山本氏)
一方で、働き方改革が新たな課題を生む可能性もある。例えば、残業抑制のために業務効率化は重要だが、過度に進めれば社員間のコミュニケーション機会までも失われてしまう恐れがある。
「特に若手社員の育成の場をどう確保するかは今後の大きな課題になるのではないでしょうか。すでに労働時間の短縮のために企業内の研修やOff-JT(職場外訓練)を削減している例も見られますし、就業時間が減ればOJT(職場内訓練)の機会も減ります。働き方を変えると同時に、育成のあり方も見直していく必要があります。個人の自己研さんに任せるのか、短い期間でも効率的に育成をしていくのか。各社ともまだ手探りの状態で、徐々に構築していくしかないのでしょう」(山本氏)
「『上司の背中を見て学べ』という従来の日本型の育成文化に対し、米国企業では、マネージャーがさまざまな業務のドキュメンテーション化を徹底しています。過去のアーカイブを見るだけで、プロジェクトの遂行に当たって発生する業務や課題、それへの対処法などがある程度わかります。一見手間は増えますが、業務の見える化・言語化というプロセスが日本企業にも今後求められるのではないでしょうか」(山田氏)

Profile

山本 勲氏
慶應義塾大学商学部 教授

1970年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本銀行勤務を経て、ブラウン大学経済学部大学院博士課程修了。2014年より慶應義塾大学商学部教授に。
専門領域は、応用ミクロ・マクロ経済学、労働経済学、計量経済学。労働市場を対象として、労働時間や賃金、雇用形態、ワークライフバランス、ダイバーシティ、メンタルヘルス、人財マネジメント、技術革新などのテーマについて、企業や労働者の多様なデータを用いた定量的な検証を行っている。
著書に『労働経済学で考える人工知能と雇用』など。

山田 英二氏
キャップジェミニ株式会社
エグゼクティブディレクター、K.I.T.虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科教授

上智大学外国語学部英語学科卒。ハーバード大学経営大学院MBA修了。新日本製鉄株式会社で財務、総務、事業開発を担当。その後、ボストン・コンサルティング・グループで企業戦略、M&A、業務改革プロジェクトにあたる。ソロス・プライベート・ファンズ、三菱UFJリサーチ&コンサルティングを経て、2014年よりキャップジェミニ株式会社のエグゼクティブディレクターに。K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院でビジネスマネジメント等の講義を担当。著書に『ビジネスモデル思考』(KADOKAWA)など。