佐藤 博樹氏
中央大学大学院経営戦略研究科(ビジネススクール)教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
1983年法政大学助教授、1991年同大学教授を経て、1996年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。
著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)など。経済産業省の新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長などを兼任。
アデコグループは、ボストン コンサルティング グループと共同で、日本を含む世界9カ国において、企業と働き手を対象にした能力開発に関するグローバル調査を実施した。
調査結果をまとめた報告書「将来を見据えた能力開発:技術革新のスピードに合わせた能力開発の推進」
(Future-Proofing the Workforce:Accelerating Skills Acquisition to Match the Pace of Change)の要点を、ここで紹介する。
調査対象となった9カ国(日本、米国、英国、中国、フランス、インド、イタリア、スイス、シンガポール)の働き手約4,700名を対象にして行った調査結果から、来たるべき変化に対応するための新たなスキル習得、および人財開発システムの構築について考察する。
労働者は、テクノロジーの進展、すなわち人工知能(AI)、自動化、デジタル化などの進歩による急速な変化が、自分の仕事にもたらす影響を非常に懸念している。回答者の2/3は、技術の進歩によって少なくとも5年ごとに自分の仕事に大幅な変化が生じると感じている(図1参照)。
労働者が経験している変化のスピードが最も遅い日本でさえ、回答者の42%が少なくとも5年ごとに自分の仕事に大きな変化が起こると感じている。
また、回答者の1/3が、こうした変化に適応できる自信がなく、技術変革によって職を失うことに不安を感じている。
回答者の約71%が、新たなスキルの習得・既存スキルの向上を重要だと考えており、約87%が、過去10年間の間に、新たなスキルの習得について検討したことがあると回答した。しかし、これらは既存のスキルの延長線上にあるものの習得が多く、「大幅なスキルアップ」(ある程度または全く異なるスキルを習得して、3日間以上の研修を受講すること)を実行した回答者はわずか10%である。
また、従業員の約62%が、適切なスキルの習得に対する主たる責任は自分自身にあると考えている(図2参照)。
会社での研修の実施を希望しているのは48%で、28%はセルフサービスコンテンツなどを利用した自己訓練を取り入れることを希望している。
しかし、労働者が新たなスキルの習得に前向きでも、実行しなかった要因は、時間不足(34%)と学習費用(24%)であり、勤続年数が長いほど「時間不足」で、若年層は「学習費用」が大きな障害となっている(図3参照)。
一方、幹部へのインタビューによると、ほとんどの企業が労働者に対して新たなスキルを習得するための機会を提供することが重要だと認識していた。業務の土台として必要なスキル、競合他社に追いつくために必要なスキル、自社が競争上の優位に立つためのスキルの3種が、企業の持続的成長に欠かせない要素としている。
しかし、能力開発に関して、重要性を認識している企業でもまだ十分な投資は行えておらず、長期的な展望に立った取り組みは行われていない。
社内でスキル不足を補う方法を検討する場合、社内で養成するために投資を行うのか、外部委託、あるいは新規採用で解決するのか、いずれも短期的視点での判断が効果的であるのかは分かりにくい。結果、新規採用を選択しがちだが、適切な人財の採用に、年間平均2,400億ドルという多額の費用がかかっている。
従業員のスキル習得を阻害する問題の1つとして挙げられるのが、インセンティブである。企業としては、教育のための費用負担、不確かな将来への投資を決断することは難しい。
これらの課題に対し、ボストン コンサルティング グループ シニア・パートナー ジュディス・ヴァレンシュタインはこう述べる。
「発想の転換が必要です。企業と従業員の両者が柔軟なアプローチをとって、変化する環境に適応できるよう努めなければなりません」
アデコグループCEO アラン・ドゥアズは、「変革に対応するためには、再教育と生涯にわたる学習が必須。企業にとっては、学習の機会を提供することでより魅力的な職場になり、人財確保に役立ちます」と言う。
企業も労働者も、スキル習得が将来を見据えた手段であると考えなくてはならない。再教育の計画を立てると同時に、環境の変化に適応できる道筋を定めたうえで、より柔軟な取り組みを採用することが必要である。
企業には、成功に不可欠な総合的能力を開発するための戦略が必要である。場当たり的な対応をしている状況から脱却し、3~5年にわたる長期的な計画を策定する必要がある。
1つの方法として、戦略的人員配置計画がある。より積極的に将来必要となるスキルを予測しようと試みるものだ。もう1つの方法は、より柔軟に考え、能力開発計画を厳格に定めようとしない対処法がある。変化が目に見える形になった時に、対応できるような訓練計画・目標を策定するのだ。
多くの企業は、成功に不可欠な総合的能力を認識している。それは、ユーザー・エクスペリエンス・デザイン、データ分析、AIなどのハードスキル、コミュニケーション能力、交渉力などのソフトスキル、瞬発力、効率性、リーンスタートアップなどの新たな働き方に必要なスキルで、どんな業界でも今後需要が増えると予想されるものだ。
スキル習得を推進するための具体的な方策は、「スキル不足に対する切迫性を理解し、必要なスキルに関する明確な判断基準がなくとも、まずは試行する」「従業員の訓練の時間を確保し、スキル習得への責任感を植え付ける」「従業員が将来必要となるスキルを理解できるように、指針を示す」ことがあげられる。
将来の労働環境では、スキル習得は終わりのないプロセスとなる。企業は労働者の能力の査定を定期的に実施し、労働者は、技術の進歩、新たな働き方、労働市場における需要の変化に対応できるように、自分のスキルを常に向上させていかなくてはならない。
近い将来、さまざまな業種の企業が、事業ドメインを根底から変えるほどの変革を余儀なくされる。しかし、どんな変化が起こるかは誰にも予見できないのだから、具体的にどう準備すればよいのかわからないというのが今回の調査の結果だろう。
だが、不確実な未来にどう備えるべきかの対策は確実に必要だ。まず考えられるのは、特定の業務に依存しない汎用的スキル・能力の開発である。課題設定能力やコミュニケーションスキル、考える力や学ぶ力などがこれに当たる。
さらに、重要な要素として備えたいのは、「変化対応行動」だ。予期せぬ変化を前向きに捉え、学ぶ意欲を持ち、新たな能力を速やかに身につけていく行動特性を指す。①仕事に有効か否かにかかわらず、さまざまな分野に関心を持つ「知的好奇心」②継続的に学び続ける「学習習慣」③未知のことに前向きに取り組む「チャレンジ力」の3つからなる。
特に重要なのは学習習慣だ。ビジネススキル・能力とは異なり、学習習慣は従来の人財開発ではあまり重視されてこなかった。若いうちは仕事の基礎を覚えるため、また新たに任された職務を全うするため、誰でも学ぼうとするものだが、キャリアの先行きが見えてくる40代以降になると、出世・昇進に関わらず学び続けられる人とそうでない人の差が出てくる。企業は今後、変化への対応力を高めるために、社員に対し学習の習慣化を促す対応が求められる。そのために新たな研修予算を投じることは、必ずしも必須ではない。むしろ、例えば業務の成果に直結しないと思われる学びでも、否定するのではなく、奨励していく風土の醸成が、従業員の学習習慣を後押しすることにつながる。
私が行った実証研究によれば、変化対応行動をとれる人ほど、将来への不安感が低いだけでなく、間接的にエンプロイアビリティが高いことが明らかになっている。変化に直面したときにも、柔軟に対応でき、"驚き"が少なくて済むからだ。
学習の場は沢山ある。仕事以外の場、すなわち、家庭であったり、地域住人としてであったり、趣味の集まりでさまざまな役割を担うことは、多様な価値観に触れることになり、自己の成長につながる。
また、関心があることに取り組む姿勢でいれば、学習習慣が高まり、あらためて学び直したいなどの欲求も生まれてくるものだ。そういった行動こそが、個人の大きな武器となる。
佐藤 博樹氏
中央大学大学院経営戦略研究科(ビジネススクール)教授
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
1983年法政大学助教授、1991年同大学教授を経て、1996年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。
著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)など。経済産業省の新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長などを兼任。