AI(人工知能)をはじめとするテクノロジーの発達により、多くの職務が機械に代替されるのは間違いない。しかし、どの業種・職種に、どのようなインパクトをもたらすのかは、具体的には捉えにくい。
国内の人財ポートフォリオはどのように変化するのか。個人と組織はいかに備えるべきか。求められる資質・能力とは何か。
三菱総合研究所政策・経済研究センター主席研究員、山藤昌志氏に聞いた。
「人財不足」から「人財余剰」へ
2030年に向けた予想シナリオ
「テクノロジーによって人間の労働の多くが代替されるとはいえ、技術革新がどのぐらいの速度で進み、さまざまな職務がどのような時間軸で代替されていくかは、業種・職種によっても違ってきます。また日本では人口減少が進むと同時に、長寿化によりシニアになっても働き続ける人が増えるなど、労働供給力についても複数の要因が錯綜し、先行きは見通しにくい。今後10年、20年という単位での変化を丁寧に見ていく必要があります」
テクノロジーと労働の関係について、山藤氏はこのように語る。
図1は、人財の需給ギャップの推移を職種別に見通したものだ。全体のトレンドとしては、2020年代前半までは人財不足の状態が続く。その後、テクノロジーの発達による労働代替が進み、2030年にかけて「人財不足」から「人財余剰」へと徐々に転じていくという。
図1
人財余剰になっても専門技術人財は不足する
職業別の人財需要ギャップ(2015年対比)
業種・職種ごとのインパクトをより詳細に捉えるため、人財を2つの軸で分類してマッピングしたのが図2だ。図の下方に位置する職種ほど定型的なタスクの比重が高く、上方の職種ほど非定型的タスクの比重が高い。また左方ほど手作業的なタスクの比重が、右方ほど頭脳労働的なタスクの比重がそれぞれ高いことを示している。
図2
専門職人財は9割以上がノンルーティン領域日本の人材ポートフォリオ(2015年の職業別就業者数)
山藤氏によれば、最初に影響を受けるのは、右下に多く位置する事務系の職種だ。2020年代前半から「特化型AI」による自動化が顕在化。オフィス業務における定型的なタスクを幅広く代替するようになり、日本の多くのホワイトカラー職を侵食する可能性がある。また生産・建設・輸送などの職種は、当面は人手不足が進むが、やがてAIとIoT、ロボット技術などの融合により2020年代後半から労働代替が進むと推定される。
「ノンルーティン」の職種が唯一のブルーオーシャン
他方、テクノロジーとの競争ではなく、グローバル競争にさらされやすいのが、頭脳労働の比重が高い右寄りの職種だ。技術職・研究職、システムコンサルタントなどがこれに当たる。これらの業種では、インターネットを通じてグローバルなサプライチェーンやサイバーコミュニティが形成されつつあり、海外人財に仕事を奪われやすい。逆に優秀な日本の人財が、海外労働市場に流出しやすい面もある。
「結果的に、テクノロジーと最も共存しやすく、競合も少ないブルーオーシャンは、図上方に位置する非定型(ノンルーティン)の職種だと考えられます」(山藤氏)
テクノロジーと共存するノンルーティンの職種というと、エンジニアやデザイナー、マーケティングディレクターといったクリエイティブ人財を思い浮かべがちだが、それだけではない。
「一般に製造職はルーティン的タスクの比重が高いと考えられがちですが、日本の製造業では多様な技術の"擦り合わせ" によって最適な品質を追求してきたため、コミュニケーションスキルやコラボレーションスキルなどノンルーティン的要素が強い。その意味でテクノロジーに代替されにくく、引き続き活躍する可能性があります。同様に、例えばプログラマー職においては、今後はコード入力のようなルーチンタスクはAIに任せて、自身はステークホルダーとの議論や意見調整を通じて概念設計に取り組むなど、ノンルーティンの仕事にシフトしていく発想が大切です」(山藤氏)
個人のキャリアの長さが企業の寿命を超える時代に
こうした変化への対応は、具体的にどうしていくべきか。三菱総合研究所では、個人が新たなステージで活躍するのに必要な活動を「FLAPサイクル」(図3参照)として提唱しているが、その起点となるのは個人のマインドの改善だ。
図3
ミスマッチ解消には「FLAPサイクル」を回すことが不可欠
人財流動化の「FLAPサイクル」
FLAP(飛翔)サイクルは、三菱総研の造語。個人が自分の適性や職業の要件を知り(Find)、スキルアップに必要な知識を学び(Learn)、目指す方向へと行動し(Act)、新たなステージで活躍する(Perform)という一連のサイクルを指す。個々人のキャリア形成を全体として把握するモデルである。
「今後10年20年で、職をめぐる環境が激変するのは確実です。今と同じ場所にとどまることはできない。テクノロジーの進化で目の前のタスクはどう変化し、その結果、自分の能力や適性とどのようなギャップが生まれるのかを知り、危機意識を持つことが出発点です。危機意識やモチベーションがないまま、リカレント教育などに頼って表面的にスキルや能力を磨こうとしても、成果はあまり期待できません」(山藤氏)
また「変化への対応力が重要」とよく言われるが、これは変化の経験を積み重ねることなしには磨けない。転職経験のない人よりもある人の方が、環境の変化に前向きに対応しやすい、との見方もある。
「会社を変わるというだけでなく、社内で新プロジェクトが立ち上がったら積極的に参加し、普段とは異なる社内人財と協業してみる。変化の経験を積もうとするマインドを持つべきでしょう。経営層も部門横断的なプロジェクトを推奨し、それへの参加を評価するような制度づくりにぜひ取り組んでほしいですね」(山藤氏)
図4のように、職別の「ノンルーティン度」と平均年収の関係を見ると、米国では正の相関が高く、ノンルーティンの比重が大きければ給与も高い。これに対し日本は相関が低く、ノンルーティンの質を持った人が、報酬面ではあまり評価されていない可能性がある。「企業は今後、報酬についても見直していく必要があるでしょう」(山藤氏)
図4
日本では創造的な職が必ずしも高収入に繋がっていない可能性がある
職業別の「ノンルーティン度」と平均年収との関係(2015年)
当分析が米国O*NETの職業特性データを用いていることには留意が必要。日本の職業特性データを用いてルーティン度を測ることで、賃金との相関が高まる可能性がある。
注:図表の横軸は、人財マッピングの縦軸(ルーティン⇄ノンルーティン)の数値を示している。
出典:O*NET、米国労働省労働統計局、国勢調査、賃金構造基本統計調査等より三菱総合研究所推計
近い将来、企業の人財育成のあり方も大きく変わりそうだ。これまで日本企業は、新卒一括採用で人財を抱え込み、自社に特化したスキルを一律に学ばせてきた。しかし今後は、個人のキャリアの長さが企業の寿命よりも長くなり、1社で勤め上げるのは難しくなる。人財の流動性が高まることを前提に、研修・育成を企業が主導するのではなく、個人の自律性に任せるようになるだろう。
「ただし、どの日本企業に聞いても、経営層になる人財は不足気味。そこに特化した人財育成はむしろ強化する必要があります。さらに、彼らが自社で働き続けたいと思うような魅力的な環境を提供する努力が求められるでしょう」(山藤氏)
Profile
山藤昌志氏
株式会社三菱総合研究所
政策・経済研究センター 主席研究員
CISA(公認情報システム監査人)、PMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)
1971年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
三菱総合研究所でアジア地域のマクロ経済分析を担当。その後外務省での勤務を経て三菱総合研究所に戻り、メガバンクや地域金融機関に対するリスク管理・収益管理のコンサルティングに携わる。2017年より政策・経済研究センターにて政策研究を担当し、近年は主に日本の労働市場や人財開発、労働生産性を対象として、多様なデータに基づく定量的な分析を行っている。