著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で、AI(人工知能)に代替されない人材であるために必要なのは「読解力」であることを言及した国立情報学研究所教授の新井紀子氏。
これからの時代に必要な「読解力」とは何か、どのように身につけられるものなのか、AI時代に個人や企業が取り組んでいくべき方向性や事柄について語った。
世間でいわれている「AI」と実際の「AI」との違いを認識することが必要と説かれています。
今は「第3次AIブーム」に当たります。そのブームをもたらしたのは、アカデミアではなくGAF(Google,Apple,Facebook,Amazon)が代表する巨大テクノロジー企業でした。現在「AI」と呼ばれているものは、みなさんが想像する(人間のように)自ら学び、考え、判断する「知能」とはまったく別物です。そのことを認識する必要があります。
1930年代にイギリスの数学者、アラン・チューリングは「計算とは何か」という原理を数学として定義しました。現在のコンピューターもその上で動くソフトウェアも、すべて範疇に含まれます。AIと呼ばれるソフトウェアも例外ではありません。これまでと違うのは、ビッグデータが集積されるようになったことです。実際には、「確率と統計」が使われているソフトウェアが「AI搭載」と呼ばれていたりします。AIは、"何かすばらしいもの"であるわけではなく、確率と統計を使っているかどうかで判別されているのです。
今の時代、企業は生産性の向上を図り不要なコストを削減するために、デジタライゼーションやAIを活用すべきでしょう。ただ、不適切な部分にAIを導入すると、逆に生産性がったり、ブランドの棄損につながったりしてしまいます。
導入部分を見極める目を持った企業が今後生き残っていくでしょう。実際にGAFAはAIにできることはAIに任せて、AIができない部分の仕事を人間が担うことで高い収益を得ています。重要なことは、「AIとは何か」という基本を押さえておくことです。
AI 時代において「読解力」がなぜ必要なのでしょうか?
「読解力」というと、「本を読む」というイメージが強いかもしれません。ここでいう「読解力」とは、図表も含めたあらゆる言語化された情報を正確に読める力のことです。特にビジネスパーソンに求められているのは、ファクトについて書かれた文書を読むことです。たとえば、契約書、手順書、約款、マニュアル、メールでの指示や仕様書など。コンピューターは「論理的」だからこの種の文書を読むことはたやすいはずだと思われるようですが、実はそうではありません。コンピューターは意味を理解できません。チューリングの時代から数学には意味を捉えることができないからです。ですから、キーワードの出現頻度等の統計をとって、「ありそうな答え」を引き出します。けれども、「~にしかできない」、「このまま~」、「~と」などの機能語を正確に読ませることは特に難しい。そこを読めることが人間の優位性です。でも、人間もそれほどきちんと読めるわけでもないんです。
私たちは読解力を診断するために、「リーディングスキルテスト」を作りました。リーディングスキルテストとは、事実について淡々と書かれた文章を教科書・新聞・法律・マニュアル等から100字から150字程度抜き出して、そこに答えがまさに書かれていることを読めるかを診断するテストです。他のテストと異なるところは、問題文にまさに答えが書いてあるという点です。正しく読む能力があれば、全問正答するはずです。これまで3年間かけて、小学生から一流企業の会社員まで7万5000人を対象に行った調査の結果、AI同様にキーワード検索的に読んでいる人が非常に多いことがわかりました。そういう方は、意味を理解せずにコピペで仕事をせざるを得ませんからAIに代替されやすい。
最近はこれを入社試験で導入する企業も増えています。定義文を読めなければビジネスシーンにおいてはリスクになるからです。
大人になってから「読解力」を身につけることはできるでしょうか。
大人は偏った読み方が身についてしまっているのに、自分ではそこそこ読めていると思っています。「あなたは新聞を読めますか?」と聞かれて、「読めません」と答える大卒はほとんどいないと思います。でも、実態としては読めていない。まずはリーディングスキルテスト(図1参照)で客観的な診断を受けたうえで、自分はどこを読めていないかをまず自覚することが重要です。読解力を大別すると、文の構造を理解する能力(係り受け、照応、同義文判定)と、文の意味を理解する能力(推論、イメージ、具体例)があります(図2参照)。どの読解力が不得意かによって、対処方法も変わってきます。そのため、テスト結果から、自分はこういうことが読めていなかった、だからこの分野が苦手だったのかなどと、今までできなかったことと結びつけながら、いかに体質改善するかを考える必要があります。
今後訪れる大きな技術革新にどう備えておくべきでしょうか。
大事なことは、日々の「読む」シーンをただ流れ作業にしてしまわずに、「読む力」を鍛えておくことです。たとえば言葉を読み解き自ら考えることをせず、上司の指示通りに仕事をしてきた人が、別の職場に異動すると、その職場で交わされる言葉や文書の意味がわからないだけで、戸惑ってしまうケースがよくあります。すると仕事の立ち上がりが遅くなり、ミスが重なって残業が増え、メンタル的に追い込まれる事態も生じるでしょう。「読める人材」になることは、AI時代はもちろん、転職や異動する際にも必要なことなのです。
Profile
新井 紀子氏
1962年東京都生まれ。一橋大学法学部、イリノイ大学数学科卒業。イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。
一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。著書に『生き抜くための数学入門』(イースト・プレス)、『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)など多数。