リーダーシップの変化をどう捉えるべきか。
組織と個人はその変化にどう対応すればよいのか。
具体的に求められる資質や能力とは何か。
独自のビジネス・リーダーシップ・プログラムを立ち上げ、国内の大学・高校への普及に取り組む早稲田大学大学総合研究センター教授の日向野幹也氏に、その要諦を聞いた。
イノベーション創出に欠かせない、新しいリーダーシップ
「リーダーシップとは何か。『組織・チームが成果をあげるために、他者に影響力を及ぼす行動や振る舞い』と定義できます。近年、リーダーシップが変わりつつあるというのは、この定義における『影響力』に変化が起こっているということです。
かつてのリーダーシップは、組織における『権限』や『役職』の力が影響力の源泉でした。しかし現在は、不確実性の高いなかでスピーディな意思決定が不可欠となり、従来型では対応しきれなくなっています。そこで、権限や役職の力に依存しない、新しいリーダーシップを発揮することが求められているのです」
リーダーシップの定義と近年の変化について、日向野氏はこのように語る。イノベーション創出のためにも、新しいリーダーシップのあり方は重要だ。
「上司が『何か新しいものを生み出せ』と命令を繰り返しても、イノベーションは生まれません。現場社員の主体的な発想や行動こそが、イノベーションの源泉でしょう。
例えば、事業開発の経験や権限のない社員が、複数の部門を巻き込んで自律的に動いた結果、イノベーションの契機となるような新ビジネス・新製品のアイデアが出てくる例は少なくありません。これは権限によらないリーダーシップといえます。イノベーション創出のためにも、新しいリーダーシップを社員一人ひとりに発揮してもらうことが求められます」
では、権限に依存しないリーダーシップとは、具体的にはどのような要素によって実現できるのだろうか。「さまざまな要素がありますが、必須なのは『1.目的共有』『2.率先垂範』『3.相互支援』の3つです。これを私は『リーダーシップの最小3要素』と呼んでいます」(図1参照)
目的共有とは、権限者がいない状態で、メンバーがそれぞれ勝手に行動してはチームとしての成果は期待できないため、チームとしての目的を明確に掲げ、納得してもらい、正確に共有することがまず必要となるということだ。
また、目的があるだけではチームに駆動力が生まれない。行動を促すためには、ほかのメンバーに伝わるようにリーダー自らが率先して動く、率先垂範が欠かせない。
さらにチームの行動をより確かなものにするため、リーダーがメンバーを支援したり、逆にメンバーに支援を要請したりして、互いの行動を支え合っていくことが重要。リーダーが常にリーダーシップを取るばかりではなく、状況により、ほかの役割も主体的に行い、自身の役割が変わっても的確に動いていく、相互支援が必要なのだ。
「もちろん、昔からこうした3要素を活用して組織やチームの力を引き出していた優秀な管理職は、日本企業にも多くいました。ただし現在は、リーダーシップが管理職だけでなく、あらゆる社員に求められているという認識が重要です」
管理職層の意識改革や組織のフラット化が重要に
全員がリーダーシップを発揮するのが理想だが、その実践にはさまざまなハードルがあると考えられる。役職者以外がリーダーになる風土がない企業で、仮に入社1年目の若手社員がリーダーシップを発揮しようとすれば、摩擦や軋轢が生じる可能性が高い。
とはいえ、今後は若手も当事者意識を持ち、目標達成に向けて、組織やチームのためにリーダーシップを発揮していく機会をつくっていくことが欠かせない。
「まず経営トップが、社内のリーダーシップのあり方を見直す姿勢を明確に打ち出すことが大切です。それとともに、若手世代と管理職世代の両方にリーダーシップ教育を行い、社内全体の意識改革を図っていくとよいでしょう。併せて組織のフラット化など、組織改革も同時に進めていくべきです」(図2参照)
実際、タテ割り意識の強い企業組織で、別の部門の社員に働きかけるようなリーダーシップを発揮しようとしても難しい。そこで、例えば社内に部門横断的なプロジェクトチームを発足させたり、新規事業開発室のように、若手の意見が強く求められる部門を立ち上げたりと、組織のフラット化を意識し、そこで新しいリーダーシップを取り入れていくのは1つの方法だ。
振り返りが重要。フィードバックできる風土を
新しいリーダーシップを身につけるうえでの留意点については、相手からどう見えたのかを知ることだという。
「最も大切なのは、リーダーシップを実践した後のフィードバックと振り返りです。掲げた目的がメンバーに十分理解されていなかったり、率先垂範していたつもりが誰も見ていなかったりというケースはよくあります。研修プログラムや実際の職場においてリーダーシップを発揮することを実践してみて、その行動がどう見えていたのか、期待した影響力が発揮できていたかを周囲からフィードバックしてもらうことが必要です」
具体的には、リーダーシップ行動を実践したときの状況(Situation)・行動(Behavior)・影響(Impact)の3要素について指摘してもらうのが有効である。あくまでリーダーシップスキルの向上のためという目的を明確にし、改善点を伝えていく。そのフィードバックをもとに、自分なりに振り返りをしてPDCAサイクルを回し、リーダーシップを磨いていく。
以前から日向野氏は、日本国内において高校生・大学生向けの先進的なリーダーシッププログラムに取り組んできた。若い世代ほどフィードバックを受け入れやすいというのが理由の1つ。
「30代・40代で管理職世代になってから、初めて周囲から辛辣なフィードバックをもらう経験をしても、なかなか受け入れにくい面があります。企業において新しいリーダーシップを育むには、単に研修を実施するだけでなく、互いに安心してフィードバックし合える環境づくりが大切で、これは企業の人事部門の重要な役割かもしれません。人事部門自身が率先垂範して、新しいリーダーシップを発揮する組織となり、社内改革を牽引していってほしいと思います。
リーダーシップは誰にでも身につけられるスキルですから、リーダーシップを持つ従業員が多いほど、企業の目標達成が早まります」
Profile
日向 野幹也氏
早稲田大学 大学総合研究センター(CHES)教授
経済学博士 リーダーシップ開発プログラム(LDP)統括責任者
1978年東京大学経済学部卒業、83年同大学院博士課程修了。経済学博士(東京大学)。東京都立大学経済学部勤務を経て、2005年に立教大学に移籍し、06年より経営学部ビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)を主査として立ち上げる。その実績のもとに13年度の全学向けプログラム(立教GLP)を開講。16年4月からは早稲田大学に移り、新たなリーダーシッププログラム(LDP)を開始している。著書に『高校生からのリーダーシップ入門』(ちくまプリマー新書)など。