人財 組織 レジリエンスを高めるには、コンピテンシーの理解が鍵

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2019.08.21

ストレス軽減・メンタルヘルスの向上がすべての従業員に求められるなか、ストレスと向き合い、前向きな力に変えていく対処法として注目されているレジリエンスについて、日本ポジティブ心理学協会代表理事の宇野カオリ氏に話を聞いた。

「うつ病や不安障害などの精神疾患を抱えた人、また、健常者でよりよく生きたいと望む人のメンタルヘルスをどのように向上させるか。この課題を追っているのが『回復する力』であるレジリエンスの研究です」と語るのは、『レジリエンス・トレーニング入門』(電波社)の著者であり、日本ポジティブ心理学協会代表理事の宇野カオリ氏だ。

なぜここ最近、ビジネスや教育現場などで広く注目されるようになったのだろうか。宇野氏によると、メンタルヘルスの研究の方向性に変化が起きたためだと言う。

ストレスをうまく「活用」するという視点の転換

「従来のメンタルヘルスの研究は、メンタルに何らかの不調を抱えている人たちをマイナスからゼロの状態に戻すことを主な目的としていました。ストレスの研究も同様に、これまではストレスをどう取り除くかに主眼が置かれていました。しかし、今世紀になり、ポジティブ心理学の発達によって、ストレスそのものを否定するのではなく、成長の糧としてストレスをどう扱うかという視点で研究が進んできました」
この視点の転換は、レジリエンスの研究にも共通している。大きなストレスを受けても潰れずに、元の精神状態に戻り、さらにはよりよく成長できる、元来人間の持つ「回復力」に注目が集まるようになった。

レジリエンスを高めるには、コンピテンシーを知ることから

「ただし、レジリエンスへの注目が高まる一方で、レジリエンスは何か特別なスキルや技術だという誤解が生まれてしまったのも事実です」と指摘する宇野氏。

「個人差はありますが、レジリエンスは誰もがもともと持っている特性です。ものの考え方、感情や行動に対する認識や理解、感じ方や振る舞い方など、メンタルを回復させる能力を包括したものがレジリエンスです。

捉えどころがないからこそ、レジリエンスを高めるための方法として推奨されているのが、レジリエンスが高い人のコンピテンシー(行動特性)への理解を深めることだと言われています」

図1は、科学的に検証された6つのコンピテンシーをまとめたものだ。

図1 6つのレジリエンス・コンピテンシー

6つのコンピテンシー 概要
①自己の気づき 自分の思考、感情、行動、生理的反応に注意を払う能力
②自己コントロール 望ましい結果を得られるよう自分の思考、感情、行動、生理的状態を変化させられる能力
③現実的楽観性 ポジティブなことに気づき、期待し、自力でコントロールできるものにフォーカスし、目的を持った行動が起こせる能力
④精神的柔軟性 状況を多角的に見て、創造的かつ柔軟に考えられる能力
⑤強みとしての徳性
(キャラクター・ストレングス)
最高の強みを活用して自分の真の能力を最大限に発揮し、困難に打ち勝ち、自分の価値観に合った人生を創造する能力
⑥関係性の力 強い信頼関係を築き、維持する能力

そのなかでも、「現実的楽観性」が理解しやすいと宇野氏は説く。

「ポジティブ心理学では、二つの楽観性について考えます。

一つは『気質的楽観性』です。明日は今日よりいい日だと自然に感じられる人は、気質的楽観性を遺伝的にも持ち合わせていると考えられます」

もう一つの楽観性は、ポジティブ心理学の生みの親、ペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・セリグマンが提唱する「現実的楽観性」だ。

「たとえば、会社の渡り廊下で同僚に手を振ったのに無視された場合、人によって解釈の仕方が分かれます。

同僚に何か悪いことを言ったかな、知らず知らずに傷つけてしまったかな、と自分に原因があると考える人。一方で、忙しいのかな、自分のことが見えていなかったのかな、と相手や周囲の状況に原因があると考える人です」

宇野氏は、前者を「悲観的説明スタイル」と呼び、原因が常に自分にあると考えてしまうタイプだと説く。このタイプの人は、一般的にうつ傾向が強いという。

一方で、後者は「楽観的説明スタイル」と呼ばれるタイプ。原因について、自分だけではなく、相手や状況に目を向けて考えられる人たちだ。

先の例であれば、「別の時に声をかければ話ができるだろう」と肯定的な解釈を加えられるような、バランス感覚を備えている人たちだ。

「楽観的説明スタイル」ができる人の共通点

「ネガティブなことが起こったときに、事実を踏まえたうえでポジティブな部分を見出せるような思考ができることは重要です。このような現実的楽観性が高い人たちの共通点を探ると、脳の色眼鏡を外すことに秀でていることがわかってきました」

「脳の色眼鏡を外す」とは、言い換えれば、思考のバイアスに邪魔されていない状態のこと。問題が起きても、慌てず、冷静沈着に現実を直視し、効果的な問題解決を図るために何が大事かを考えられる人たちだ。

「同僚に手を振ったのに無視された例の場合でも、脳の色眼鏡を外せる人は、俯瞰して状況を把握できます。『問題をスコアリングシートで分析する方法』(図2)で示されるような角度で自らの思考のあり方をチェックして、客観的に数値化する癖をつけることで、自分の思考の癖や、そこから生み出される思い込みに気づくことができるのです。

脳の色眼鏡を外すためのトレーニング方法として、このスコアリングシートは非常に有効です」

図2 問題をスコアリングシートで分析する方法

「問題に直面した際、自分がどう思考したのか、1~7段階でチェックしましょう。」【問題】「同僚に無視された」思考の整理 すべての状況でそうだ 1 2 3 4 5 6 7 他の人/状況のせいだ いつもそうだ 1 2 3 4 5 6 7 今だけそうだ すべての状況でそうだ 1 2 3 4 5 6 7 この状況でだけそうだ
「問題に直面した際、自分がどう思考したのか、1~7段階でチェックしましょう。」【問題】「同僚に無視された」思考の整理 すべての状況でそうだ 1 2 3 4 5 6 7 他の人/状況のせいだ いつもそうだ 1 2 3 4 5 6 7 今だけそうだ すべての状況でそうだ 1 2 3 4 5 6 7 この状況でだけそうだ

このシートは、端的に問題解決につながるのが良い点だ。

「たとえば、営業チームの業績が上がっていないという状況に対して、営業担当者の活動量が少ないと上司から叱責されたとしましょう。

そこで、このシートを使い、自分の思考を一度整理してみることで、『もう何をやってもダメだと思い込んでいたから、先月より今月の活動量は確かに少なかったかもしれない』と客観的に自分の行動を振り返ることができ、活動量を増やそうと前向きに考えられるようになります。

叱責された営業担当者は大きなストレスを抱えていたわけですが、自分の習慣的な考え方に気づくことで、そのストレスを跳ね返し、前向きな力に変えていくことができるのです」

個のレジリエンスから、チームや組織のレジリエンスへ

社内におけるレジリエンスの向上で大事なのは、社員一人ひとりがレジリエンスの向上に努力するだけではなく、チームの、ひいては組織全体のレジリエンスをどう高めるかを考えることだと言及する宇野氏。

「楽観性などの人のポジティブな側面は、制度や組織で奨励されてこそ相乗的に促進されます。組織がアンチ・レジリエンスの体制だと、個のレジリエンスの負担が大きくなります。

今まさに『チーム・レジリエンス』に関する研究が海外で急増しているのは、システムとして変革の必要性が問われているためでしょう」

働く環境が変化していくことによって、レジリエンスも進化していく。今後も、ますます注目が高まりそうだ。

Profile

宇野カオリ氏
日本ポジティブ心理学協会 代表理事
筑波大学 研究員

ポジティブ心理学創始の地、米ペンシルベニア大学でマーティン・セリグマン博士に師事する。在米中よりポジティブ心理学の教育普及に携わり、帰国後は東京と京都で教鞭を執りながら研究に従事する。『ポジティブ心理学入門』(春秋社)、『レジリエンス・トレーニング入門』(電波社)、『レジリエンスの教科書』(草思社)をはじめ、ポジティブ心理学やレジリエンスに関する出版物多数。ペンシルベニア大学大学院応用ポジティブ心理学修士課程修了。兵庫県出身。