働き方 仕事の未来 シニア人財が活躍するために求められる幅広い意識改革

  • このページをFacebookでシェアする
  • このページをTwitterでシェアする
  • このページをLinkedInでシェアする
2019.09.26

人生100年時代の到来を踏まえた成長戦略の一環として、政府がシニア世代の雇用促進に力を入れるようになり、これを受けて産業界も対応を迫られている。
人手不足が深刻化しているだけに、企業としてもシニア人財を新たな労働力として期待する声がある一方で、生産性向上にいかに結びつけるべきかと悩む声は少なくない。
組織の生産性や働きがいにつなげるためには、シニア人財をどのようにマネジメントすべきか。
求められる人事制度とは何か。また、働くシニア側として留意すべき点は何か。
人事管理の専門家で、シニア雇用の実態にも詳しい学習院大学名誉教授の今野浩一郎氏に聞いた。

すでに「5人に1人」がシニア世代「福祉的雇用」から脱するべき

日本の労働力人口の動態を見れば、すでに「働く人の5人に1人が60歳以上」という時代に突入している。生産性の向上や組織の活性化につながるようなシニア雇用の枠組みを構築していくことは必須のはずだが、「企業側も働く側も、まだまだ本気度が足りない」と今野氏は指摘する。

「例えば継続雇用の一環として65歳まで再雇用する場合、賃金水準は60歳の定年時から一律で3割減や4割減などと定め、その水準は65歳まで上がりも下がりもせず、人事評価もしないというやり方がよく見られます。つまり、能力があって努力しても評価されないわけですから、事実上『会社は君に期待していないよ』というメッセージになります。これでは働く側の生産性やモチベーションが高まるはずがありません。政府の法的な要請を受けて、やむなく雇い入れる『福祉的雇用』の発想から一刻も早く脱却すべきです」

同時に、働くシニア側の意識改革も不可欠だと今野氏は強調する。シニア雇用とは文字通り、シニア人財が企業と新たな雇用契約を結ぶことであり、自身がどんな能力を持ち、企業に対しどのような貢献ができるかを明確にして、企業側に適切にアピールできなければならない。その点では新卒採用・中途採用と何ら変わりはないといえる。

「にもかかわらず、定年後の仕事は会社が用意してくれるものだと受動的に捉えているシニアは決して少なくありません。現時点の自分の資質・能力を見つめ直し、自社に改めて再就職するのだという能動的な姿勢が重要。働く側と企業側が真剣に向き合って、はじめてお互いにとって相応しいシニア雇用のあり方が構築できるのです」

とはいえ、シニア雇用には独特の難しさもある。その1つが「キャリアの転換」だ。従来の「60歳定年」というゴール設定が、今後は65歳、さらには70歳へと伸びていく。必然的に職業生活は長期化する。長くなればなるほど、より高い給与とポジションを目指すような上昇型のキャリア形成はもはや維持できない。つまり、低いポジションに降りたり、キャリアの方向性を見直すことは避けられないといえる。このようなキャリアの転換が求められることを、シニア世代は認識する必要がある。

「現在の50代以上の世代はこうした発想にこれまで馴染んでいないため、企業側も研修等を通じて、社員の意識改革を積極的に支援していくことが大切です」

「定年後、自分の何が売れるのか?」戦略的に考えることの重要性

シニアの再雇用に当たっては、働く側と企業側それぞれのニーズを明確化し、面談を通じてそのすり合わせをして、配置や待遇を決定。新たな雇用契約のもとで仕事を始めることになる。定年延長の場合も同様だ。それまでの雇用契約が続いても、60歳以降も変わらぬ待遇で同じ仕事を続けるのは難しい。この場合も、面談を通じた雇用ニーズのすり合わせが必要になる。

現実には働くシニア側と企業側、それぞれが求める要件をぴったりマッチングさせるのは容易ではない。専門性の高いプロ人財であれば、定年前と同等の給与水準が維持されることも珍しくないが、一般的には待遇は下がるほうが多い。それでも、すり合わせを通じて1人ひとりの仕事内容に則した待遇を取り入れることで、納得感は高まる。自分を求めてくれている職場で働くことはモチベーション維持にもつながる。

また、より良いマッチングのための工夫の余地はいろいろあると今野氏は指摘する。

「製造部門の工場で生産計画を担当していた人が、定年後に全く違う外食部門の販売計画担当者として活躍するといった例もあります。つまり大切なのは、自分が培ってきた知見や能力を冷静に分析することと、あえてその一部を捨てる勇気を持つこと。すべての能力を定年後も今まで通り生かせるわけではありません。ある部分を捨てることで、活躍できる新天地が自社内で見つかるかもしれない。『定年後、自分の何が売れるのか?』を戦略的に考えられるよう、企業側はサポートしていくべきでしょう。シニア人財の力を発揮させるマッチングのノウハウもぜひ企業に蓄積してほしいですね」

シニア人財は「専門能力」より「プラットフォーム能力」が大事

もう1つ、シニア人財が働き続けるために留意しておくべきなのが、「プラットフォーム能力」だと今野氏は話す。

「シニアに求められる能力は2つあります。1つは専門能力。もう1つがそれを支えるプラットフォーム能力、すなわち仕事をするうえでの基本的な態度や行動、意識のことです。定年後、シニア世代と現役世代が良い関係性を保ち、高いモチベーションでともに働くためには、専門能力よりもプラットフォーム能力のほうがはるかに重要です」

今野氏によれば、特に大切なのは図に示した通り「①気持ち切り替え力」「②ヒューマンタッチ力」「③お一人様仕事能力」の3 つだという。

図1 新しい役割で活躍するための基盤となる「プラットフォーム能力」

心身ともに健康であること+働きたい/働かねばならない 行動 ヒューマンタッチ力 上から目線にならず、新しい役割に即した関係性をさまざまな年代の社員たちと築ける力 スキル お一人様仕事能力 新たな役割を自ら遂行できる基礎的スキル等の仕事能力 態度 気持ち切り替え力 求められる役割が変わったことを前向きに捉える力 心身ともに健康であること、働く意欲があることが前提であり、そのうえで専門能力が高くても「プラットフォーム能力」がないと必要な人財とされにくい。

当然ながら、かつて管理職だったからと言って、定年後の新たな職場で、皆に上から目線で接しているようでは円滑な業務はできないし、歓迎もされないだろう。また、資料作成が求められる職場であれば、Microsoft ExcelやPowerPoint などを使える程度のPC スキルは自ら身につける姿勢が必要だ。

企業におけるシニア活用の現場を見てみると、プラットフォーム能力で苦労している人々が極めて多いという。とはいえ、定年直前にいきなりプラットフォーム能力を身につけようと言われてもすぐには対応できないだろう。
その意味でも企業側が将来的なシニア人財の活用を想定して、できれば50 代前半を対象とする研修を取り入れるべきだという。定年後を見据えた意識の転換を支援するとともに、キャリア戦略構築やプラットフォーム能力の習得を促していくのだ。

「今はまだ過渡期なので、シニア活躍のロールモデルが少ないのも課題。しかし、バリバリの管理職だった人が、定年後に上手にポジションを降りて、若手に交じって楽しそうに働き始めるといった魅力的な例がこれからどんどん出てくるでしょう。シニアの活躍が普通のことになれば、マッチングのための良いアイデアも生まれてくるのではないでしょうか」

Profile

今野浩一郎氏
学習院大学名誉教授/学習院さくらアカデミー長

1973年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。神奈川大学工学部助手、東京学芸大学教育学部助教授などを経て、1992年より学習院大学経済学部教授。企業の人的資源管理からマクロの雇用問題まで人財に関わる分野を幅広く研究。
「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」「長時間労働対策事業検討委員会」座長など数多くの公職を歴任。主な著書に『高齢社員の人事管理』(中央経済社)など。