針生俊成氏
クレイア・コンサルティング株式会社
執行役員 マネージングディレクター
筑波大学第二学群人間学類卒業。トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセンを経て、クレイア・コンサルティングに参画。
シニア人財のマネジメントにおいて、処遇や評価の枠組みは重要な要素だ。
シニアの資質・能力は極めて多様であり、60歳以降における仕事に求めるものも人によって異なる。
それを踏まえたうえで、モチベーションを引き出すような処遇・評価をどのように取り入れていくべきか。
また働くシニア側は、自分の処遇の変化にどう備えるべきか。
シニアの人事マネジメントに詳しいクレイア・コンサルティング執行役員の針生俊成氏に聞いた。
シニアの処遇を考えるうえでは、まず社内人財の人口動態と雇用ニーズがどう変化するのかを正しく把握することが先決だと針生氏は話す。
「シニア人財とは、まさに自社の経営を長年支えてきた先輩社員たちであり、その処遇の問題には心情的になかなか着手しにくい面があります。しかし、対応を後回しにすべきではありません。今後5~10年の単位で、自社の人財構成はどのように変化するのか。人財が不足する部門、あるいは余剰になる部門はどこなのか。働き続けることを希望するシニアはどういった人財なのか。定年後の雇用をどれだけ維持できそうか。今後の事業展開との兼ね合いも含めて、できるだけ早い段階で把握し、自社の実態に即したシニアの配置や処遇を検討していくことが大切です」(針生氏)
この際にもう1つ留意したいのが、シニア人財の「多様性」だ。
「ともすれば私たちはシニア世代をひとまとめに考えがちですが、資質や能力、職務経験、健康状態、定年後の働き方に対する考え方や労働意欲など、バックグラウンドや価値観の違いによる多様性を持っています。にもかかわらず一律の処遇で対応しようとすれば、働くモチベーションが下がるのは当然でしょう。シニア人財の多様性に目を向け、ヒヤリングを通じて定年後のキャリア観などをできる限り把握したうえで、相応しい処遇を考えていくべきです」(針生氏)
多様性に対応しながらモチベーションを引き出すための一案として、針生氏はシニア人財を処遇の観点から4類型に整理する方法を挙げる(図1参照)。
①専門性追求型 | 賃金 | やりがい |
---|---|---|
②やりがい重視型 | 時間の融通 | やりがい |
③ワークライフバランス重視型 | 時間の融通 | 負担の軽減 |
④生活費確保型 | 賃金 |
それぞれの特徴と処遇の基本的な考え方は次の通りだ。
自身がこれまで取り組んできた専門性の高い職務を続けることで、定年後も企業に貢献したいと考えるタイプ。企業としては生産性や競争力に直結しやすい人財であり、働く側も成果により現役時代と遜色ない処遇を得られる可能性がある。
「この場合の専門性とは、プログラミング技術やアナリスト資格のようなものだけではありません。製造業において機械化しにくい手作業に長けているとか、百貨店で富裕層向けの接客の知識・経験が豊富であるとか、業種・職種に特有の専門性も含みます。年長だからこそ古いシステムの保守・メンテナンスに対応できるといったケースもあり、これが若手とは違った付加価値を持つ場合もあります」(針生氏)
企業としては、彼らの専門性を見極め、最も発揮しやすい職場環境を提供するとともに、パフォーマンスに応じた報酬設計をすることが重要になる。シニア側は自身がどんな専門性をアピールできるか、早い段階から戦略的に検討しておくことが必要だろう。
会社の役に立っていること、自分が必要とされていることにやりがいを感じ、それを目的に働くタイプ。「自社に深い愛着を持ち、給与水準が下がったとしても、営業の後方支援や若手の育成サポートなど、何らかのかたちで貢献し続けたいと考えるシニアは少なくなく、企業にとって非常に貴重な存在のはずです。そこで、やりがいを感じられる仕事が提供できるよう、本人のニーズに沿った適切な配置が重要になります。『あなたのおかげで会社は支えられていますよ』というメッセージを企業が発信していくことも大切です」(針生氏)
ただし、仕事の具体的な成果が見えにくいため、独自の評価軸を取り入れる必要がある。図2に示したのは、そうした評価項目の一例だ。
役割認識 |
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---|---|
コーチング |
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柔軟性 |
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ノウハウ言語化力 |
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自立性 |
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シニアが働き続ける際の最も重要な適性能力。自己評価と他者からの評価にギャッ プがないかチェックするために、働く側として自己診断することを推奨したい。
「現役時代とは異なり、主役ではなくサポート役になるわけです。その意味で、求められる役割が変わったことを前向きに捉える姿勢が不可欠です。上から目線で自分の考えを押しつけるのではなく、コーチング的な指導ができるか、注意する上司がいなくても自律的に働くことができるかなども重要な要素になります」(針生氏)
働くシニア側も、こうした資質が自身のこれからの評価を左右するということをぜひ自覚しておきたい。
仕事だけでなく、家族と過ごす時間や趣味・ボランティアなどの活動を重視するタイプ。給与や処遇よりも、本人の価値観に沿った柔軟な働き方をどれだけ提供できるかが重要になる。例えば週3~4日勤務や時短勤務などだ。
「あくまで経験則ですが、特に地方ではこのタイプの需要が高いように思います。定年後は故郷で過ごしたいと考える方も多いので、全国に拠点を持つ企業がUターン人事とワークライフバランス重視型を組み合わせて実施している例もあります」
処遇は職務給を基本として、それを時短勤務などの勤務体系と組み合わせて取り入れていく。ただし、条件次第では企業側に都合の良いリストラ策・人件費削減策と捉えられてしまう可能性がある。本人とのきめ細かなコミュニケーションが必須である。
生活費の確保を仕事の第一目的とするタイプ。働きがいの優先度が低いため、企業側もドライな対応にならざるを得ない。職務給を基本に評価基準を明確にし、公正で納得感のある報酬を提供できるかが鍵となる。「労働政策研究・研修機構の調査によれば、60歳以降も働き続ける一番の理由は報酬なのですが、その収入がないと生活できないかと尋ねると該当するのは17%程度。純粋に④に該当する人はさほど多くないかもしれません」
企業としては、シニア向け研修などを通じて①~③の働き方の意義を伝えていくことが必要であろう。
なお中長期的には、シニアだけでなく、現役世代も含めた処遇・評価の見直しが求められていくと考えられる。
「蓄積的な昇給制度では、図3のように賃金のカーブと貢献度のカーブが乖離しやすく、シニア人財の給与水準と貢献度が乖離してしまっているケースは少なくありません。60歳定年の時点で賃金をリセットし、貢献度に応じた処遇に切り替えるべきですが、給与水準が落ちるため、シニアのモチベーションは下がってしまう。そこで60歳で切り替えるのではなく、40代や50代のうちに貢献度に応じた処遇に段階的に移行していく。賃金カーブを貢献度のカーブに近づけていくわけです」
蓄積型の賃金カーブと、企業への貢献度に対するカー ブには、乖離がある。貢献度に応じた給与体系への転 換などの人事施策が必要だ。
そうなれば定年再雇用された際の給与の落ち込みは緩和されるが、今度は現役世代の反発も予想される。
「全社的な人事制度の見直しとなるため、ハードルは高いでしょう。経営陣が主導し、シニアの活躍を促すような人事制度の構築に取り組むべきといえます」
針生俊成氏
クレイア・コンサルティング株式会社
執行役員 マネージングディレクター
筑波大学第二学群人間学類卒業。トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセンを経て、クレイア・コンサルティングに参画。