働き方 仕事の未来 長時間労働是正と生産性向上の両立のカギは、学習機会の創出

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2019.12.16

働き方改革関連法において、罰則付きの規制などのかたちで長時間労働是正が盛り込まれたことは一定の成果が認められるものの、職場には新たな課題も生まれている。
適切な学習機会を生み出し、自己研鑽を促すには何が求められるのか。
労働時間の見直しとセットで進めるべき「休み方改革」の留意点とは何か。
早稲田大学教育・総合科学学術院の黒田祥子教授に聞いた。

超長時間労働は大幅に減少
今後は「仕事の棚卸し」が重要に

「日本企業で働くビジネスパーソンが欧州に赴任した場合、労働時間がどのように変化するか、調査研究したことがあります。『仕事が多いのだから残業するのは当たり前』『日本人は働くのが好きだから、労働時間が長い』といった見解が真実であれば、職場が変わっても労働時間は減らないはず。

しかし、欧州に赴任したほとんどの人の労働時間が大幅に減り、有給休暇の取得率も100%近くに高まりました。環境が変われば、労働時間も変えられるという証左です。『そういった働き方を日本で広めたらどうですか』と問いかけると、ほぼ全員が『それは無理』と答えたのが印象的でした。個人の意識改革だけを起点に、企業風土を変えるのは難しいということでしょう。ですから、法施行をぜひ前向きな変革の契機にしてほしいと思います」(黒田氏)

期待通り、すでに成果は表れている。
長時間労働の時間外規制上限規制に罰則が科されたのは2019年4月だが、先行して対応に取り組む企業が多く、雇用統計を見ると、週60時間以上働く超長時間労働者は急激に減っているという。

一方で、新たな課題も見えてきた。週49-59時間働く人々は、依然として大きなボリュームゾーンとして存在するのだ(図1参照)。

図1 男女別、正規の社員・従業員に占める長時間労働者比率

男性60時間以上 2013年約16% 2016年約15% 2018年約14% 女性60時間以上 2013年約7% 2016年約6% 2018年約5% 男性49-59時間 2013年約23% 2016年約23% 2018年約23% 女性49-59時間 2013年約14% 2016年約14% 2018年約13% 出所:「労働力調査」(統計局)よリ作成。早稲田大学 黒田祥子
男性60時間以上 2013年約16% 2016年約15% 2018年約14% 女性60時間以上 2013年約7% 2016年約6% 2018年約5% 男性49-59時間 2013年約23% 2016年約23% 2018年約23% 女性49-59時間 2013年約14% 2016年約14% 2018年約13% 出所:「労働力調査」(統計局)よリ作成。早稲田大学 黒田祥子

「上限規制に当たらないぐらいの残業は必要といった機運が定着してしまうのは問題です。とはいえ、業務量を減らさずクオリティも下げず、労働時間だけを減らそうとすれば、現場にひずみが生じます。これは個人の努力だけでは対応しきれません。

現場のマネージャーの役割が重要で、部下が担当している仕事の内容と所要時間に目を配り、仕事の配分の見直しや、特に注力すべき仕事とそうでもない仕事を適切に峻別し、無駄な業務が部下を圧迫していないか『業務の棚卸し』を進めていくことが求められます」(黒田氏)

労働時間の削減により自ら学ぶ姿勢がより重要に

長時間労働是正の過程で生じる問題で最も大きいのは、企業において教育・訓練の機会が失われていることだと黒田氏は強調する。

日本では、新卒一括採用した人財を、長い期間をかけて社内でイチから教育していく傾向が強い。教育はOJTが中心で、サービス残業が学びの機会にもなってきた側面がある。残業削減が進み、就業時間中は業務に専念することだけが求められれば、結果的に学びの機会は減ることになる。

「もちろん企業内での教育が減っても、残業削減で生まれた退社後の自由な時間を、一人ひとりが自己研鑽に活用すれば大きな問題はありません。しかし、最近の調査研究によれば、自己研鑽の時間は減少傾向にあります(図2参照)。

図2 自己研鑽をした人の割合(1976~2016年)

1976 1時間以上:約7.3% 0分超1時間未満:約1.2% 1986 1時間以上:約5.2% 0分超1時間未満:約1.3% 1996 1時間以上:約3.9% 0分超1時間未満:約1.2% 2006 1時間以上:約4.2% 0分超1時間未満:約1.4% 2016 1時間以上:約3.6% 0分超1時間未満:約1% 「長時間労働是正と人的資本投資との関係」 RIETI ディスカッションペーパー No.19-J-022、 黒田祥子・山本勲(2019) データ:『社会生活基本調査』(総務省統計局)の「調査票A」の個票データ 備考:サンプルは、22-65 歳の「ふだん1週間の労働時間」が35 時間以上の男女(学生除く)。ここで自己研鑽とは、「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」に該当する行動を指す。土日を含む9 日間の調査期間中のいずれかの日に、「1日当たり1 時間以上」「1 日当たり0 分超1 時間未満」の時間を自己研鑽に使用した人の割合を示している。
1976 1時間以上:約7.3% 0分超1時間未満:約1.2% 1986 1時間以上:約5.2% 0分超1時間未満:約1.3% 1996 1時間以上:約3.9% 0分超1時間未満:約1.2% 2006 1時間以上:約4.2% 0分超1時間未満:約1.4% 2016 1時間以上:約3.6% 0分超1時間未満:約1% 「長時間労働是正と人的資本投資との関係」 RIETI ディスカッションペーパー No.19-J-022、 黒田祥子・山本勲(2019) データ:『社会生活基本調査』(総務省統計局)の「調査票A」の個票データ 備考:サンプルは、22-65 歳の「ふだん1週間の労働時間」が35 時間以上の男女(学生除く)。ここで自己研鑽とは、「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」に該当する行動を指す。土日を含む9 日間の調査期間中のいずれかの日に、「1日当たり1 時間以上」「1 日当たり0 分超1 時間未満」の時間を自己研鑽に使用した人の割合を示している。

しかも20代の若い世代ほどその傾向が強い。企業側がOff-JTに予算を投じて個人の自己研鑽を支援している例はもちろんありますが、自律的に自己研鑽しない若者がどんどん増えていくとしたら、日本企業の将来の競争力にとって重大なリスクになります」(黒田氏)

企業は今後、労働時間改革を進めると同時に、社員の教育・訓練やキャリア支援について真剣に考えていくことが不可欠だ。また個人としても、労働時間の削減により生まれた時間は自己研鑽のための資産として有効活用し、目指すキャリアに必要なスキルは自ら投資して身につけるという意識改革が今まで以上に求められる。

企業外にもコミュニケーションと学びの場が必要

とはいえ、若手社員が学ぶ意識を高めても、何をやったらいいのかわからないという声は多い。そこで、企業が個人に自己研鑽を促す方法の一例として、黒田氏は複数社で共同開催する研修会を挙げる。終業後に職場の外で同じような業界の社員を集めて、学びとコミュニケーションの場を創出していくというアイデアである。

「就業時間中の社内コミュニケーションが低下しがちですから、それを社外で補う意味でも有効です。若い世代に危機感がないわけではなく、漠然とした不安は持っています。業界全体のコミュニケーションの場があると、同業の先輩たちから学びのきっかけとなるようなアドバイスを得られるでしょう。自己研鑽への意識を高める突破口になるはずです」(黒田氏)

一方で、人生100年時代といわれ、自身の仕事人生よりも企業のライフサイクルのほうが短くなっていくことを考えると、特定の企業や業界を離れた学びの場も求められていく。

「その意味で、学び直しの場としての大学教育が重要になっていくと考えています。学生時代とは全く違う分野の学びが必要だとわかったら、すぐに大学に戻れるような仕組みが求められます」(黒田氏)

自己研鑽を促すような「休み方改革」を進めるべき

最後に、黒田氏に「休み方改革」の進め方について聞いた。労働時間の削減は進んでいる一方で、休み方改革の取り組みはまだまだこれからだ。

休み方の1つは「リフレッシュして、フィジカルとメンタルの疲労を元通りに回復するための休憩・休息」である。

「これについては、どのような時間の間隔での休みが望ましいか、働く現場の実態に沿って検討していくことが必要です。業種によっては、繁忙期に終電帰宅・早朝出勤が続いてしまうような職場もあるでしょう。この場合、有休取得率を高めるよりも、まずは勤務間インターバル制度を導入したほうがよいはずです。

同様に、休日出勤が続きやすい職場であれば、まずは代休取得の義務化を優先すべきかもしれません。従業員がリフレッシュできて、前向きな活力を取り戻せる良い休み方とは、自社にとってどんなやり方が合っているのか検討し、休み方改革にぜひ前向きに取り組んでほしいです」

もう1つの休み方とは「キャリアを高める自己研鑽のための休暇」だ。

「自己研鑽のためには社外での研修や大学での学び直しが重要だといいましたが、それを支えるような休暇制度は日本ではまだ普及していません。今後は企業が用途を問わない有給の長期休暇、すなわちサバティカル休暇を認めるなど、自己研鑽を促すような休み方改革を進めていくことも重要だと思います」(黒田氏)

Profile

黒田 祥子氏
早稲田大学教育・総合科学学術院 経済学 教授

1994年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本銀行勤務、一橋大学経済研究所助教授、東京大学社会科学研究所准教授などを経て現職。専門は労働経済学、応用ミクロ経済学。
慶應義塾大学・山本勲教授との共著『労働時間の経済分析』(日本経済新聞出版社)で日経・経済図書文化賞と労働関係図書優秀賞を受賞。