フランツ・ヴァルデンベルガー氏
ドイツ日本研究所 所長
1961年、ドイツのプファルツ地方で生まれる。ケルン大学社会科学部卒業後、上智大学に留学し日本文化に親しむ。ケルン大学助手、ドイツ日本研究所日本経済部長、ミュンヘン大学経営学部日本経済研究所所長などを経て、2013年より現職。専門は経済学、国際制度比較、コーポレートガバナンスなど。
「勤勉」という点で共通の国民性を持つといわれる日本とドイツ。
しかし、働き方に関する考え方において日独の間には大きな隔たりがあるようだ。
1980年代初頭に初来日し、6年前からドイツ日本研究所の所長を務めるフランツ・ヴァルデンベルガー氏に、日本の働き方改革の現状や労働市場のあり方について意見を伺った。
── 4月に働き方改革関連法が施行されました。法律の内容や制定をめぐる議論をどうご覧になっていますか。
私が最も違和感を覚えるのは、「働く」という行為が一律で考えられていることです。ドイツにも日本のような長時間労働があり、ワーカホリックといっていい人たちがいます。
一方で、仕事は必ず夕方5時に終わらせ、休みをしっかり取る人たちもいます。前者は仕事のキャリアを非常に重視し、企業の幹部や経営者になることを目指している人たちです。それに対して後者は、キャリアアップを重視しない代わりに、定時勤務、転勤のない仕事、終身雇用などを求める人たちです。
長く働きたい人は働いてもいい。しかし、そうでない人は残業をしなくてもいい──。人間の多様性に基づいたそのような柔軟な仕組みが本来は必要なのだと思います。
── 多様性が前提になっていないことが問題であると。
そうです。ドイツで長時間働くのはアンビシャスな(志を持つ)人たちです。しかし全員がアンビシャスである必要はありません。日本では、働く人たちすべてがアンビシャスであることを求められているように見えます。
もちろん、アンビシャスではないドイツの一般的な労働者も、自分の仕事にプライドを持っています。プロフェッショナリズムもあります。ただ、私生活を犠牲にするような働き方はしたくないと思っているだけです。
── 自分自身の生き方や働き方をそれぞれが自分自身で決めているということですね。
その通りです。アンビシャスな人たちは、おおむね大学に入学する段階で自分のキャリアビジョンを描いています。それを実現するためには、週に60時間以上働いてもいいと思っている。しかし数から見れば、そのような人たちは少数派です。多くの労働者は仕事と私生活のほどよいバランスを取ることを選んでいます。
── 日本人はなぜ働き過ぎてしまうのでしょうか。
人は誰もが「労働者」であると同時に「消費者」なのですが、日本では「消費者」という立場がたいへん重視されていると感じます。お客さまのためなら長時間働くのも仕方がない。そんな感覚が日本では普通だと思います。ドイツはその逆で、労働者としての立場が大切にされます。サービスや商品を提供する側が長時間働きたくないなら、消費者はそれを受け入れて我慢する。ドイツではそれが普通なのです。
── ドイツ人にも「勤勉な国民」というイメージがあります。
「勤勉」の内容が日本とドイツでは異なります。日本では、上司が部下に大きな仕事を任せるとき、「頑張って」と言いますよね。ドイツでは「良い成果が出るように」と言います。日本では頑張ること、努力すること、苦労することが評価されるのに対し、ドイツでの評価の基準はあくまでも「成果」です。どれだけ頑張って努力しても、成果が出なければ評価されません。
── 日本の労働生産性は、OECDに加盟している36カ国中20位とかなりの下位にあります。日本の労働生産性の低さの原因をどう見ていますか。
人、モノ、金、技術の4つを生産要素といいますよね。生産要素の質が低いと一般に生産性も低くなります。日本が独特なのは、生産要素の質が非常に高いにもかかわらず、生産性が低いことです。考えられるのは、生産要素の使い方や配分が非効率的であるということです。特に、人財の配分が社会全体で最適化されていないのが大きな課題といえます。
原因は2つあります。1つは、新卒一括採用の慣習です。本来は中小企業で働くほうが能力を発揮できるような人財でも、大企業が新卒時に確保してしまう。それによって人財の配置にかたよりが生じてしまっています。
もう1つは、再配分のシステムが機能していないことです。ドイツでは、キャリアアップを目指す人は転職して経験値を上げ、自分の価値を向上させることを目指します。一方、日本の企業は内部昇進が前提なので、トップを目指す人は会社に残らなければならない。結果として、優秀な人財が最適な働き場所を求めて移動する人財流動性が生まれないわけです。
生産性のカギは人財です。人が動けばお金や技術も動きます。それによって生産要素の最適な配分が実現し、生産性も向上するはずです。
── 労働市場が流動化すると、企業も本当に必要な人財を確保しやすくなりますよね。
そう思います。人財の流動化は企業にとってメリットが大きいのです。しかし、流動化実現のためには、働く人の業務範囲が明確であること、つまりジョブ型雇用が求められます。どのような分野のスキルセットを持っているかが転職時のアピールになるからです。すべての社員がマルチに働くことを求められる現在のメンバーシップ型の雇用システムでは、人財市場を流動化させることは難しいでしょう。
── 働く人にとっての流動化のメリットとは。
キャリアのオーナーシップが会社から個人に移ることです。会社に依存するのではなく、自分自身でキャリアビジョンを描き、自分自身でそれを実現することができる。本当の働きがいはそこから生まれるのだと思います。
フランツ・ヴァルデンベルガー氏
ドイツ日本研究所 所長
1961年、ドイツのプファルツ地方で生まれる。ケルン大学社会科学部卒業後、上智大学に留学し日本文化に親しむ。ケルン大学助手、ドイツ日本研究所日本経済部長、ミュンヘン大学経営学部日本経済研究所所長などを経て、2013年より現職。専門は経済学、国際制度比較、コーポレートガバナンスなど。