橋爪麻紀子氏
株式会社日本総合研究所
創発戦略センター/ESGリサーチ センター
マネジャー
上智大学卒業、英国マンチェスター大学大学院 開発政策マネジメント研究院にて修士課程修了。株式会社NTTデータ、独立行政法人国際協力機構(JICA)南アジア部勤務を経て、2012年4月に株式会社日本総合研究所入社。直近では、インド・ASEAN地域のインフラに関する調査研究や、民間企業のESG評価、CSR/CSV分野のコンサルティング案件に従事している。
国際社会が解決すべき共通課題として、国連が2015年に採択した目標群であるSDGs(持続可能な開発目標)。このテーマにいかに適切に取り組んでいくかは、環境問題や社会課題に強い関心を持ち、その解決に積極的に貢献したいと考える「SDGsネイティブ」という若年世代の人財獲得にとっても重大な課題になりつつあるという。
「SDGsネイティブ」とはどんな人財像か。企業が対応すべきポイントは何か。
企業のESG・SDGs活動と、それに対する評価などに詳しい日本総合研究所の橋爪麻紀子氏に聞いた。
「SDGsネイティブ」と呼ぶべき若年世代への対応が、企業の人事戦略上の重要な課題になりつつある。明確な定義はないが、いわゆる「ミレニアル世代」から「Z世代」の中でも、特に環境問題や社会課題に強い関心を持ち、その解決に積極的に貢献したいと考える人々のことを指す。
「彼らは、2001年の米同時テロや2011年の東日本大震災といった衝撃的な出来事を、多感な時期にリアルタイムに見てきた世代です。そのため、ほかの世代に比べて、環境や社会課題に対する問題意識が高く、エシカル消費などを通じて社会課題の解決に貢献したいという志向が見られます。また、国内外の大規模な企業不祥事のニュースにも数多く触れてきたためか、大企業に対する信頼やブランド意識が低いのも特徴です」(図1参照)
ミレニアル世代 | Z世代 |
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およそ1981年から1997年生まれ(諸説あり)
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1998年から2010生まれ(諸説あり)
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出典:各種公開資料をもとに日本総研作成
なかには学生時代に自らNPO法人を立ち上げたり、社会起業家として活躍したりするような突出した人財もいるが、それはごく一部。そして、こうした先進的な人々に憧れを抱きながら、自身は企業の一員として何らかの貢献をしたいと考える層が一定数存在する。企業としては、この層の若者にどう訴求していくかが、人財獲得や人事戦略において重要だと橋爪氏は話す。
「すでに多くの日本企業がSDGsへの取り組みを強化していますが、消費者や顧客企業、投資家だけでなく、SDGsネイティブにも適切にアピールできなければ、彼ら彼女らに"選ばれない企業"となってしまい、人財獲得において不利になる恐れがあるからです。また経済・産業が成熟化するなかで、社会課題の解決は、イノベーション創出の契機であり、重要なビジネスチャンスとも捉えられています。その意味でも、社会課題に対して高い情報感度を持つSDGsネイティブのような人財の獲得は重要です」
では具体的に、企業はSDGsネイティブにどのようにアプローチすべきだろうか。橋爪氏によれば、企業で働くSDGsネイティブは、主に以下の欲求を持っている。
これらの要素が得られないと、それを満たしてくれる場を他へ求めて離職してしまう場合も多いという。
「彼ら彼女らは、社会課題への感度が高いとはいえ、トータルで17もあるSDGsのすべてのテーマに関心があるわけではありません。『自分事』として身近に感じられるテーマほど強い関心を示す一方で、自分との接点が見えにくいテーマへの関心は薄い。例えば、様々な社会課題があるなかでも、国内で自然災害が頻発するゆえに、気候変動への関心が最も高いという調査結果があります。
つまり、SDGsネイティブに自社の事業内容を訴求するためには、単にSDGsの目標に関連した取り組みを並べるのではなく、製品・サービスの提供などを通じて具体的にどんな社会課題の解決に貢献しているのか、そのプロセスに彼ら彼女らがどのように参画できるのかをわかりやすく伝える工夫が必要です」
一般に相手が株主や投資家であれば、SDGsへの取り組みがどれだけ新市場の創出や企業価値の向上に貢献するかをロジカルに説明することが求められる。これに対し、リクルーティングを前提にSDGsネイティブにアプローチする場合、ロジックよりも感情や共感に訴えかけ、自社の取り組みを自分事として捉えてもらうことが重要だと橋爪氏は強調する。
もちろんSDGsへの対応はいまや企業にとって常識となりつつある。単にアピールの仕方を工夫するだけでなく、SDGsへの取り組み自体を深化させていくことは不可欠だ。
「長年やってきた社会・環境活動に対して、『SDGsのロゴを紐付ける』だけではなく、SDGsの17ゴールに対してどんな新しい挑戦をしたか、アディショナリティ(追加的価値)をどれだけ生み出しているかが重要です。SDGs活動の情報発信においても、ぜひそこにフォーカスしてほしいですね」
企業が今後、SDGs活動においてアディショナリティを生み出していくためのヒントとして、橋爪氏は「コレクティブインパクト」という考え方を挙げる。2011年に提唱された概念で、民間企業や政府・自治体、NPOなど立場の異なる組織体が互いの壁を越えて経験やリソースを出し合い、社会的課題の解決を共創していくアプローチを指す。
「異業種との提携やスタートアップへの出資、副業・兼業の解禁など、組織の垣根を越えた連携を促しオープンイノベーションを目指す企業が日本でも増えています。SDGsが掲げる目標も、自社の力だけでは達成できるものではありません。SDGs活動を深化させるためにも、企業は自社のリソースだけにこだわるのではなく、幅広い連携を模索していくべきでしょう。コレクティブインパクトが注目されるのもそのためです」(図2参照)
SDGsを意識した人事評価制度の導入も重要といえる。例えば役員や管理職に対し、業績評価だけでなく「サスティナビリティへの貢献」を評価項目として取り入れ、それを報酬や処遇に反映させている企業事例がすでに出てきていると橋爪氏はいう。
「評価や報酬などを整備することで、社内でのSDGsの推進体制がより強固なものになります。それを適切に公表することで、自社の本気度を示すことにもつながります」
若年層におけるSDGsネイティブの比重は、今後ますます高まると考えられる。これは教育の変化が背景にあると橋爪氏は指摘する。2020年から小学校、2021年から中学校、2022年から高等学校で適用される新学習指導要領には、「持続可能な社会の創り手」の育成が盛り込まれている。環境問題や社会課題を自分事と捉えて問題意識を持つこと、正解が1つではない複雑な課題を他者と協働しながらいかに解決するかを考えることが重視されている(図3参照)
「2020年に中学生になる子どもたちの多くは、10年後の2030年には社会に出て企業で活躍することになります。また、現在すでに社会に出ているミレニアル世代は10年後に企業の経営を担う中核人材となります。彼らの働くモチベーションを高め、新しい思考や感性が発揮できるような場を提供していくことが企業に求められていきます。それに応えられるような制度改革に今から着手すべきです。SDGsネイティブと一緒に企業が成長していくことが求められているのです」
橋爪麻紀子氏
株式会社日本総合研究所
創発戦略センター/ESGリサーチ センター
マネジャー
上智大学卒業、英国マンチェスター大学大学院 開発政策マネジメント研究院にて修士課程修了。株式会社NTTデータ、独立行政法人国際協力機構(JICA)南アジア部勤務を経て、2012年4月に株式会社日本総合研究所入社。直近では、インド・ASEAN地域のインフラに関する調査研究や、民間企業のESG評価、CSR/CSV分野のコンサルティング案件に従事している。