岸 浩稔氏
野村総合研究所 主任コンサルタント
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程修了。工学博士。専門はデジタルメディアをはじめとする情報通信・放送メディア分野における事業戦略、デザイン思考の実践によるイノベーションマネジメントなど。
共同著書に「誰が日本の労働力を支えるのか?」(東洋経済新報社)。
今後個人に求められるのはAIリテラシーやデータ解析スキルなどにとどまらない。重要なのは、人間ならではの資質・能力とAIを結びつけ、新たな価値を創造していくことだ。
そのうえでは、それらを支える組織風土の醸成やマネジメントの変革が重要。AIをはじめとする先端テクノロジーを活用し、イノベーション創出や競争力強化につなげるために人と組織はどう変わるべきか。
野村総合研究所主任コンサルタント岸浩稔氏に話を聞いた。
AI(人工知能)をめぐる企業の課題意識が大きく変わりつつある。かつての「AI脅威論」は影を潜め、新事業の創出や業務の効率化などにAIを積極的に導入する企業が日本でも急速に増えている。
早くからデジタライゼーションに取り組んできたIT企業や製造業はもちろん、最近は小売業やサービス業なども顧客の行動分析やマーケティング、新商品・サービスの開発にAIを幅広く活用している。自社内の人財情報をデータベース化して一元管理する「タレントマネジメントシステム」に、AIを取り入れている例も少なくない。
「何よりAIが、経営判断や事業活動支援のツールとして当たり前に受け入れられるようになったのが、ここ数年の最大の変化」と岸氏は話す。
「もともとAIは非常に広い概念なので捉えにくく、具体的にビジネスのどの部分に活用できるのか、当初はなかなか理解されませんでした。しかし今ではAIの最新の成果である『機械学習』や『ディープラーニング(深層学習)』の意義が浸透し、高度なデータ解析を基に何かを判断したり分類したりできる有効なテクノロジーとして、広く認識されています。
そのため現在の企業の課題意識は、『AIを生かすための人財をどう確保・育成するか』『組織やマネジメントのあり方をどう見直すべきか』というフェーズに移っています」
以前から日本では「AI人財の不足」が叫ばれている。政府は2019年に閣議決定した「統合イノベーション戦略」において、「2025年までにAIの基礎知識を持つ人財を年間25万人育成する」という目標を打ち出した。
そこで私たちは、AI時代に求められる人財をどう捉えたらいいのだろうか。AIを研究・開発したりそれをビジネスに実装したりする技術系人財を思い浮かべがちだが、AI時代に求められるのはそれだけではない。「日本企業は、これまでの人財の捉え方を大きく見直す必要がある」と岸氏は言う。
「AIの導入が進めば進むほど、私たちは人間にしかできない仕事を担うようになります。今後重要なのは、そうした人間ならではの能力とAIを結びつけて、新たな価値を創造していくことです。生産性だけを追求した均質的な組織では、イノベーションは生まれにくい。自ずと、人財に求める価値や評価は多様化・多軸化していくはずです。
つまり企業としては、評価のレーダーチャートをきれいにバランスよく満たすゼネラリスト人財ではなく、いずれかの評価軸が突出して優れたエキスパート型の人財をどれだけ活躍させていくかが重要になります。レーダーチャートを構成する評価項目自体も変わっていくはずです」(図1参照)
また、技術系のAI人財の不足も課題ではあるが、「そうした人財が力を発揮できるような組織風土やマネジメントを確立できていないことのほうが重大な問題」と岸氏は強調する。
「AI先進国といわれる米国や中国に比べて、日本の技術力や人財が格段に劣勢にあるとは感じません。遅れているとすれば、組織やマネジメントの改革でしょう。
もしAIでのデータ解析に長けた若くて優秀な人財がいたら、どんどん権限と経営資源を与えて新たな価値創造につなげていくべきです。しかし、年功序列のピラミッド型組織をベースに、トップダウンでマネジメントするような日本的経営のままでは難しいでしょう。グローバルな人財獲得競争が激化していますから、このままではせっかくの優秀な人財が海外に流出し、GAFAなどに負けてしまう」
変化の激しい時代には、トップダウンのピラミッド型組織ではなく、複数の小さなチームが自律的に動くアメーバ型組織が有効だといわれてきた。しかし日本では、なかなか普及してこなかった。
「最近は日本でも、技術系のAI人財を高額の報酬で採用するような例が出てきて、従来の年功序列制を大きく揺るがし始めています。こうした動きは、日本の組織形態や人事評価の枠組みを変えていく突破口になるはず。今を改革の好機と捉えて、AI時代にふさわしい組織やマネジメントを構築していくべきです。小さなピラミッドがいくつもあるイメージですね」(図2参照)
ピラミッド型組織をトップダウンでコントロールするより、自律的なアメーバ型組織をマネジメントするほうがはるかに難しい。一人ひとりが尖ったスキルを備えた多様な社員たちを前向きに受け入れ、柔軟にマネジメントできるような企業文化の醸成や、経営陣やマネジメント層のマインドセットの変革、個に寄り添った人事評価システムの構築などを進めていくことが必要だ(図3参照)。
日本の大企業に勤める中間管理職層を対象に、「創造的に働くために必要な要素」を、最も重要なもの(1位)、次に重要なもの(2位)、その次に重要なもの(3位)で聴取
「経営陣や社員を巻き込んで、社内の摩擦を極力避けながら企業変革を進めていくことを『チェンジマネジメント(変革のマネジメント)』と呼びます。チェンジマネジメントを成功させるには、マネジメント層の意識改革を促す研修を行ったり、人事に関するルールや評価制度などを大きく変えていく必要があります。欧米の先進企業の間では、こうした改革を主導するのは人事部門です。
日本の人事部門はまだそういう意識は乏しいかもしれませんが、人事は本来、企業において極めてイノベーティブな部門なのです。人事部自身が率先して意識改革に取り組み、海外の最先端の人事トレンドなどをどんどん取り入れて、ぜひともAI時代にふさわしい組織風土を構築していってほしいと思います」
AI時代に働く個人に求められる資質やスキルについて見ていく。
NRIは2015年、英オックスフォード大学のマイケルA.オズボーン准教授等との共同研究の結果として、「AIやロボットによる代替可能性が高い職業リスト」などを公表したが、その後オズボーン氏らは『スキルの未来(The Futures of Skills)』という論文で、2030年に求められるであろう個人のスキルに関する新たな研究結果を発表している。図4に示したのは、特に重要と考えられる上位10のスキルのリストだ。
米国
英国
出典:Hasan et. al, 2018, The Future of Skills: Employment in 2030
調整スキル(Coordination Skills)や独創的能力(Originality Abilities)から、心理学的知識(Psychology Knowledge)や社会・人類学(Sociology and Anthropology Knowledge)まで実に幅広いが、特に岸氏が重視するのが「Active Learning Skills(自ら主体的に学ぶスキル)」だ。
前述のように、今後は日本でもゼネラリスト人財ではなく、突出したスキルを持ったエキスパート的な人財が活躍していく時代になる。エキスパートになるためにも、常に新しいスキルを主体的に学ぼうとする姿勢は重要だ。学び続ける姿勢を持ち、自分なりに尖ったスキルを身につけていく。
「今後の武器になるような尖ったスキルには、いろいろな形が考えられます。AIが普及していく過程では『データ分析力』などが注目されがちですが、そういうスキルもやがては陳腐化してしまいます。時代を追いかけるよりも、自分の知的好奇心をベースにして、いいなと思うものを突き詰め、それが活躍できる場を探していくというアプローチがいいのではないでしょうか。
例えば、国内外のディズニーランドの情報について詳しくて、個人ブログに月間100万ものページビューがあるという人がいた場合、昔では『単なる趣味』で終わっていましたが、今では『インフルエンサー』という立派なスキルと捉えられます。SNSなどを通じた企業の情報発信において、その人が新しい価値を創造できるかもしれません。少し極端なたとえかもしれませんが、AI時代に求められるスキルはこれぐらい柔軟に考えていいはずですし、企業側にもこうした多様なスキルを生かせる柔軟なマネジメントが求められていくと思います」
岸 浩稔氏
野村総合研究所 主任コンサルタント
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程修了。工学博士。専門はデジタルメディアをはじめとする情報通信・放送メディア分野における事業戦略、デザイン思考の実践によるイノベーションマネジメントなど。
共同著書に「誰が日本の労働力を支えるのか?」(東洋経済新報社)。