イェンス・イェンセン氏 著述家、編集者
1977年デンマーク生まれ。ロンドン大学で日本語と言語学を専攻し、2002年来日。金融関係、設計事務所、ブランディング事務所で働いたのち、デンマーク大使館に6年間勤務する。
6年ほど前から編集、ライターなどの仕事にフリーで従事している。日本人の妻、2人の息子とともに鎌倉に住む。著書に『日本で、ヒュッゲに暮らす』(パルコ出版)がある。
先進国中上位5位に入る労働生産性の高さを誇りながら、残業の習慣がほとんどないというデンマーク。どのような働き方やリーダーシップによって、そのような生産性が実現できているのか。また、「アフターコロナ」の時代に働き方や企業のあり方はどう変わるのか。デンマーク出身の編集ライター、イェンス・イェンセン氏に話を聞いた。
──日本の労働生産性は先進国中最下位クラスです。一方、デンマークは生産性が非常に高いことで知られています。その要因はどこにあるのでしょうか。
一つは、効率を非常に重視していることです。デンマーク人は、決まった時間のなかで仕事を終わらせるために、あらゆることを効率よく進めようとします。必要のない会議はやらないし、会議に長い時間をかけることもありません。
もう一つは、一人ひとりの仕事のミッションやKPIが非常に明確であることです。従業員は年齢やポジションに関係なく、自分がやるべき仕事に責任を持たなければならないし、その結果によってその人は評価されます。仕事の途中で逐一上司に伺いを立てるといったこともありません。
──日本語でいう「労務管理」はどのようにしているのですか。
仕事の成果をはっきり設定して、それが達成されたかどうかによってその人のパフォーマンスを判定する。それが基本です。ミドルマネジメントの仕事は、部下のパフォーマンスを正当に評価することです。
──時間の管理などはしないのですね。
確かに時間という指標はわかりやすいと思いますが、仕事の目標を達成するのにどのくらいの時間がかかったかはあまり関係がないですよね。広報の仕事だったら、重要なのは8時間働くことではなく、例えば、SNSで発信した会社のメッセージの「いいね」を10万人にするというミッションを達成することです。それが早めに達成されたなら、極端にいえば、仕事を切り上げて家に帰ったっていいんです。
──働く仕組みや環境などにも違いはありますか。
デンマークは個人の裁量が大きいですね。残業は基本的にしませんが、どうしても残業が必要なときは、そのぶん次の日の出社を遅らせたりすることが自由にできます。もちろん上司にひと言伝える必要はありますが、タイムカードなどで管理されることはありません。
それから、オフィスの環境は日本とデンマークでは大きく異なります。スチールのデスクと椅子とラックがあって、書類が無造作に積んである。失礼ながら、日本の会社のオフィスにはそんなイメージがあります。デンマークの一般的なオフィスは、日本でいうデザイナーズオフィスのようで、設備やレイアウトなどにとても気を遣っているし、お金もかけています。例えば、机の高さは調節できなければならないと法律で決められています。それによって、座っても立っても仕事ができるからです。それぞれが働きやすいスタイルを選べるわけです。
また、レゴやサッカーゲームで遊べるスペースがあったり、キッチンで一緒にランチをつくって食べることができるオフィスも少なくありません。ずっとPCの前にいても仕事ははかどらない。環境が働くモチベーションを左右する──。そんな考え方がデンマークでは定着しています。
自宅でのリモートワークでも、同様に気分転換は大切です。昼まで集中してがんばったら休憩をとって散歩をしたり、音楽を聴いたり、本を読んだりと。あえてリラックスした時間をつくり出すことで、いいアイデアが浮かんだりするものです。
──リーダーシップについてデンマークではどう考えられていますか。
リーダーには二つの重要な役割があります。一つは、仕事のビジョンと方向性を部下に示すこと。もう一つは、部下を信頼し、責任を持たせることです。自分たちはどの方向に進んでいくのかを最初に示し、あとは部下に委ねる。もちろん、仕事の方向性がずれていないか定期的に確認する必要はありますが、仕事の進捗を毎日チェックしたりするようなことはありませんし、細かなところに口出しすることもありません。
──部下も信頼されればモチベーションが上がりそうですね。
その通りです。信頼されることによって責任感が生まれるし、任されているので自分で仕事のやり方を主体的に決めていかなければなりません。大きな失敗をしたら解雇される可能性もあるので緊張感もありますが、やりがいもあります。成熟した働き方といっていいと思いますね。
──著書などで「ヒュッゲ」というデンマークの言葉を紹介されています。日本語で表現するのは難しい言葉のようですが。
ぴったりな言葉はありませんが、「居心地が良くて、雰囲気がいい状態」と考えればいいと思います。英語の「Comfortable」や「Cozy」に近い言葉です。デンマーク人はヒュッゲをとても大切にしています。例えば、家族や友だちとの絆を深める時間がヒュッゲで、パーティでわいわい騒ぐというよりも、リラックスした穏やかな時間や空間を共有するという感じです。
国際連合が2012年から調査をしている「世界幸福度報告」で、デンマークは毎回上位にランクインしています。デンマークの幸福度の高さには、家族や人との時間を大切にする、この「ヒュッゲ」という慣習が大きく影響していると考えられています。
──「ヒュッゲな働き方」もあるのでしょうか。
デンマークのオフィスの話をしましたが、オフィスやリモート環境を工夫することで、仕事におけるヒュッゲも実現できると思います。照明を落ち着く色にするとか、リラックスして働けるレイアウトにするとか。それによって仕事のはかどり方が大きく変わると思いますよ。
──今後、日本は働き手が継続的に減少していくなかで、生産性を上げる必要があるといわれています。そのなかでヒュッゲを実現していくにはどうすればいいと思いますか。
まずは、生産性を上げるということについて、もう一度考えてみてもいいのではないでしょうか。企業の価値は、これまで主に成長力によって測られてきました。しかし、価値の評価軸は必ずしもそれだけではないと思うんです。従業員の幸福度、あるいは環境への貢献度。そういったものが企業の価値となってもいい。もちろん、企業は営利組織ですから、利益を出すことは必要です。しかし例えば、100人規模の会社で十分に利益が出ていて、社員もハッピーなら、そこから200人の会社になることを目指してさらに事業を拡大しようとすることが本当に必要でしょうか。
企業の価値だけでなく、働き方についてもそうです。デジタルテクノロジーの活用によって仕事の効率が上がって、これまでの仕事を半分の時間でできるようになった。では、その空いた時間をどうするか。新しい仕事を詰め込むのか、それとも従業員の休みや余暇を増やして、ワークライフバランスを充実させるのか。企業も働く人も、そんなことをあらためて考えてみてもいいと思います。
──新型コロナウイルスによるパンデミックが終われば、世の中は大きく変わるといわれています。働き方や企業のあり方も変化するかもしれませんね。
そう思います。給料の多さではなく、自分の人生を本当に幸せにしてくれる会社を選ぶ人が増えそうな気がします。世の中に役立つ事業をやっていて、週休3日で、主体的な働き方ができて、リラックスして働ける環境があって、給料はそこそこ──。そんな会社がたくさん出てきて、そこに人が集まるようになれば、働き方の常識も大きく変わるかもしれませんね。
イェンス・イェンセン氏 著述家、編集者
1977年デンマーク生まれ。ロンドン大学で日本語と言語学を専攻し、2002年来日。金融関係、設計事務所、ブランディング事務所で働いたのち、デンマーク大使館に6年間勤務する。
6年ほど前から編集、ライターなどの仕事にフリーで従事している。日本人の妻、2人の息子とともに鎌倉に住む。著書に『日本で、ヒュッゲに暮らす』(パルコ出版)がある。