新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、先行き不透明な危機に見舞われた世界経済。まさにVUCAの時代といわれるなか、多くのリーダーたちは複雑な課題と向き合いながら、個人と組織を導いていかなくてはならない。
「不確実で不透明な時代を生き抜くヒントは、『オーセンティック・リーダーシップ』にある」――。
こう語るのは、自律性・主体性を引き出す独自のリーダーシップ論で知られる、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターであり、株式会社チームボックス代表取締役の中竹竜二氏だ。
オーセンティック・リーダーシップとは何か、オーセンティック・リーダーシップが基盤とする「本当の自分らしさ」とは何を意味するのか、それはいかに実践されるべきかについて、お聞きした。
──「本当の自分らしさ」を基盤とするリーダーシップの一手法である「オーセンティック・リーダーシップ」が、近年、世界的に注目を集めています。中竹さんご自身はずっと以前から、同様の考えに基づくリーダーシップ論を実践されてきたそうですね。
はい。オーセンティック・リーダーシップが提唱している概念自体は、目新しいものではありません。
現在のリーダー論の文脈で、オーセンティックは「自分らしさ」と訳されますが、これを自分の「軸」と呼ぶ人もいます。私自身は「スタイル」という言葉で表現してきました。多くのリーダーは、社会が求める理想のリーダー像を目指そうとしがちですが、それよりも自分が本当に目指したいスタイルや軸を見つけ、それをリーダーシップに生かしていくことのほうが、圧倒的に重要です。この考えを10年以上前から発信し、実践し続けてきました。
──近年、オーセンティック・リーダーシップへの注目度があらためて高まっているのはなぜでしょうか。
企業を取り巻く経営環境が激変したことが大きいと思います。従来型の産業が成熟化する一方で、社会のデジタルトランスフォーメーションが急速に進み、シェアリングエコノミーのようなまったく新しい経済活動が次々と生まれています。さらに、新型コロナウイルスの世界的流行による多大な経済的影響も加わり、産業構造がガラッと変わり、ビジネスの成功パターンがまったく見えなくなっている。そんな時でもリーダーは決断し、その結果の責任をすべて負わなければならない。
すると多くの人は、今まで正しいとされてきた常道や王道に走ろうとします。自信がないから、理想的なリーダー像を真似することを優先してしまう。しかし、それは失敗した時のための言い訳や布石になってしまうことが多い。「あの時、思い切ってチャレンジすべきだった!」と、必ず後悔します。予防線を張ること自体、可能性を狭めてしまうことなので、もったいないことだと思っていました。
精神論のように聞こえるかもしれませんが、人間にとって選択感を感じられるかどうかは、極めて重要です。他人の意見や評価になびくのではなく、いかに自分自身で決断するか。それが充実感につながるし、重要な非認知能力である「GRIT(やりきる力)」にも直結することが明らかになっています。自分を偽るよりも、自分が本当にやりたいことに集中したほうが、パフォーマンスは必ず上がります。
近年、人間の個性や性格などに関する科学的な研究が進み、これらが人間の考えや行動をどう規定するのかが体系的に捉えられるようになりました。これも、オーセンティック・リーダーシップへの関心が高まっている要因でしょう。
──自分らしい行動や決断をすることは、実際にリーダーシップとしてどのように機能するのでしょうか。
誤解してほしくないのですが、オーセンティックとは、単に自分の感情の赴くままに行動したり、ただ我を通そうとしたり、思うがままに愚痴を言ったりすることではありません。大切なのは、本当は見せたくない自分の弱点や欠点をも、組織のため、目標のために正直にさらけ出せるかということにあります。
印象的なエピソードをお伝えしましょう。私が早稲田大学ラグビー部の監督をしていた時、パフォーマンスは素晴らしいが、典型的なリーダーシップを持つタイプではない男をキャプテンに選んだことがありました。チームをまとめるとか、礼儀正しく振る舞うことに向いていない選手です。
それでも彼を選んだのは、チームのスローガンにぴったりだったから。人は本気で崖っぷちに立たないと、なかなかチャレンジをしない。連覇がかかっていたその年、私はチームの慢心を警戒し、「ダイナミックチャレンジ」をスローガンに、大胆な挑戦をする1年にしようと考えたのです。
そんな思いで開幕したシーズン中、大きな負けを喫してしまい、チームの雰囲気が悪化したことがありました。すると、それまで破天荒なキャラクターだったそのキャプテンが、絵に描いたような優等生タイプのキャプテンとして振る舞い始めたのです。彼なりに危機感を感じたのでしょう。しかしキャプテンらしく行動しているつもりでも、まったく彼らしくはない。案の定、チームはますます弱くなりました。
いよいよ正念場となった時、彼とのミーティングで問いかけました。「半年前、君はもっと大暴れしていた。このまま良いキャプテンを演じて終わるのと、自分らしさを出して思う存分プレイして終わるのと、どちらがいいか」と――。彼はもちろん、「自分らしく戦って終わりたい」と答えました。
実はほかのメンバーたちも、彼本来の腕白っぷりを欲していました。そこでキャプテンに対し、メンバーたちが「お前だけがチームを背負わなくていいんだ。俺たちがサインプレイも決めるし、チームワークも高める。だからお前は心配せず大暴れしてくれ」と伝え、互いの気持ちを共有しました。
その翌日から彼は再び自分らしくプレイするようになり、チームは蘇りました。チームをまとめるようなキャプテンらしいことは一切しませんでした。しかしプレイヤーとして大活躍し、最後には優勝することができました。
──興味深いエピソードですね。一般的な意味でのリーダーシップは、成功のために必ずしも重要ではないと。
リーダーが自分らしさを開示していくと、当然、足りない部分が見えてきます。チームの誰かがそれを補わなくてはいけない。従来のリーダーは完璧であろうとして、すべて自分でコントロールしようとした。しかし、誰も正解がわからないのですから、これからのリーダーは自分の欠点を認め、いかにほかのメンバーに補ってもらうかが大切になります。メンバーにとっても、リーダーにできないことをサポートするのは貢献感につながります。
リーダーが不完全さを見せることによって、部下も安心して自分らしさを出せる。そのためにも、リーダーが率先して自分らしさを出していく。自然体のなかでチームが機能していくのが、オーセンティック・リーダーシップ実践の第一歩だと思うのです。
──自己認識を深めることは、多くのビジネスパーソンにとって、キャリア自律などのためにも不可欠ですが、決して簡単ではありません。自己認識を深め、根源的な「自分らしさ」を発見するにはどうしたらいいでしょうか。
まず1つは、とにかく自分のことをしっかりと見つめること。過去の自分を丁寧に振り返るしかありません。どんな経験をした時に、どういう考えが浮かび、どんな感情を抱き、どう行動したのか。あらためて振り返ってみると、意外と覚えていないことに気付きます。ですから何でもいいので、印象に残ったことを日々振り返って綴っていくのです。これは「ジャーナル」と呼ばれる手法で、非常に有効です。その記録のなかに必ず、自分というものがいます。
そして、ビジネスでもスポーツでも、実際に壁にぶち当たると、過去の自分の記憶などどこかに吹き飛んでしまいます。つまり、逆境のときこそ自分らしさは大事ですが、いざ逆境に直面すると自分らしさなど探せない。だから平時から、日常的に自分らしさを探し、理解しておくべきなのです。何もない時こそ、自己認識を積み重ねる必要があります。「自分らしさがわからない」という人は、ぜひ今日から探し始めてほしいですね。
もう1つ大切なのは、仲間を見つけることでしょう。やはり不安を抱えている時に、ひとりで自己認識を深めるのは難しい。自分のことを認めてくれて、本音を出しても否定しないような心理的安全性のある仲間。そういう人が周りにいたほうが、自分らしさは絶対につかみやすいと思います。
Profile
中竹竜二氏
株式会社チームボックス 代表取締役CEO
日本ラグビーフットボール協会
コーチングディレクター
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2010年、日本ラグビーフットボール協会「コーチのコーチ」指導者を指導する立場であるコーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。