予測不可能な状況を表現するキーワードであるVUCA。新型コロナウイルスの世界的な流行による現状はまさに、VUCA 時代そのものだといえる。つまり、経営環境の不確実性がより一層高まっているのだ。
そうしたなか、企業において求められるリーダー像が大きく変わりつつある。
「先行きが予見できず、正解が見えない環境下で組織を駆動させていくには、個の自律性を重視した支援型リーダーシップが欠かせない――」。
こう語るのは、リーダーシップ論や組織開発に詳しい慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授の小杉俊哉氏だ。
個の力を発揮させるリーダーには何が必要か、人間の「内面性」や「信頼」はリーダーシップにおいてどう機能するのか、自律性を育むために個と組織に求められることは何かなど、幅広く聞いた。
正解の見えない時代に有効なのは支援者型リーダーシップ
リーダーシップ論は、しばしば次のように表現される。
The most studied, and the least understood area.
(最も研究されているが、最もわかっていることが少ない領域)
「こうすれば必ず成功する」という唯一絶対の解がない。また、時代背景や経営環境の変化に伴って、理想とされるリーダー像も変化してきた。
ではVUCA といわれる今の時代、そしてアフターコロナを見据え、どのようなリーダーシップが有効と考えられるのか。その手がかりをつかむため、小杉氏がこれまでの代表的なリーダーシップを、機能や性質によって類型化したのが図1である。
図1リーダーシップ1.0から3.0への流れ
1.0 と2.0 の間に、共同体としての意識が高いが公私の区別に乏しく滅私奉公を前提とする、日本的経営といえる調整者型(リーダーシップ1.5)などがある。
[ 支援者型リーダーシップの例 ]
- サーバント・リーダーシップ
- 奉仕的リーダー。部下の自主性を引き出し、エンパワーメントする。
- 羊飼い型リーダーシップ
- メンバーの能力を尊重しながら、背後から組織を向かうべき方向に導く。
出典:小杉俊哉著『リーダーシップ3.0 ~カリスマから支援者へ』(祥伝社新書)
リーダーシップ1.0は、地位や権限の力を背景に集団をコントロールする中央集権的な権力者。2.0 はカリスマ性を持ち、組織が向かうべきビジョンを提示することで組織を動かしていく変革者だ。いずれも代表的なリーダー像であり、リーダー自身が何らかの正解を握っていることを前提に、トップダウンで人と組織を動かしていく点が共通している。
しかし近年は、これらのリーダーシップが機能しにくくなってきた。見通しが立ちにくい今の時代、経営層・マネジメント層が必ずしも正解を握れないからだ。
「不確実性の高い環境で、新たな価値創造に挑戦していくとき、それまで積み上げてきた知識や経験がそのまま通用するとは限りません。年齢や過去の実績に関係なく皆で知恵を出し合い、試行錯誤していくプロセスが重要です。そこでは、メンバー一人ひとりと向き合って主体的・自律的な行動を促し、能力を引き出すようなリーダーシップが求められます。これこそが、私がリーダーシップ3.0に位置づけている『支援者型リーダーシップ』です」
支援者型リーダーシップの例としては、ロバート・K・グリーンリーフ氏が提唱した「サーバント・リーダーシップ」、リンダ・ヒル氏が提唱した「羊飼い型リーダーシップ」などが挙げられる。サーバント(召使い)のように相手に奉仕したり、羊飼いのように背後から見守り、導いたりするリーダー像だ。
実は、従来型の1.0や2.0のリーダー像は、誰にでも実践できるものではない。実際、日本での成功例も、創業経営者やごく一部のカリスマ経営者に限られるだろう。
「これに対し、支援者型リーダーシップは、やろうと思えば誰にでもできます。例えば、組織が目指すべきビジョンをリーダー自身でうまく打ち出せないなら、皆を巻き込んで一緒に考えればいい。旧来のリーダー像を追うことから脱し、支援者型リーダーシップを目指したほうがリーダー本人だけでなく、部下もハッピーになるのです」
内面性の開示が欠かせない信頼をベースにしたリーダーシップ
誰にでもできるとはいえ、権限や役職の力を使わず、個人の主体性・自律性を引き出すようなリーダーシップの実践には、いくつかのポイントがある。
最も重要なのは、人と人との「関係性」に働きかけ、組織内に「信頼」を醸成していくことだと小杉氏は強調する。「米マサチューセッツ工科大学(MIT)組織学習センター創始者のダニエル・キム教授の有名な『成功の循環(CoreTheory of Success)』でも提唱されているように、組織開発を成功に導くには、『関係の質』から始めることが大切です。お互いをよく知って、良いところを承認し合う。それによって思考が前向きになり、チャレンジする意欲が生まれ、自律的な行動をとりやすくなります。おのずと結果も出てくるものです。楽観的な方法に見えるかもしれませんが、特に現在のように閉塞感が強い環境下では、非常に有効であることが実証的に明らかになっています」
関係の質を高めるには、組織における「信頼」が欠かせない。近年、人間の内面性の開示を重視した「オーセンティック・リーダーシップ」が注目されるのもそのためだと考えられる。
「リーダーシップ論において、オーセンティックは『自分らしさ』と訳されますが、誤解を招くかもしれません。当然ながら、マイペースで自分の好きなように振る舞うということではありません。オーセンティックとは、『自分が生きていくうえで本当に大切にしている価値観や軸』のことを指します。
内面と真剣に向き合って自己認識を深め、自分の価値観や軸を適切に開示する。なおかつ、自分自身を高めていく努力を怠らない。そのような姿勢が、信頼の獲得において重要だということです。
リーダーシップ3.0 は誰でも実践できるものの、しっかりと襟を正して自分に向き合い、常に内面性を高めなければいけないという意味では、厳しい面もあります」
オーセンティックと並ぶ重要なキーワードとして、小杉氏は「インテグリティ」を挙げる。「誠実さ」や「価値観の一貫性」を意味するワードだ。
「誠実さは、日本でも昔から大事にされてきましたが、一方で『本音と建前』『公と私』『表と裏』を使い分ける文化的な風土もあります。その意味で日本人の発言はしばしばインテグリティ=一貫性に欠ける面があるといえます。本音を隠していると、人はそれを敏感に感じ取りますから、留意しないと信頼関係が失われてしまいます。
もちろん、人間誰しも完璧ではありません。むしろ自分の弱さを正直に開示し、部下に助けを求めることは『インテグリティ』に当たり、信頼の獲得につながります。これらは、オーセンティック・リーダーシップを実践するうえで、重要な視点だと思います」
皆が「Can・Will」の領域に踏み出す時代リーダーシップ4.0へ
前述のように、支援者型リーダーシップがうまく機能するためには、メンバー一人ひとりが知恵を発揮し、自律的に行動していくことが前提となる。
これは言い換えれば、「あらゆる社員がリーダーシップを持つべき」ということでもある。
「やらなければいけない仕事をやるのが『マネジメント』、そこから一歩踏み出して、新しいことに挑戦して価値を生み出そうとするのが『リーダーシップ』だと定義するならば、経営者やマネジメント層に限らず、すべての人財がこの両方を担うべきだということです。今の時代、皆が『やらなければいけない仕事』だけに業務時間の100% をつぎ込んでいたら、組織にも個人のキャリアにも未来はないでしょう。たとえ5%でも10%でもいいから、仕事を高い視点から見て、リーダーシップを発揮する時間を確保すべきです。それが『明日の飯の種』を生み出します」
リーダーシップを発揮するとは、実は「仕事を楽しくすること」にもつながるのだと小杉氏は指摘する。
「自分が人生において本当にやりたいことは何なのかという個人のビジョンと会社のビジョンの接点が見えないまま、ただ与えられた業務をこなすだけでは、仕事は楽しくならないですよね。仕事には、Must(役割)Can(気付き、可能性)、Will(意志)という3つの領域があります。リーダーシップや自律性は、CanやWillの領域、つまり『やらなくてもよいこと』に自ら踏み出すことで生まれます。(図2参照)
図2仕事における、Must(役割)、Can(気付き、可能性)、Will(意志)の3つの領域
やるべきことから、もっとやれること、やりたいことへと領域を広げていくことが、皆がリーダーシップを発揮することとなり、組織にも個人のキャリアにも良い結果をもたらす。
出典: 小杉俊哉著『好きにやっても評価される人 我慢しても評価されない人』(PHP)
同じ会社で同じ仕事をやっていても、楽しそうに働いている人とそうでない人がいるでしょう。それは、会社のビジョンと自分のビジョンを紐付けして、目の前の仕事をCanやWillの領域に変えることができているかどうかの違いです。(図3参照)
図3楽しく働いている人は、会社のビジョンと個人のビジョンの重なりを持っている
ビジョンが分からない場合は、自分のために3つの見直しをする。すなわち、仕事の意義を広げて考え、やり方や範囲を見直し、関わる人との交流の質を見直す。そうすることで、業務がやりがいのあるものへ変容し、自律的に働くことができ、仕事が楽しくなる。
自分にはビジョンがないという人は、最初は自分の興味・関心や得意なことを仕事に持ち込んで、無理やりにでも作るといいでしょう。そうすることで、自分の欲求に気付いていくはずです。まずは小さな一歩でいいので、ぜひ踏み出してほしいですね」
前述のオーセンティック・リーダーシップにも通じることだが、自分の内面性に向き合い、ビジョンから、さらに上位概念である「個人のミッション」を明確にしていくことは、一人ひとりがリーダーシップを発揮していくうえで重要だと言える。
また個人のミッションを考えるうえでは、広く社会に目を向けることも重要だと小杉氏は話す。
「マズローの『欲求5 段階説』でいえば、第5 段階の『自己実現欲求』に踏み出さないと、仕事の楽しさやワクワク感が得られないということですが、マズローはさらに上位階層として『自己超越欲求』を想定していたといわれます。(図4参照)
図4マズローの欲求5段階説
ある欲求の満足は、より上位の欲求を求め、最高時の欲求は、満たされてもより求める。(各欲求は逐次的ではなく、同時での発現もあり、上位の欲求の欠如は、下の階層の欲求を増す)
利己的な欲求を考えているだけでは個人のミッションは見えてこないし、多くの人たちに共感もしてもらえない。そもそも自分は何のために生を受けたのか、世の中にどう貢献して自分は何を残したいのかと考え、自分を超えたところを目指して役立っていこうとしないと、本当の意味でのリーダーシップにならないのではないかと思います。つまり、利他の精神ですね。私はこれを『リーダーシップ4.0』と呼んでいます。例えば社会課題を自分事にしていく。予測不可能な時代だからこそ、そうした発想がますます求められる時代になっていくのではないかと思います」
Profile
小杉俊哉氏
慶應義塾大学大学院理工学研究科 特任教授
合同会社THS 経営組織研究所 代表社員
早稲田大学法学部卒業。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院修士課程修了。
NEC、マッキンゼー、ユニデン人事総務部長、アップルコンピュータ人事総務本部長を経て独立。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授を経て現職。専門は、人事、組織、キャリア、リーダーシップ開発。
『リーダーシップ3.0 ~カリスマから支援者へ』(祥伝社新書)、『起業家のように企業で働く』(クロスメディア・パブリッシング)など著書多数。