髙山 直氏
株式会社EQ取締役会長
1957年広島県生まれ。97年、株式会社イー・キュージャパンを設立し、日本で初のEQ事業をスタートさせる。2015年から現職。主な著書に『EQこころの鍛え方』「EQ「感じる力」の磨き方」(以上、東洋経済新報社)、『EQトレーニング』(日経文庫)などがある。
テレワークの進展により働き方が大きく変化している今、「EQ理論」を用いたマネジメントが注目を集めている。
EQとは「感情をうまく管理し、利用する能力」のことで、「こころの知能指数」とも言われる。
遺伝などの先天的な要素が少なく学習によって高めることができるという。
今なぜEQが必要なのか、どうすれば高めることができるのか、EQ理論を推進する髙山直氏に聞いた。
先が見えない不安定な時代に必要とされる能力として、ビジネスの現場で「EQ(こころの知能指数)理論」が注目されている。1990年に米国の心理学者ピーター・サロベイ氏とジョン・メイヤー氏によって提唱された理論だが、髙山直氏は提唱者と協力し日本独自のEQ理論を推進してきた。
「少し前までは、仕事ができる人財の要件は、豊富な知識を持ち、頭の回転が速い人。つまり、IQ(知能指数)の高い人でした。しかし、働き方も人財も多様化している今、人はIQ(知能指数)だけでは生きていけません」と髙山氏は語る。
「これまで日本人の生活の中心は仕事でした。会社に行き、求められる仕事をやっていればよかった。そんな"会社起点"の人生に対し、これからは"個人起点"で生きていく時代です(図1参照)。
さらに、ビジネスや生活様式が一変したニューノーマル時代を迎え、私たち一人ひとりが、どう生きるのかを考えなければなりません。そんな現代では、自分の感情を管理し、人の気持ちに寄り添ったマネジメントができる能力、EQが必要なのです」と説明する。
20 世紀(成長社会) | ニューノーマル時代(正解がない社会) |
---|---|
会社起点 | 個人起点 |
認知能力 | 非認知能力 |
画一化 | 多様化(ダイバーシティ) |
知識 | 発想 |
頭の回転の良さ | 頭の柔らかさ |
協調性と順応性 | チャレンジと適応力 |
左脳(記憶、再生、実行) | 右脳(想像力) |
感情の抑制(マニュアル化) | 感情の活用(オリジナリティ) |
管理と統制 | 共感と心理的安全性 |
外的モチベーション | 内的モチベーション |
出典:『EQトレーニング』(日経文庫)より
具体的に「EQ」とは何なのか説明しよう。EQとはEmotional Intelligenceのことで、髙山氏は「感情能力理論」と紹介している。例えば、人間はうれしいときは笑い、悲しいときは泣く。怒ると眉間にシワが寄る。つまり、感情によって行動が影響を受けているのだ。EQとは、この感情をうまく管理したり、利用したりする能力のことをいう。
「この説明をすると、最初は皆さん意味不明な顔をします。当然です。私もこのEQ理論を完全に理解するのに、3年かかりましたから。シンプルに、人の気持ちがわかる能力、と理解してください。そんな能力があれば、最強のマネジメントができますよね」
EQは、4つの能力に分類される(図2参照)。
能力❶ Identify 感情の識別 |
気持ちを感じる 自分と相手の感情を識別する |
---|---|
能力❷ Use 感情の利用 |
気持ちをつくる 問題・課題を解決するために感情を生み出す |
能力❸ Understand 感情の理解 |
気持ちを考える 今起こっている感情の原因を理解し、その変化を予測する |
能力❹ Manage 感情の調整 |
気持ちを活かす ほかの3つの能力を発揮し、望ましい決定をするために感情を活用する |
EQは「Identify(感情の識別)」、「Use(感情の利用)」、「Understand(感情の理解)」、「Manage(感情の調整)」の4つの能力に分類される。遺伝などの先天的な影響を受けないことが特徴。また、記憶力などのIQは年を重ねると衰えるが、EQの能力は年齢によって弱まることはない。さらに、日々のトレーニングによって高めることができる。
出典:『EQトレーニング』(日経文庫)「EQで必要な4つのブランチ」
1つは「Identify(感情の識別)」。
識別とは、気持ちを感じること。これがEQの最も重要な軸となる。まずは自分が今悲しいのか怒っているのか、自分自身の感情を識別することが大事で、それがわかれば相手の気持ちも感じとることができるようになる。
2つ目が「Use(感情の利用)」。
問題・課題を解決するために感情を生み出すこと。求められる場面で求められる行動をするために必要な感情をつくる能力だ。例えば、冷静さが必要な場面で、落ち着いた気持ちをつくり出せる能力をいう。
3つ目が「Understand(感情の理解)」。
気持ちを考えること。今起こっている感情の原因を理解し、その変化を予測する。例えば、「仕事をしたくない」という感情が起こった場合、その理由が「疲れているから」だとわかれば、「休息をとる」という解決策をとることができる。
4つ目が、「Manage(感情の調整)」。
気持ちを活かすこと。1~3の能力を発揮し、望ましい決定をするために感情を活用すること。最終的にどの行動をとるべきかを決定する能力だ。
「モチベーションや好奇心もEQです。例えば、在宅仕事であっても自分でやる気を起こせるかどうか。初対面の相手とオンライン会議でもうまくコミュニケーションできるかどうか。会社の経営戦略を聞いて面白いと思えるかどうか。これらは全部EQです」
世界的に注目されているEQだが、実は日本のビジネス現場では、その能力開発は世界に比べると進んでいない。アデコグループが8カ国を対象に実施した調査によると、日本のリーダーたちは「自分自身を根本から変革してEQを高める必要がある」と考えているものの、「自身にEQ能力が備わっている」と感じている人は半数以下という結果になった。一方でアメリカでは75%、イギリスでは70%が「自身にEQ能力が備わっている」と回答している。
日本でEQの能力開発が進まない理由を髙山氏は2つ挙げる。1つは、企業における教育研修や人財開発制度の違いだ。個人が自ら学び、キャリアを伸ばしていく欧米では、自己成長のためにさまざまな分野の勉強をしている。仕事をするうえで必要なリーダーシップやマネジメントを学ぶ過程で、EQ理論と出会う機会が多い。
一方日本では、会社の研修としてEQを学ぶことがほとんどだ。自分の会社がEQ教育を導入していない限り、EQ理論と出会う機会は少ない。
もう1点は、古くから根付く日本独特のカルチャーだ。
「日本語には配慮する、慮るというような、相手の気持ちを推し量る言葉がたくさんあります。また『会社は家族』という日本伝統の考え方の影響もあるでしょう。日本企業のリーダーは、部下との関係を深めながら無意識的ではあるがEQを活用している面もあります。日本人にとって相手の気持ちを思いやることは当たり前にするべきことであり、わざわざ学習するものではない、という意識があるのです」
しかし、EQはテクニカルスキルであり、「トレーニングを積むことで高めることができる」と髙山氏は断言する。
どのようなトレーニングをすればEQを高めることができるのか、対面のコミュニケーションが減っている今だからこそ取り入れたい5つのトレーニング方法を髙山氏に教わった。
挨拶はコミュニケーションの基本である。ただ「おはよう」と言うだけでなく、その後に「気分はどう?」など、必ずひと言付け加えよう。そして、挨拶のときは必ず「笑顔」を心がけよう。
「How do you feel now ?(今の気持ちは?」と、1日3回、自分に問いかけてみよう。「仕事が楽しい」「やる気があふれている」という日もあれば、「仕事をしたくない」「眠い」とネガティブな感情を抱くこともあるだろう。今自分がどんな気持ちなのかがわかれば、とるべき行動が見えてくる。自分に問いかけるのが難しい場合は、同僚や家族に聞いてもらってもよい。
最近では上司と部下の「1on1ミーティング」を取り入れている会社も増えている。会議のテーマは主に「で(出来事)」「き(気持ち)」「こ(行動)」だが、「"で・こ"のみのケースが多い」と髙山氏は指摘する。そこで、あえて"気持ち"をテーマにした会議を開いてみよう。組織の一体感の醸成や部下のモチベーションアップにつながる。
また、「楽しく仕事してる?」と聞くと、「実は最近、〇〇さんとうまくいってなくて……」と仕事上の人間関係の悩みなどが出てくる。仕事の進捗以上に深い情報を入手できることもある。
「素晴らしい」「よくやった」「頑張ってるね」など、1日5人をほめる。人をほめることは、相手のやる気を高めるだけでなく、自分自身のエネルギーを上げていく効果もある。
行動によって感情は変えられる。この最適な例がスキップとジャンプだ。
気分を上げたいときややる気を出したいときにはぜひ実践してみよう。楽しみながら実施することも、EQトレーニングの重要なポイントだ。
行動心理学では、2カ月継続すると、その行動を自動的にできるようになるという。そのため、これらのトレーニングをまずは2カ月続けてみよう。
「会社起点の管理統制の時代には、指示命令で人は動きました。しかし、これからの個人起点の時代には、人は共感と信頼によって動きます。その信頼と共感を得るためにも、EQは必要不可欠。また、社内外の人とどれだけつながれるかがビジネスの成功の鍵となりますが、人とつながる力もEQによって高めることができます。今後ますますEQは求められていくでしょう」
1. 笑顔で挨拶+もうひと言
笑顔で挨拶するのと同時に、「気分はどう?」「いつもありがとう」など、何かひと言付け加えよう。ただし、「進捗はどう?」「売り上げは?」とプレッシャーを与えるようなひと言はNG。イエス・ノーで答えられるような質問ではなく、「どう?」と範囲を持たせた質問がベスト。人は表情筋を使わないと笑えなくなる。YouTubeで検索すると表情筋トレーニングの方法がたくさんアップされているので、定期的に表情筋もトレーニングしよう。
2. 今の"気持ち"を聞く
気持ちを知ることはEQの原点。朝・昼・晩の1日3 回、「今の気分はどう?」と自分に問いかけてみよう。すると、「この先どうなるんだろうと不安」「仕事したくないな……」といった自分の感情が見えてくる。ネガティブな感情が続いていると、それを毎日意識することで、このままではいけない、成長しなければならないと考えるようになり、行動や気持ちに変化が生まれる。自分で聞くのが難しければ、同僚や家族に聞いてもらってもOK。
3. "気持ち"をテーマに会議を
会議のテーマは基本、「で(出来事)」「き(気持ち)」「こ(行動)」だが、特にオンラインの会議では効率重視となり「で・こ」に偏ってしまう。組織の一体感を出したい、心理的安全性を醸成したいと考えるなら、“気持ち”にテーマを絞った会議を。「最近どう?」「楽しく仕事してる?」と気持ちを聞くと、「新しい仕事が不安で……」とたいてい仕事の話になる。直接進捗や出来事を聞くよりも深い情報が詰まっていることも多い。
上司:最近どう?
部下:○○案件が大詰めです。
上司:楽しく仕事はできている?
部下:楽しくはないですね。
上司:その理由を教えて?
部下:新しい案件だからプレッシャーが常にあって。
上司:○○さんにアドバイスをもらったらどうかな。
4. 1日に5人ほめる
部下でも同僚でも、1日5人誰かをほめよう。人をほめる、励ます、応援するといった行為は、相手のモチベーションを高めるだけでなく、自分自身にもプラスのエネルギーを生む効果がある。行動は必ず自分に返ってくるのだ。「頑張ってるね」「素晴らしい」「よくやった」という一般的なほめ言葉以外にも、「君は流通業界のヒーローだ」「かがやいてるね」など、ほめ言葉のレパートリーを増やすと多彩な表現ができるようになる。
5. スキップ&ジャンプ
落ち込んだときややる気を出したいときは、ぜひスキップをしてみよう。自分がスキップをしている姿を想像しただけでも思わず笑えてくるのではないだろうか。「いやいやスキップはちょっと……」と思うなら、ジャンプがおすすめ。飛ぶ前の緊張感、飛び上がった時の不安が、無事に着地できた安心感から笑顔になれる。EQ開発は何より「楽しむ」ことが大事なのだ。
髙山 直氏
株式会社EQ取締役会長
1957年広島県生まれ。97年、株式会社イー・キュージャパンを設立し、日本で初のEQ事業をスタートさせる。2015年から現職。主な著書に『EQこころの鍛え方』「EQ「感じる力」の磨き方」(以上、東洋経済新報社)、『EQトレーニング』(日経文庫)などがある。