馬場一士
リー・ヘクト・ハリソン事業部 本部長
働く一人ひとりが自律性を求められる昨今、企業の組織や制度も見直すべき状況が一段と増している。
ニューノーマルの時代に、組織と個人の関係性はどう変わるべきか。自律的な働き方にとってジョブ型雇用への移行はどんな意義があるのか。ジョブ型雇用を機能させるために必要なポイントは何か。
「テレワークで求められる自律的な働き方とコミュニケーション」に続き、アデコグループで、人財育成・組織変革を展開するリー・ヘクト・ハリソン事業部 本部長の馬場一士が解説する。
自律的な働き方を推進していくためには、企業の組織風土や人事制度などの変革も鍵となる。「日本企業は、従来の『組織と個人の関係』自体を見直していくべき」という。
「両者の関係を『対等な契約関係』と捉える欧米社会に対し、日本では一種の主従関係のように捉えている面があります。働く側は、組織からの指示に忠実に従うことで報酬を得て、雇用も保証されるという、高度経済成長期に確立された従来の日本的雇用慣行の発想が根強い。おのずと『上司に言われたから』と、指示の範囲内だけで仕事をこなすスタンスに陥りがちで、自律的な働き方は育まれにくくなります。
本当に自律的な働き方を実現するのであれば、組織と個人が対等となり、共通のゴールに向かって協力していく関係性に変わっていく必要があります。個人と組織、それぞれが目指すゴールが一致すれば、自然と自律的に働いていけるはずです」
このような意識改革を促していくためにも、企業内の制度の見直しは重要だ。意識改革の突破口の1つになりそうなのが「ジョブ型雇用」の導入である。ジョブ型雇用とは、職務の内容を事前に明確に定義したうえで、それに合致した人と雇用契約を結ぶという雇用スタイルで、欧米企業において広く定着している。
現在の日本では、職務内容や勤務地を限定せず、転勤や配置転換によりさまざまな職種・職務を経験させる「メンバーシップ型雇用」が主流だ。新卒一括採用や年功序列、終身雇用を前提としており、人財の多様化が進むなかで以前から見直しが求められていた。
しかし、勤続年数や雇用形態ではなく、能力や貢献度に基づいた合理的な賃金・報酬体系を実現する「同一労働同一賃金」のためにも、ジョブ型に徐々にシフトしていくことは望ましい流れだと考えられる。とはいえ、長年、日本の雇用システムを支えてきたメンバーシップ型の見直しは、なかなか進んでこなかったのが実情だった。
今回のコロナ禍は、そうした状況を大きく変えることとなった。
「テレワークになったのに、職務範囲が不明確なメンバーシップ型のままでは、上司が部下をマネジメントしきれなくなっています。組織をしっかりと機能させ、企業が厳しい経営環境で生き残っていくためにも、個々の社員の自律性を促すような雇用スタイルに移行せざるを得ません。そういう危機意識から、ジョブ型にかじを切る企業が増えているのだと考えられます。今までとは企業の本気度が違いますし、結果として制度改革の踏み込み度なども違ってくるのではないでしょうか」
すでに大手企業を中心にジョブ型の導入は始まっているが、現状ではまだ一部だ。
実際にジョブ型を運用するためには、社内のあらゆる職務内容やそこで求められるスキルを「ジョブディスクリプション(職務記述書)」のかたちで明文化し、それを人事評価や報酬体系などの規定と結びつけていく必要がある。
「今のところ、多くの企業はこうした制度づくりに追われている状態だと思います。もちろんそれも重要ですが、自律性を高める雇用スタイルとしてうまく運用していくためには、管理職のスキルが欠かせないことを認識しておくべきです」
ジョブ型雇用では、一人ひとりの職務が明確になり、勤務年数などにかかわらず能力や成果によって高い報酬が期待できる。その半面、より専門性が求められるようになり、与えられた職務を全うするための自己研さんが常に必要になっていく。今まで自分のキャリア形成について会社任せだった社員たちが、このような変化に対応するのは容易ではない。
「ジョブ型雇用において自律的に働くとは、突き詰めると、1人ひとりが働く意味を自分自身で考え、キャリアの方向性を決めていくことです。でも今の日本では『あなたにとってこの会社で働く意味は何ですか?』『この会社でどんな目標を達成したいですか?』などと問われても、うまく答えられない人がおそらく大半です。
とはいえ、10年後はこれぐらいの給与が欲しいとか、将来的にはこんな分野で活躍したいとか、潜在的な夢やビジョンは必ずあるはずです。そこを掘り起こしてあげて、会社の目標と擦り合わせていく。これこそが今後の上司が最も求められるスキルだと私は考えています」
つまり自律性を促すようなジョブ型雇用が機能するには、社内で社員たちの役割が定義されたうえで、その達成を上司がいかにサポートしていくかが重要だということだ。どんなキャリアを目指すのか。そのためには社内にはどんなポジションや職務を経験する必要があるのか。足りないスキルは何か。定期的な話し合いの場を持ち、キャリアビジョンを共有していく。ジョブ型雇用で皆が自律的に働くと言っても、上司と部下とのコミュニケーション頻度は今まで以上に高める必要がある。
「今ほど人財育成スキルが求められている時代はありません。コーチングにしてもキャリア支援にしても、管理職が身につけるべきスキルは山ほどあります。ですから、企業側は人財育成のスキル教育のための投資をちゅうちょするべきではありません。テレワークとジョブ型雇用が当たり前になるニューノーマルの時代にどれだけ生産性を高められるかは、そこに大きく左右されると確信しています」
馬場一士
リー・ヘクト・ハリソン事業部 本部長