山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版社)など多数。
新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われた2020年は、まさに激動の一年となった。感染の収束にはまだ時間がかかるとみられ、2021年は当面、感染抑止と経済再開を両立させる「ウイズコロナ」の状態が続く。企業としては、ビジネスモデルと働き方の構造改革にいかに真剣に取り組み、新たな成長軌道を描けるかが問われることになる。2021年の日本と世界の経済展望、雇用情勢の見通し、政府や企業がとるべき方策、これからの働き方などについて、日本総合研究所の副理事長、山田久氏に聞いた。
2021年の日本と世界の経済展望とビジネスの行方
新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年の世界経済は未曾有の危機に見舞われた。感染防止策として、欧米主要国は同年3月から4月にかけて相次いでロックダウン(都市封鎖)や入国制限措置を導入。人やモノの移動が大幅に停滞し、経済に深刻な打撃を与えた。その後、感染抑止と経済再開の両立を模索する「ウイズコロナ」の段階に入ったものの、感染第2波・第3波もあり、経済活動は抑制状態が続いている。
「2020年春時点で各国の研究機関が発表した経済予測は、極めて悲観的なものでした。IMF(国際通貨基金)が4月に公表した『世界経済見通し』では、コロナ禍に見舞われた世界の現状と先行きを"グレート・ロックダウン"(The Great Lockdown)と表現し、大きな話題となりました。2008年のリーマンショックを上回る、1929年の世界恐慌以来の大規模な危機が到来すると警鐘を鳴らしたわけです。
しかし、引き続き予断は許さないものの、経済情勢については明るい兆しも徐々に見え始めています。少なくとも世界恐慌に匹敵するような危機に陥る懸念は薄らいでいます」
その大きな要因の一つとして、山田氏は、世界の製造業が比較的堅調に推移していることを挙げる。今回、ウイルス感染の最初の震源地となった中国には、各国製造業の生産拠点が集約しているため、当初はサプライチェーンが大きな打撃を受け、生産活動が一時停滞。その影響がグローバルに波及することが警戒された。
「しかしその後、中国政府が国家の威信を懸けて強硬な対策に取り組み、かなりの部分で感染の封じ込めに成功しました。その結果、中国では需要・供給両面で経済活動が正常化し、当初の予測以上のスピードで製造業が回復しました。
他方で、欧米主要国が大規模な財政出動を伴う経済対策を相次いで打ち出しました。日本の特別定額給付金に類するような家計支援策が各国で実施されましたが、ロックダウンで移動が厳しく制限されているので、旅行や外食などの娯楽消費には使えない。
その結果、自動車をはじめとする耐久消費財の販売が意外に伸びています。もちろん製造業を細かくみると業況に濃淡はありますが、これらの要因で製造業の落ち込みが総じて小幅に抑えられたことが、景気の下支えをしている面はあります」
一方、厳しい状況が続くのが外食・宿泊をはじめとした対面接客を中心とするサービス業である。
これらの業種への支援策が難しいのは、財政出動等によって需要底上げを図ると、人の移動や接触を促し、感染拡大を招いてしまう恐れがあることだ。10月以降に想定以上の急激な感染拡大が起こり、「Go Toトラベル事業」が年末年始に全国一斉停止を余儀なくされ、さらに2021年1月に再び緊急事態宣言が発令されたのは記憶に新しいところだ。
「医師や病床など医療資源には限りがありますから、医療崩壊を避けるためにはGoToトラベルの停止はやむを得ない措置と考えられます。感染拡大にある程度歯止めをかけるため、制限を継続せざるを得ず、当面春先ぐらいまでは厳しい状態が続くと予想されます」
次の大きな焦点は、ワクチンが国内においてどのように普及していくかだ。すでに海外では接種が始まっており、感染収束への期待が高まっている。
「先行する欧米諸国で2021年春頃までに免疫を持つ人がある程度増え、感染抑止の効果が出て経済活動が徐々に再開していけば、国内のマインドにも影響し、日本でも接種する人が増えていくでしょう。うまくいけば2021年後半には、先行きに明るさが出てきて、経済・社会環境も好転してくると予想できます」
もちろん、あらゆる経済活動がコロナ前の水準に戻るまでにはさらに時間を要する。日本総合研究所の試算では、経済の本格的な回復は2022年後半から2023年前半とみている。
「英エコノミスト誌は当面の経済状況を、"9割経済"という言葉で表現しています。実際、今後1年ほどは、経済活動は再開と抑制を繰り返しながら、コロナ前の9割~9割5分ぐらいの水準で推移していくと考えています」
コロナ禍が変えた働き方
コロナ禍は、働き方改革の柱の一つだったテレワークを一気に広げる契機になったほか、裁量労働制や副業・兼業、ジョブ型雇用などに対する注目度も高まった。今後、日本の働き方はどう変わっていくのだろうか。
そもそも前提として、日本は人口減少により働ける人財が限られてくる。今後は働き手それぞれが労働時間と生活時間を自分の意思で配分して、最も効率よく自分の能力を発揮できるような働き方をしていくことが、人口動態的にみても重要だと山田氏は言う。
「しかし日本の場合、働き方を個々の裁量に一気に任せてしまうと、自分で労働時間をうまくコントロールできない人が多く、オーバーワークになってしまう可能性が高い。そこで、まず労働時間を一定程度で抑えるプロセスが必要になります。働き方改革において、真っ先に労働時間の上限規制を導入したのもそのためでした。そのうえで、徐々に労働時間を自律的にコントロールすることに慣れていくのがよいと私も考えていました。
ところが今回のコロナ禍で、テレワークが一気に進んだ結果、そうしたプロセスを飛び越して、全員が自分の時間をコントロールせざるを得なくなってしまった。自律的に働く資質や習慣が身についていない人たちにとっては、これは非常に大きな出来事だったと思います」
しかし、こうした変化を一時的なものと捉えず、前向きに対応していくことが重要だと山田氏は強調する。
「コロナ禍が、日本の働き方に対してもたらした最も大きなインパクトは、『企業と個人の関係性や距離感を大きく変えはじめた』ということだと思います。毎日会社にいれば、心理的にも会社との関係性が強まり、コミットメントや帰属意識が高まりますが、テレワークではなかなかそうはいきません。あらかじめ職務範囲が決まっていないメンバーシップ型雇用は機能しにくいですから、今後は個々の働き手の職務の範囲や責任、ミッションを明確化したプロフェッショナル型雇用(ジョブ型雇用)が徐々に広がっていくことが予想されます。
さらに「副業・兼業」や、インターネットを通じて単発で仕事を請け負う「ギグワーカー」といったキーワードが注目されるのも自然な流れです」
企業側もこうした変化を前向きに捉えていく必要があると山田氏は話す。
「コロナ禍を契機にビジネスのデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速し、テレワークも含めた日常業務のデジタル化・オンライン化も不可避になっています。こうしたなか、既存事業の再編やビジネスモデルの転換にどんどん取り組んでいくためには、企業としても今までのように従業員と親密すぎる関係性を続けるより、やや距離感を保った新しい関係性を築くことが必要かもしれません。
歴史を遡ると、人類がパンデミックを経験するのは1918~20年に大流行したスペイン風邪以来で、文字通り『100年に一度』の出来事です。その意味で今回のコロナ禍も、時代が大きく変わる節目だと捉えるべきです。仮にパンデミックが終わっても、ビジネスの構造変化は止まらず、むしろ加速していくでしょう。
『日本的雇用の見直し』や『働き方改革』『キャリア自律』などは以前から語られていた言葉ですが、最近では働き方改革を飛び越えて『生き方改革』が語られるようになるなど、一段とリアリティが感じられるようになったはずです。企業も個人も、変化を前向きに捉え、新しい良い関係性を築いていってほしいと思います」
山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版社)など多数。