働き方 インタビュー・対談 不確実な未来に向け、自分をイノベートしていくセルフ・イノベーション 前刀禎明氏

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2021.04.08
不確実な未来に向け、自分をイノベート していくセルフ・イノベーション 前刀禎明氏

数々の大手企業を渡り歩いたのちに、アップル日本法人トップとして iPod mini を大ヒットさせた前刀禎明氏。しかし、前刀氏はそのポジションに安住することなく、さらに次のステップに軽やかに移っている。リセットとリスタートを繰り返す彼は、自ら唱える「セルフ・イノベーション」の最良の実践者であると言ってもいいだろう。
自分をイノベートするために必要なこととは何なのか。そして、それを実現するためのスキルとは──。
仕事と人生の達人である前刀氏に、これからの時代をよりよく働き、よりよく生きる方法を語っていただいた。

セルフ・イノベーションに重要なのは、ワクワクしながら学ぶということ

僕が「セルフ・イノベーション」という言葉を掲げるようになったのは、アップル日本法人の代表取締役を辞めて、自分の会社「リアルディア」を設立したときでした。僕が考える「セルフ・イノベーション」とは3つの要素で構成されます。固定観念から自分を解放する「Free Yourself」、自分の価値と個性を確立する「Create Yourself」、そして、自分を常に超え続ける「Exceed Yourself」です。

自分をイノベートし続けるために最も重要なのは「学ぶ力」です。単に学習するだけではありません。好奇心と想像力をもって、ワクワクしながら学ぶことができる力です。僕はそれを「ワンダー・ラーニング」と呼んでいます。

学びにおける最大の問題は、学ぶ側が教える側から「教わる」、つまり受け身になってしまうことです。受け身で学んだことはなかなか身につきません。しかし、自発的に問題を発見し、それを自分の力で解決していこうとする学びならば、その経験はすべて自分の血となり肉となります。何よりも学ぶという行為自体が大きな喜びとなります。それが、僕が言うワンダー・ラーニングです。

どのような学びにワクワクするかは人によって異なります。大切なのは自分の心の声に耳を傾けること。アップル創業者のスティーブ・ジョブズは「Follow Your Heart and Intuition」と言いました。自分の心と直観に従えということです。世の中の人が楽しいということではなく、自分が本当に楽しいと思えること。それがわからないと自分の心は喜んでくれません。だから「Free Yourself」、つまり固定観念からの解放が必要なのです。

「必要なスキル」に正解はない。大切なのは「何を生み出したか」

スキルに関する考え方も同様です。ビジネス雑誌やウェブサイトなどを見れば、ビジネスパーソンに必要とされるスキルが何かをいろいろな人が教えてくれます。しかし、例えば3 年前に言われていた必要なスキルと、コロナショック以降の必要なスキルは明らかに変わっています。おそらく、今後も変わっていくでしょう。

つまり、「必要なスキル」に対する正解はないということです。例えば、新しいことにチャレンジして成功した人のスキルを検証すると、意外と「え、そんなこと?」ということがよくあります。すごいスキルをもっていたからではなく、それを価値創造に結びけることができたから、その人は成功したのです。

そもそも、例えば共感力とか創造力とかコミュニケーション力といったスキルはスコアリングできるものではないし、身につけるための確かな方法があるわけでもありません。TOEIC の成績を上げるのとはわけが違うのです。その人のスキルは、「何を生み出したか」によって評価されるべきなのです。そして、成果を生み出すためにどのようなスキルを使ったかは、結局のところ、人それぞれなのです。

ですから、「世の中から必要とされるスキル」は当てにならないと考えて おくのがよいです。自分が本当にやりたいことがあって、そのために身につけなければならないことがあれば、それがその人にとって「必要なスキル」 となるのです。

リーダーに求められる「させない力」

必要なスキルが人それぞれであるとすれば、チーム内におけるスキルセッ トも多様であることになります。そして、それこそが本当のダイバーシティであると僕は考えています。違ったスキル、違った才能をもった人たちが集まって、それを上手に組み合わせることができれば、まったく新しい価値が生まれる可能性があります。英語ではそれを「Collective Creativity」と言ったりします。

例えば、アメリカのアニメーション製作会社ピクサー・アニメーション・スタジオは、Collective Creativityを生み出すためのいくつかのルールを定めています。1 つめは、「社内では誰とでも話ができる」というルールです。当たり前だろうと言う人もいるかもしれませんが、日本企業でこれをやろうとすると、たちまち部署間や立場の壁に阻まれてしまいます。

2つめのルールは「誰でも意見を言っていい」です。ピクサーでは、自分がまったく関わっていない作品にでも意見を述べることが奨励されています。それを越権行為と考える人はいません。なぜなら、多様な意見が集まれば、それだけ作品の質が高まるからです。

そして3 つめが、「先端技術を常にウォッチすること」です。映画づくりには時間がかかります。今は難しい表現でも、来年にはそれを実現できる技術が出てくるかもしれない。その可能性をみんなが常に念頭に置きながらイマジネーションを膨らませることによって、優れた作品が生まれるわけです。

では、Collective Creativity が生まれるチームに求められるリーダーのあり方とはどのようなものでしょうか。最も重要なのは「させない力」であると僕は考えています。僕たちはつい、「仕事をさせる」とか「楽しませる」とか「のびのびさせる」という言い方をしてしまいます。しかし、それでは仕事をしたり楽しんだりする人たちは、みんな受け身であることになってしまいます。

「仕事をさせる」のではなく、メンバーが主体的にいきいきと仕事を「する」環境をつくるのがリーダーの役割です。誰もが才能を自由に発揮できるように。自分の意志で行動できるように。自ら成長していけるように。

人は企業の枠を超えて成長していくもの

企業における人財の考え方も、今後は変わっていく必要があります。極端な言い方をすれば、「離職率を下げるために社員を引き留める」という発想はもうやめた方がいいと僕は思います。もし社員が新たなチャレンジをしたいと考え、会社を離れることを希望しているのであれば、喜んで送り出してあげる。そんな姿勢がこれからの企業には必要です。

もし、そのような方針を掲げて次々に優秀な人財を輩出していけば、会社の評判は間違いなく上がるでしょう。あの会社に入れば、成長や次のチャレンジを後押ししてくれる。そんな評価が高まって、才能ある人たちが集まってくるでしょう。離職者のネットワークのことを「アルムナイ」と言いますが、アルムナイがいろいろな形で企業活動を支えてくれるようにもなるでしょう。

人は企業の枠を超えて成長していくものである──。そう考えられる企業こそが、結果的には優れた人財を得られるようになるのです。

「想像する未来」は成長とともに変化していく

必要なスキルが人それぞれであるように、仕事や人生のビジョンも人それぞれです。また、そのビジョンを固定的に考えるべきではありません。なぜなら、今の自分が想像する未来と、数年後に今よりも成長した自分が想像する未来はおのずと異なるからです。成長に応じて見える未来は変わります。その変化の中でベストな選択をしていけばいい。そう僕は考えています。

人生とは「Connecting the Dots」、つまり「点のつながり」のようなものです。そのときにはわからなかったけれど、振り返ってみたらいろいろなことが確かにつながっている。それでいいのだと思います。もちろん、人生を計画することはいいことです。でも、人生は絶対に計画通りにはいきませ ん。計画通りにいかないことを面白がり楽しむことが、すなわち仕事や人生を楽しむことです。

僕もこれまで、リセットとリスタートを繰り返しながらここまで来ました。結果的に、楽しい人生と充実した仕事が実現しています。今年で63歳になりますが、僕は120 歳まで生きるつもりなので、まだ折り返し地点まで来たにすぎません。これからも好奇心をもって、どんどん新しいことにチャレンジしていきたい。そう思っています。

Profile

前刀禎明氏

前刀禎明氏
リアルディア代表取締役社長

ソニー、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー、AOLジャパンを経て、1999年にライブドアを創業。2004年、アップルコンピュータ(現アップル)米国本社マーケティング担当バイスプレジデント兼日本法人代表取締役に就任。「iPodmini」を大ヒットさせ、日本市場におけるアップルブランド復活の道筋をつくった。07年にリアルディアを設立し、ワークショップやアプリ開発などを幅広く手がけている。著書に『僕は、だれの真似もしない』(アスコム)などがある。