下山博志氏
株式会社人財ラボ 代表取締役社長
大手外食グローバル・チェーンで32年間勤務。企業内大学を含む全社の人財育成の責任者となり、教育工学に基づく教育戦略を実践。2004年に退社後、人財開発の総合プロデュースを行う株式会社人財ラボを創業。上場企業から中小企業まで、幅広く人事・教育に関する戦略を支援している。早稲田大学大学院技術経営学(MOT)修士。
コロナ禍により、急速にテレワークが浸透し、企業は今、社員の働き方や人事・評価制度の大きな変革を迫られている。
アフターコロナを見据えた新しい働き方、必要な人事戦略とはどういったものなのか。今までと何が変わるのか。
大企業から中小企業まで、幅広い組織の人事戦略コンサルティングを行う人財ラボの下山博志代表に聞いた。
新型コロナウイルス感染症の影響で、多くの企業で働き方が変わりつつある。最も大きな変化はテレワークの浸透だ。緊急対応として始まったテレワークだが、今後はニューノーマル時代の働き方として定着していくだろう。「新型コロナウイルス対策だからという前提ではなく、今後はアフターコロナを見据え、自社に合ったニューノーマルとは何かを考えていく必要がある」と下山氏は言う。
ニューノーマル時代の働き方のポイントは3つある。1つ目は、デジタルリテラシーの習得だ。デジタル環境は欠かせないものとなるため、進化するテクノロジーは、好むと好まざるとにかかわらず、トライしてみる姿勢が必要になる。2つ目は、「リスキル&アップスキル」の考え方だ。急激な環境の変化により、これまでのスキルが通用しなくなる可能性が高まった。例えば、字をきれいに書くスキルから、PCやスマホのキーボードを早く正確に打つスキルが必要になったように、時代の変化や技術の進歩によってスキルをアップデートしていく必要がある。同時に今持っている優位なスキルは、さらに卓越したスキルに伸ばすことができれば、差別化ができる。3つ目がバーチャル環境で働くというスキルだ。バーチャルな環境に上司や同僚がいたり、仕事をしたりすることが当たり前になる。
テレワーク下において、コミュニケーションのあり方も大きく変化している。画面越しのコミュニケーションが増えた今、部下の気持ちが読めない、働きぶりが見えづらいなどの課題を抱えているリーダーも多いだろう。
「テレワークでのマネジメントは、遠距離恋愛に似ているのではないかと思います。うまく関係が続いていく人たちに共通するポイントは、毎日欠かさず、『おはよう』『ただいま』など、こまめに連絡を取り合うことです。短くても頻繁に細かく連絡を取り合うことが、つながりを良好に保つことになるのです。これはテレワーク下でのチームのつながりを保つのに応用できると思います」
孤独に陥りやすいテレワークでも、上司から「おはよう」「調子はどう?」ときめ細かな声かけをしたり、ランチを取るタイミングを一緒にして、食べながらオンラインで雑談するなどのコミュニケーションの取り方が効果的だという。そうすれば、在宅でも会社や組織とつながっている感覚を持つことができる。
また、テレワーク下でも従業員がパフォーマンスを発揮し、成果を出す組織にしてくためには、「雇う側と働く側、双方の力が求められる」と下山氏は指摘する。まず、雇う側は社員の中でテレワークに向く人、向かない人を判別する必要がある。
「毎日家にこもって仕事をしていると気分がふさいでしまう人、あるいは家庭に小さな子どもがいて落ち着かない人など、テレワークに向いていない社員や環境が整っていない社員がいます。一方で、もともと人とのコミュニケーションがあまり得意ではなく、家で黙々と仕事に集中するほうが快適で生産性が上がるという人もいます。これらの特性を理解し、それぞれに合った労働環境をサポートすることが求められます」
一方、働く側は、自宅作業のなかで目に見える成果を出さなければならない。そのため、自分の強みは何か、自分を雇う価値がどこにあるのかを自覚し、能力をアピールする必要がある。
「誰も見ていないテレワーク環境でモチベーション高く仕事を続けることは容易とはいえません。まずは自分が一生懸命取り組める仕事は何なのか、モチベーションのスイッチを探してください。好きなことであれば、どんな環境でもモチベーション高く働くことができます。自分のモチベーションのスイッチを知るためにも、食わず嫌いをせず、少しでも面白そうだと思った仕事は挑戦してみるといいでしょう」(図1参照)
雇われる側の魅力作り (Employability) |
雇う側の魅力創り (Employmentability) |
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自分の強みや能力を第3者でも見えるように可視化
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新たな就労環境に向く人と向かない人を見極める(個別対応)
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今後、ニューノーマルな働き方として注目されるのが「チーミング」だ。(図2参照)
現状のビジネスモデルの中で「能力を発揮できているか・いないか」と「業務遂行のやり方や考え方が同じか・違うか」で、リーダーはマネジメントのアプローチを変える必要がある。
ある目的を達成するために、お互いによく知り合っている同士が一緒に働くだけではなく、多種多様な人財が一時的にチームを組み、目的を達成したら解散し、また次のチームで仕事をするという手法である。リーダーは、どのようなチームを作ればそれぞれの力を発揮できるのかを考え、チームのスタッフは自分の強みをアピールし、チームのなかで自分の得意分野で力を発揮していく必要がある。
「日本人は謙虚なので、あまり自分から能力を発信しません。しかしこれからは、一時的に集まったそれぞれのチームで自己の能力を開示していく力が求められます。ただ、当人だけで強みを見つけるのは難しいので、リーダーは部下の能力を発見したら、小さなことであっても褒めましょう」
ITの進化により、単純なルーティンワークが減り、複雑な業務が増えていく。そうなると、ひとりで仕事をするのではなく、いろいろな人の力を借りて仕事をするチーミングが効果的になるのだ。
最後に、下山氏は新しい時代の人事戦略のポイントに「個別の状況に対応したリーダーシップ」を挙げる。これは前述のテレワークの向き・不向きのように、社員の状況に合わせて個別に対応する方法で、「個別人事」ともいえる。
「生徒の習熟度に合わせて個別指導をする進学塾のように、企業も社員一人ひとりに即した個別対応が求められるでしょう。個々の社員の状況を細かく把握することは、現実的でないとされてきましたが、これからはAIなどの技術の進化により可能でしょう」
個別人事には、社員の状況を把握するためのパーソナルデータが必要だ。入社時の履歴書が最もわかりやすいパーソナルデータだが、入社後は同じ部署で机を並べて仕事ができていたために、それぞれの社員のパーソナルデータは暗黙知の部分が多くなっていく。
思考だけでなく、家族構成が仕事に与える影響、モチベーションなどを分析し、能力が不足している人には必要な教育を与え、モチベーションが低い人にはマインド形成のアプローチをする。こうしてそれぞれに合った対応をすることで、個の力を最大化できる。
「時代が大きく変革するタイミングですので、今までの常識を疑ってみることが大事です。これまでは難しかったことができるようになったり、不要だったものが必要になったりするでしょう。そのなかで、デジタルを活用しながら、社員一人ひとりの性格を含めた特性を把握し、強みに着目する。また、同じ能力、同じ思考ではなく多種多様な人財を取り入れたチーミングをする。これが、ニューノーマル時代に合った人事戦略といえます」
下山博志氏
株式会社人財ラボ 代表取締役社長
大手外食グローバル・チェーンで32年間勤務。企業内大学を含む全社の人財育成の責任者となり、教育工学に基づく教育戦略を実践。2004年に退社後、人財開発の総合プロデュースを行う株式会社人財ラボを創業。上場企業から中小企業まで、幅広く人事・教育に関する戦略を支援している。早稲田大学大学院技術経営学(MOT)修士。