栗原良太氏
株式会社ディーシェ 代表取締役
大手IT企業勤務を経て、IPイノベーションズの設立に参加。2018年より現職。LMSの導入を中心に企業の人材育成をテクノロジー面から支援。現在はLXPを軸とした新たな人材育成施策に取り組んでいる。
変化の激しい時代において、今使えるスキルが5年後、10年後も使えるとは限らない。ビジネスパーソンは常に学び続け、スキルをアップデートしていく必要がある。「アップスキリング」の考え方や具体的な手法について、AIを活用したアップスキリング プラットフォームを提供する株式会社ディーシェの栗原良太代表取締役に話を聞いた。
急速なITの進化や新型コロナの世界的な感染拡大など、世の中の変化のスピードは増す一方だ。今、個人が培ってきたスキルや技術、能力が活用できる年数はどんどん短くなっている。栗原良太氏はスキルをアップデートする必要性を次のように説明する。
「新卒一括採用で終身雇用が当たり前だった時代には、一つのスキルをじっくり身につけることで、長期間働くことができました。しかし、近年はテクノロジーの進歩も早く、必要なスキルも変化しています。そのため企業も個人も、時間をかけて一つのスキルを身につけるのではなく、常に新しいスキルを学び、アップデートしていくことが求められています」
とはいえ、日本企業の研修プログラムはまだ時代に合ったものに変わりきれていない点を栗原氏は指摘する。
「単に対面式の研修からオンラインに切り替えるといった方法論の話ではなく、人財育成に対する考え方を変える必要があります」
特に大手企業は、一括採用した新卒社員たちを同じ研修やスキル形成の枠組みのなかでこれまで育成してきた。
「スキルの耐用年数が長く、必要とされるスキルが多様化していない時代には、この方法が効果的だったと言えるでしょう。しかし今このやり方をしていると、一つのスキルをじっくり学んでいる間に環境が変わり、学び終える頃には違うスキルが必要になるという状況に陥ってしまいます。これからは多種多様なスキルが求められるため、さまざまな種類の学びの機会を提供していくことが重要です」
社員が幅広いスキルを身につけることで、人財が流出してしまうことを不安に感じる企業もあるかもしれないが、社員の成長は企業の成長にもつながることを栗原氏は説明する。
「独立起業したり、キャリアチェンジを考えたりする社員が出たとしても、今は多様な働き方ができる時代です。一度辞めた人が戻ってくることもあれば、子会社を立ち上げる、パートナーとして協業する、顧客になるなど、さまざまな可能性を秘めています」
企業側には、社員一人ひとりにパーソナライズした人財育成が求められる一方で、個人も自分自身がどんなスキルを習得し、どんなキャリアを積みたいのかをしっかり考え、学び続ける姿勢が必要になる。
ラーニングテクノロジーサービスを提供する米Degreed社が世界のビジネスパーソン5000人強を対象に実施したアンケート調査によると、人事部門に携わる社員が身につけたいと考えるスキルの第1位はITスキルだった。
さらにリーダーシップ、アントレプレナーシップといったスキルが上位に入った。この傾向は他部門でも大きな違いはなく、ITスキルは現代の社会人に必須のスキルと言える。そのほか問題解決の思考法「デザイン思考」などにも注目が集まっている。
「"ラーニングアジリティ"という言葉をよく耳にするようになりました。これは意欲が高く学び続けられる能力を指します。海外の企業では、今持っているスキルや知識よりも、自ら目標を設定し、新たな学びにチャレンジできるかどうかが、人財を採用する際の基準になりつつあります」
今、どれだけ優れたスキルを持っていても、5年後には想定していない新たなスキルが生まれる可能性がある。そのため、企業は学ぶ意欲や姿勢を重視するようになっているのだ。
企業はこれからどのように社員のアップスキリングに取り組んでいけばいいのか。Degreed社が提唱する「従業員をアップスキリングする7つのステップ」(図1)について、栗原氏に説明してもらった。
Step 1 | 未来のスキルを特定する |
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Step 2 | スキルを測定する |
Step 3 | アップスキリングの目標設定 |
Step 4 | 学習をスキルにマッピング |
Step 5 | アップスキリングの進捗を測定 |
Step 6 | スキルをオポチュニティにつなげる |
Step 7 | 成功結果を伝える |
企業は継続的に従業員のアップスキリングを行う必要があります。そしてアップスキリングは、あらゆる種類の学習に投資し、スキルギャップを特定して、解消し、従業員の雇用を守ることを意味します。
まず大事なのは、今後どのようにビジネスを展開していくのか、企業の方針を明確にすることだ。そのうえで社員に必要なスキルを定義していく。
「ここでのポイントは、あれもこれもと欲張らず、3~5つくらいのスキルに集中すること。また、ビジネス環境はどんどん変化するので、あまり長期的視野で考えずに、1~3年ほどのスパンで考えてみてください」
次に、今現在、社員たちが持っているスキルを測定する。
「ここでは、ステップ1で特定したスキルや、現在の業務に関係するものだけでなく、あらゆるスキルを洗い出します。社員は担当業務において必要とされるスキル以外も使っているはずです。自己申告をベースにしつつ、360度評価など市販のツールも使うといいでしょう」
スキルを測定できたら、個人ごとに目標を設定していく。
「必要なスキルを特定したからといって、それを社員に無理やり押し付けるのはNGです。会社が目指す目標と、個人の目標をうまく調整し、リンクさせることが重要です」
一人ひとりの目標とスキルレベルに合わせて、学びの場を整備する。
「スキルはすぐに身につくわけではありません。繰り返し学び、最新のスキルにアップデートしていく工夫が必要です。例えばですが、知識を詰め込むようなインプット目的の研修よりも、アウトプットを目的にした学習の機会のほうが身に付きやすいでしょう」
実施した学びについて、そのスキルが本当に身に付いたかどうか、成果を確認する。
「ステップ2で使った測定ツールで定期的に測定してみるのもいいでしょう。社員全体の中の自分の進捗が把握できることで、取り組む姿勢が変わることもあります」
マネジメント側は部下が学んだスキルを、実務に生かせる場を用意する。
「学んだスキルは実務で生かさなければ本当の意味で身に付きません。例えば、コミュニケーションスキルの知識を学ぶにしても、漫然と教材に目を通すのと、実際にオンライン会議で活用することを視野に入れて学ぶのでは、身に付き方も異なります」
実践したアップスキリングの成果は、社内はもちろん、社外にも発信することが重要だ。社外からの信頼につながるとともに、採用活動への効果も期待できる。
「求職者にとって、自分がこの会社に入ったらどのように成長していけるのかイメージしやすくなります」
この7つのステップが、基本的なアップスキリングのプロセスだ。
「ステップを進めていくうちに、当初設定したスキルとは違うスキルと出会うこともあります。これもアップスキリングの重要なポイントになります。一つのスキルを学ぶうちに、好奇心から新しいスキルに出会うこともあれば、目標とする人が学んでいるスキルに関心が高まることもあります。繰り返し学びながら、ぜひスキルの幅を広げていきましょう」
栗原良太氏
株式会社ディーシェ 代表取締役
大手IT企業勤務を経て、IPイノベーションズの設立に参加。2018年より現職。LMSの導入を中心に企業の人材育成をテクノロジー面から支援。現在はLXPを軸とした新たな人材育成施策に取り組んでいる。