入江仁之氏
アイ&カンパニー・ジャパン代表
経営コンサルタント 経済同友会会員
米国シスコ本社で戦略担当部門マネージングディレクターとしてエコシステムの構築をグローバルで指揮。ハーバード大学にて米国流の自ら考える教育を体験。外資系戦略コンサルティングファームの日本・アジア代表を歴任。OODAループやサプライチェーンをはじめ、全体最適・自律分散の先進的なモデルを提唱。ベストセラー「『すぐ決まる組織のつくり方』―OODAマネジメント」や「OODAループ思考」を上梓。
ビジネスそして人生を成功に導く思考法として、注目されている「OODA(ウーダ)ループ」。この思考法を活用すれば、リスキリングをより効果的に、スピード感を持って実行できるという。
シリコンバレーでOODAループを体験、この思考法を用いて日米企業のコンサルティングをしているアイ&カンパニーの入江仁之氏に解説を聞いた。
日米で多くの企業の戦略コンサルティングを行ってきた入江仁之氏は、「日本企業は今、危機的状況にある」と警鐘を鳴らす。
「シリコンバレーにおいて、収益性が高く急成長している企業と日本の大手企業を比較したときに、圧倒的な違いは考え方や意識だと気が付きました。
シリコンバレーのビジネスパーソンは、本気で世界を変えようと考え仕事に取り組んでいます。一方、日本人の多くは、どうすれば上司に気に入られるかと周囲の目を気にして働いています。こんな意識で、生産性が上がるはずがありません。事実、日本の労働生産性は先進国の中でもかなり低く、そのため給与も20年以上、低水準のまま上がっていません」
日本は20年以上賃金が上がらず、先進国の中でも貧しい国となっている。
購買力平価(USD PPP)換算の年間平均賃金
出典:2019年のOECD統計をもとにアイ&カンパニー作成
日本の労働生産性は低迷を続けている。自ら主体的に判断して動くのではなく、他人の評価を気にしながら働くというような、目的を見失った手段の思考に問題があると入江氏は指摘する。
日本は、1970年以来19位以下(1990年一人当たり労働生産性の15位を除く)、
韓国の時間当たり労働生産性は2018年のデータ 単位:購買力平価換算USドル
出典:2019年のOECD統計をもとにアイ&カンパニー作成
日本企業のマインドを変え、日本経済を復興させるためのツールとして、入江氏はシリコンバレーで多くの人が活用している「OODA(ウーダ)ループ」という思考法に注目した。
OODAループは、米空軍のジョン・ボイド大佐が提唱した思考法で、もともとは敵に先んじて確実に勝利するための基本理論として使われてきた。シリコンバレーのビジネスパーソンには兵役経験者も多く、ビジネスの現場でも活用されるようになっている。
OODAループは自律的、主体的に動くための思考法で、次の5つのステップが基本となる。
みる(見る、観る、視る、診る)知覚 | Observe |
---|---|
わかる(分かる、判る、解る)認知 | Orient |
きめる(決める、極める)判断 | Decide |
うごく(動く)実行 | Act |
みなおす(見直す)改善 | Loop |
OODAループは「みる」「わかる」「きめる」「うごく」「みなおす」の5つのステップを通して、最短で夢を実現するための思考法。子どもが最初に歩き始めるときはこの5つのOODAループを回すが、大人になると考えずに歩けるようになる。このように、習得できれば直観でOODAループを使えるようになる。一つの領域で身につけば、ほかの領域にも横展開していくことができる。
みる(Observe):神経を研ぎ澄まして「みる」ことが、OODAループのスタート。目に入ってくるものを「見る」のと同時に、意識して周りや相手の心などを捉える「観る」の意味が含まれている。
わかる(Orient):みたもの、気づいたことを、自分なりに理解して納得する。OODAループの中でも最も重要なプロセスだ。「〇〇はこういうことだ」と認識する行為は、その人の世界観に影響される。一人ひとりの世界観の違いが、行動や判断の違いに表れる。
きめる(Decide):みてわかったら、どんな行動をとるのかを決める。分析を重ねて慎重に決定するのではなく、可能な限り直観をもとに素早く判断する。
うごく(Act):決めたことを行動するだけでなく、成果が出るまでやり抜く。
みなおす(Loop):動いた結果を見直す。失敗した場合は、「わかる」ができていなかった可能性が高いので、また「みる」に戻ってやり直す。
「例えば、営業担当がこのOODAループを活用した場合、情報やデータで現れる前の段階の、相手の空気や雰囲気を観ます。それが観えれば、相手が本当に求めているものが分かり、期待以上の感動を瞬時に提供することができるのです」
最初は型通りに意識しながら訓練し、身につくと直観だけでこのプロセスを回せるようになるという。
ただし、この5つの型通りに実行すれば、OODAループが身につくと考えることは、大きな落とし穴だ。
「潜在意識やメンタルモデル、感情を含めた全体の思考法がOODAループなのです。自分は何のために、何を成し遂げたいのかという内発的動機付けがなければOODAループを身につけているとは言えません。この動機付けが、『わかる』のプロセスで重要となる、世界観ともつながります」
その世界観は、これまでに自分が培ってきた経験でしか養えない。
「上司の指示で動くのではなく、自分で決めて行動し失敗しなければ、経験は蓄積できません。みる、わかるのプロセスがうまくいったのか、いかなかったのか。この経験の積み重ねによって、世界観が堅牢になります。一つの領域でOODAループを使えるようになったら、別の領域にも横展開していけます。こうしてスキルの幅を広げていくことがリスキリングです」
また、OODAループを使うことでリスキリングをより速く実現できるようになると入江氏は指摘する。
「日本人のほとんどは、リスキリングそのものが目的になってしまっています。会社の命令だから英語を勉強する。そういう姿勢で始めても、テクニックは身につくかもしれません。しかし、何のためにそのスキルを身につけ、自分はどうなりたいのか、目的や夢に紐づいたリスキリングでなければ、途中で投げ出したり、なかなか身につかなかったりすることもあるでしょう。
目的・夢が定まれば、戦略が見えてきます。どの方法で英語を学ぶのが最適か、自分で決めて取り組む。その方法が違うと思ったらまた別の方法を試せばいい。最初の動機付けさえできていれば、『この程度やっていれば上司から怒られないだろう』といった気持ちは生まれませんし、夢を叶えるために最後までやり抜けるはずです」
入江氏が10年近くOODAループをトレーニングしている組織は、生産性が10倍以上になるなど劇的に変化しているという。
「自分で判断し行動する。そんな社員が増えれば、組織は必ず成長します。他人の評価のために行動することは、他人の人生を歩んでいるのと同じ。そうすると、他人が期待する自分像と、本来の自分像にギャップが生じます。そのギャップがメンタルのゆがみになり、心を病むことにもつながってしまうのです。自分の人生を生きるようになると、みんな目つきが変わり、生き生きと働くようになります」
入江仁之氏
アイ&カンパニー・ジャパン代表
経営コンサルタント 経済同友会会員
米国シスコ本社で戦略担当部門マネージングディレクターとしてエコシステムの構築をグローバルで指揮。ハーバード大学にて米国流の自ら考える教育を体験。外資系戦略コンサルティングファームの日本・アジア代表を歴任。OODAループやサプライチェーンをはじめ、全体最適・自律分散の先進的なモデルを提唱。ベストセラー「『すぐ決まる組織のつくり方』―OODAマネジメント」や「OODAループ思考」を上梓。