働き方 組織 仕事の未来 テレワークをベースとした柔軟性の高い働き方における法務・実務のポイント

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2021.07.29
テレワークをベースとした柔軟性の高い働き方における法務・実務のポイント

テレワークを導入し、働き手が能力を発揮しやすい環境を整えていくことは企業にとって重要だ。
しかしその一方で企業は、自宅やサテライトオフィス、コワーキングスペースなど、どんな場所であっても社員に対して適切な労務管理を行い、安心して働ける環境を提供する法的義務がある。
テレワークを中心とした柔軟性の高い働き方を本格的に定着させるために、法務・実務で対応すべきことやポイントについて、ファースト&タンデムスプリント法律事務所・代表弁護士の藤井総氏と、山梨大学生命環境学部地域社会システム学科教授の田中敦氏に聞いた。

社員との対話を経て理解と同意を得ることが大切

コロナ禍に伴い、日本でもテレワークが一気に普及したが、感染症対策のための一時的な措置で終わらせず、場所や時間に縛られない働き方として長く定着させていくためには、労働法制に従って、社内のルールをしっかりと整備していく必要がある。

「一番大切なのは、社員の同意を得ることです。テレワークの必要性を理解してもらい、納得感を持ってもらうことが、定着をスムーズにするための近道です。まず試験的に導入してみて、ルールが実態とずれていたり、漏れがあったりしたら、ルールを改定しながら、徐々に対象範囲を拡大していくとよいでしょう」(藤井氏)

テレワークの導入は社員にとって、勤務場所や労働時間といった労働条件の変更を意味する。企業は原則として、新たな労働条件やルールを明示し、社員の同意を得たうえで、就業規則などに盛り込んでいくことになる。

企業ごとに規定すべき主な項目は図1の通りだ。

図1就業規則で決めておくべき項目

①対象部署・対象者 全社員を対象とする、あるいは対象となる部署や社員を限定する、など。
②テレワークの利用単位・利用回数 終日取得か、あるいは半日・時間単位の取得か。「週に何回まで」といった利用制限の有無など。
③利用場所 社員の自宅のほか、会社が指定する場所など。
④利用申請手続き いつ、誰に、どのように申請するか。承認はどうするか(条件を満たせば承認、上司の面談により承認、など)。
⑤利用する際のルール 基本的な服務規律のほか、オフィス外からのアクセス制限、オフィス外への機器やデータの持ち出しの制限といった情報セキュリティに関する規定など。
⑥労働時間・勤怠管理 始業・終業時間、所定労働時間、業務開始・終了の報告方法など。
⑦機器の貸与や費用 パソコン、スマートフォンなどの貸与の有無、費用負担の取り決めなど。

これらのルールを策定したうえで、自社の就業規則に盛り込むか、就業規則内の「給与規程」「退職金規程」などに加えて新たに「テレワーク勤務規程」を追加することになる。

ワーケーションも想定したルールづくりのポイント

以上を踏まえたうえで、ルールづくりのポイントを藤井氏・田中氏に聞いた。

Point 1全社員対象が望ましい

これまでは育児・介護などの事情で働き方に制約がある社員のみにテレワークを認めるケースが多かったが、テレワークを本格的に定着させていくためには、できるかぎり対象となる社員を限定せず、全社的に導入するのが望ましいと考えられる。

「ただし、実際には職種や業務によってテレワークがしやすい人・しにくい人が出てきますし、全員がテレワークを望んでいるとは限りません。テレワークをしている人とそうでない人との間で摩擦が起こったり、働きやすさや評価に不公平感が出ないよう、事前に社員たちと話し合いの機会を持つとよいでしょう」(藤井氏)

Point 2場所の柔軟性を確保

企業側は社員に対し、就業場所に関する事項を明示することが義務づけられている。自宅のほか、「使用者が許可する場所」としてサテライトオフィスなど、テレワークを行う場所を明示する必要がある。例えば介護のため、社員が両親の住まいで勤務できるように規定することも可能だ。

「ワーケーションのように自由度の高い働き方を想定するなら、最初は場所を限定しておき、徐々に柔軟性を高くするのがよいでしょう。規定の仕方としては、コワーキングスペースなどテレワーク環境が整った場所を条件にする方法や、宿泊先、図書館、カフェ、新幹線車内なども許可することとし、具体的な許可基準(安全衛生、業務に集中できる環境、機密保持性など)を社内ガイドラインや説明資料として記載する方法があります」(田中氏)

Point 3労働時間管理は必須

テレワーク勤務でも、企業は適切な労務管理を行うために、オフィス勤務の場合と同様、始業・終業や労働時間を把握する義務がある。

「当然ながら、ICカードやタイムカードなど会社設備で管理する方法は使えなくなりますので、あらかじめどのような方法で記録するかを決めておきましょう。試験的にテレワークを導入する段階であれば、メールやチャットで上司に一言連絡する方法でも十分です。ただ最近は、インターネット上で始業・終業を記録できる勤怠管理ツールが比較的安価に提供されており、管理もしやすいのでおすすめです。

なお、育児や介護などで仕事を中断するケースを想定した運用ルールについても、社内でよく話し合って規定しておくことが必要です」(藤井氏)

Point 4法的義務はないが、費用は会社側が負担するのが合理的

あくまで法的な建前からいえば、在宅勤務によって発生する自宅での水道光熱費やインターネット通信費などについて、会社側が負担する義務はない。会社負担が必要となるのは、パソコンや周辺機器、アプリケーションについて、会社が指定するものを社員に購入してもらう場合のみだ。

「とはいえ、社員の生産性維持やセキュリティ確保を考えると、これらの費用は会社側が負担するほうが合理的です。例えば通信費を社員負担した場合、コストを抑えようと、サービス提供者が不明の無料Wi-Fiを使った結果、セキュリティトラブルが起きてしまうリスクが考えられます。

それよりは会社側が通信費を負担したり、モバイルWi-Fiルーターを提供するのがよいでしょう。パソコンやタブレットなども同様です。なお、水道光熱費のように個人用と業務用が切り分けにくいものは手当などの形で一部を会社が負担する方法もあります」(藤井氏)

藤井氏のIT活用ノウハウ。自身の業務を場面ごとに整理し、各場面でシンプルで使い勝手の良いITツールを活用することで、いつでもどこでも弁護士としての業務を遂行できる環境を構築している。

図2ITを活用して、働き方を変える―テレワークを中心とした柔軟性の高い働き方を実現するには、各種ITツールを導入し、業務効率化を図ることが重要

分類 課題 解決策 成果
コミュニケーション 事務所での面談や固定電話、事務所PCでのメールなどコミュニケーションが事務所ベースになったり、口頭ベースが多くなる クラウド型ビジネスチャットツールを活用 気軽に連絡ができる、アポがいらない、どこでも相談できる、話がわかりやすい、ドキュメントになる、グループで共有できる、ログが残る
書類管理 事務所の本棚かPCに保存して管理するので、事務所にいないとアクセスできないし、クライアントと共有しにくい クラウド型ストレージサービスを活用 いつでもどこでもセキュア書類にアクセスでき、クライアントと最新版を共有できる
スケジュール管理 事務所内のスケジュールソフトで管理するので、事務所にいないとスケジュールが確認できない クラウド型カレンダーツールを活用 いつでもどこでも最新版のスケジュールが確認できる
契約締結 紙の契約書で締結して管理するので、事務所にいないと締結も内容確認もできないし、保管が面倒 クラウド型契約締結システムを活用 いつでもどこでも契約が締結できて、クラウド上で契約書を管理できる
請求作業 Wordで請求書を作成、印刷、押印して郵送するので、事務所にいないと作業ができないし、ルーチン作業で非生産的 クラウド型請求書システムを活用 いつでもどこでも請求作業ができて、請求書自動作成機能によりルーチン作業を自動化
会計 事務所のPCにある会計ソフトを使うので、事務所にいないと作業ができないし、顧問税理士に相談、情報共有がしにくい クラウド型会計システムを活用 いつでもどこでも最新の会計情報が確認できるし、リアルタイムで顧問税理士に相談、情報共有ができる
人脈管理 名刺を保管し、年賀状などでつながりを維持するので、その人の最新の情報がわからないし、接触頻度が少ない SNSやクラウド型人脈管理ツールを活用 いつでもどこでもその人の最新情報がわかるし、SNSの投稿を通じて緩やかな接触が続く

Profile

藤井総氏

藤井総氏
ファースト&タンデムスプリント法律事務所代表弁護士

慶應義塾大学法学部卒業。IT関連企業を中心に、コーポレート、契約書・Webサービスの利用規約、労働問題、債権回収、知的財産、経済特別法、訴訟など、企業法務全般に対応している。業務はチャットを活用し、事務所は丸の内でありながら、全国の顧問先とリアルタイムでのやり取りを可能にしている。
コロナ禍以前は、世界中を旅しながらテレワークを実践しており、毎年100日以上を海外で過ごしながら、弁護士業務を遂行していた。「1カ月かけて世界を1周したときも、問題なく働けた」と語る。

コロナ禍以前は、世界中を旅しながらテレワークを実践しており、毎年100日以上を海外で過ごしながら、弁護士業務を遂行していた。「1カ月かけて世界を1周したときも、問題なく働けた」と語る。 コロナ禍以前は、世界中を旅しながらテレワークを実践しており、毎年100日以上を海外で過ごしながら、弁護士業務を遂行していた。「1カ月かけて世界を1周したときも、問題なく働けた」と語る。
田中敦氏

田中敦氏
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

JTBに入社後、米国本社企画部、欧州支配人室人事部や首都圏営業本部(総務・人事・労務担当)、本社経営改革部などを経て、2000年に社内ベンチャー制度を活用し、福利厚生アウトソーシング業である(株)JTBベネフィットを起業し30歳代で取締役に就任。その後、JTBグループ本社事業開発室長などを経て、2012年にJTB総合研究所に主席研究員として参画。2016年に山梨大学に観光政策科学特別コースが新設された際に転進。日本経済団体連合会起業創造委員会委員・座長などを歴任、ワーケーション政策を援検討する国土交通省観光庁「新たな旅のスタイルに関する検討員会」委員等歴任。
日本国際観光学会ワーケ―ション研究部会部会長。