コロナ禍に伴う働き方の変化が、働く私たちの内面性に及ぼした影響は大きい。
テレワークの普及により、社員間のコミュニケーション機会が不足しがちになり、組織や仕事に対する「エンゲージメント」が低下するという新たな課題が浮上している。
ニューノーマル時代のエンゲージメントの変化を、企業と個人はそれぞれどのように捉えるべきかについて、学習院大学経済学部教授、守島基博氏に聞いた。
コロナ禍を契機に、組織へのエンゲージメントが希薄化
人事や組織、マネジメント分野のキーワードとして「エンゲージメント」を重視する企業が日本でも増えている。英語のengagementは「約束」「契約」「婚約」などと訳される多義的な言葉で、エンゲージメントとは本来は人間同士の深い関係性や強い結びつきを意味する。1990年代頃から欧米企業において、人事・組織論の課題としてエンゲージメントが注目されるようになり、日本でも認知されるようになった。
「企業がエンゲージメントを重視するようになったのは、働き手にとってのエンゲージメントの対象が多様化していることが背景にあります」と、守島基博氏は話す。
働き手から見ると、エンゲージメントはその対象によって、図1のように、①組織へのエンゲージメント、②職務(ワーク)へのエンゲージメント、③ライフ(プライベートな生活時間)へのエンゲージメントの3つに大きく分けることができる。
図1
エンゲージメントの概念図
エンゲージメントの総量は人の生き方によって、大きくもなるし小さくもなる
企業にとって①組織へのエンゲージメントが重要であることはいうまでもない。組織に対する社員の愛着や帰属意識が強ければ、それだけマネジメントや人事管理がしやすくなるからだ。
「かつては働く側にとっても組織へのエンゲージメントの比重は大きかったはずです。しかし価値観やライフスタイルの多様化が進み、職務の専門性に対してエンゲージメントを持つ人もいれば、趣味や地域活動、あるいは子育てにエンゲージメントを持つ人もいる。重視するエンゲージメントの対象が『組織』以外のものに広がっており、コロナ禍に伴うテレワークの普及によって、この傾向が加速しています」
Adecco Groupが2021年8月に実施した『コロナ禍のエンゲージメント調査』によると、若い世代ほど組織に対するエンゲージメントが低い傾向が見られる。「会社・組織に貢献したいと思うか」との質問に対し「とてもそう思う」「ややそう思う」と答えた人の割合は、50代では69.3%であるのに対し20代では57.2%と、大きな差が出ている(図2参照)。
図2
年代別「この会社/組織に貢献したいと思う」意識
出典:Adecco Group『コロナ禍のエンゲージメント調査』(2021年8月実施)
(有効回答数:2000人/インターネットによる回答)
同様に会社・組織への帰属意識を尋ねた質問では、50代では51.5%、20代では41.0%だった。
テレワークが普及し、同じ職場に出勤して上司やチームメンバーと一緒に過ごす機会が減れば、多かれ少なかれ、①組織へのエンゲージメントが薄れてしまうのは当然ともいえる。さらに今後ジョブ型雇用が増えれば、AI人財のような専門技術職に限らず、多くのビジネスパーソンが②職務へのエンゲージメントを重視するようになるかもしれない。
そんななかで守島氏が懸念するのは、①組織へのエンゲージメントが希薄化し、かといって②職務へのエンゲージメントも高めることができず、消去法的に③ライフ(プライベートな生活時間)へのエンゲージメントを高める人が増えていくことだ。
「もちろんプライベートな生活は大切ですが、例えば『サーフィンこそが私の人生です!』などと断言できるような人、つまり③ライフへのエンゲージメントだけで幸福な人生を過ごせる人は、決して多くないでしょう。組織や職務といった仕事へのエンゲージメントを持てないのは、人生にとってあまり好ましい状態とはいえません。多くの人は複数のエンゲージメントを手にすることで幸福感を得られるからです。
一方で、与えられた仕事をこなすだけで働く意欲に乏しい、いわゆる『ぶら下がり社員』が増えることにもつながって、企業側としてもマネジメントが難しくなる可能性が高い。組織へのエンゲージメントが相対的に希薄化するなか、企業はこうした状況への対応を迫られることになるはずです」
パーパスへの共感を基軸にしたマネジメントが重要に
では、企業はどう対応していくべきだろうか。まずは企業として、社員のエンゲージメントをマネジメント上の重要な課題として認識することが第一歩だ。前述のように、価値観が多様化しテレワークが常態化するなかで、愛社精神や帰属意識といった意味での組織エンゲージメントが希薄化していくのは避けられない。その一方で、自分が何にエンゲージメントを持って働けばいいのかと、戸惑っている人は少なくない。社員が何らかのエンゲージメントを持って前向きに働けるよう、企業側が促していくことは必要だ。
「これまでの日本では、組織の論理を優先するマネジメントスタイルが主流で、個の考えや意見を尊重するマネジメントへの意識は希薄だったと思います。個の考えや意見を尊重するマネジメントへの意識は希薄だったと思います。個の自律性を高めていくようなマネジメントや人財育成は、一人ひとりが満足度高く働くためにも重要です」
また今後、企業のマネジメント上、重要なキーワードになりそうなのが「パーパス」だ。パーパスとは、企業が社会に対して果たしていくべき存在意義を意味する。自社のパーパスを明確化し、魅力的な言葉で発信して、社員からの共感を得ることができれば、組織に対する新たなエンゲージメントを醸成することができる。
「ミレニアルズやジェネレーションZと呼ばれる若い世代は、企業のパーパスに対して非常に敏感です。お金儲けではなく、何らかの社会的なミッションを達成していくことが企業の役割だと考える人たちが増えているからです。組織や職務に対してエンゲージメントを持ってもらうためにも、パーパスへの共感をベースにしたマネジメントスタイルを取り入れていくべきです」
AI人財のように、ジョブに対するエンゲージメントが高い専門技術職をマネジメントする上でも、パーパスは重要だと守島氏は話す。
「報酬の高さだけで専門技術人財を獲得しようとすれば、企業側は報酬の価格競争に陥ってしまう。しかし一方で、彼らはパーパスへの共感を重視する傾向も強い。彼らに前向きに働き、能力を発揮してもらう意味でも、パーパスをベースにしたエンゲージメント・マネジメントは有効です」
最後に、働く個人はエンゲージメントをどう捉えるべきか、守島氏にアドバイスを聞いた。
「組織、職務、生活。図1のどのタイプでもいいので、何かにエンゲージメントを持ってほしい。それがないと人生が退屈で、ただ時間が過ぎていくことになってしまいますから。ただ前述のように、ライフへのエンゲージメントだけで生きていくのは現実的には難しく、できれば組織や職務といった仕事に対してもエンゲージメントを持つことが望ましいです。
言い換えれば、何に対してパッションを感じて働くことができるのかを自分なりに明確にすることが必要です。そのためには、主体的に考えて行動する自律型の思考法を身に付けることが大切。日本ではこれまで、自分のキャリアについて企業・組織に任せがちな人が多かった。コロナ禍を機にその姿勢をぜひ見直してほしいと思います」
Profile
守島基博氏
学習院大学 経済学部教授
一橋大学 名誉教授
慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。
カナダ・サイモン・フレーザー大学経営学部助教授、90年慶應義塾大学総合政策学部助教授。98年同大学大学院経営管理研究科助教授・教授を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科教授、17年より現職。人材マネジメント研究の第一人者。20年より一橋大学名誉教授。
主な著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『21世紀の“戦略型”人事部』『人事と法の対話』など。