- やることだけが目的になっている従業員調査
- 社員の状況を把握するために各種サーベイは活用できるが、サーベイをとること自体が目的になっている企業も少なくない。目的はあくまでも、結果を分析し、組織改善に生かすこと。戦略的に施策を実行できる人事機能が求められる。また、サーベイでは匿名性の担保など、回答の安全性も重要になる。
コロナ禍を契機に、組織のあり方は大きく変化した。テレワークが進み、従業員が自宅で個別に働く環境において、組織の求心力の低下に悩む企業も多い。
アフターコロナに対応していくために、企業は従業員とどう向き合えばいいのか。産業医として多くの企業の悩みを解決してきた、株式会社エリクシア代表の上村紀夫氏に話を聞いた。
長期化するコロナ禍で、多くの企業が働き方の配慮に頭を悩ませている。産業医の上村紀夫氏は「今はまだウィズコロナの段階。ここで大きな対策を打つべきではない」と指摘する。
「コロナ禍以降、本当に人々の労働に対する価値観が変化したのか、現時点ではわかりません。その状況で、働き方の施策を大きく変えてしまうのは危険です。米国の企業がテレワークから週3日勤務に戻したところ、社員が猛反発したという事例があります。コロナ前は週5日勤務していたわけですが、一度慣れてしまった環境を変えるのは容易ではありません。そのため、今は緊急対応の施策で耐えながら、新しい施策の本格導入には慎重になったほうがいいと思います」
テレワークで従業員の働き方が見えづらくなっている今、経営者やマネージャーがまず意識すべきことは、今まで以上に従業員や部下に対して「関心を持つこと」だと上村氏は言う。
「時代によって従業員が仕事に求める価値観は変化します。従業員の気持ちを正確にくみ取れなければ、企業は的外れな施策をとることになります」
テレワークを導入している組織が悩むのが、在宅で働く従業員たちの求心力を高める方法だ。エンゲージメントの高い組織をつくるにはどうすればいいのだろうか。上村氏によると、「心身コンディション」「働きやすさ」「働きがい」の3つの要素がポイントになるという。従業員の不満や意欲の低下などのマイナス感情はこれらの3要素から発生するからだ。従業員のエンゲージメントが高い組織とは、3要素のバランスが保たれている状態だという。
上村氏は3要素をピラミッドに例えて説明する(図1参照)。
組織活性のためには「心身コンディション」「働きやすさ」「働きがい」のバランスが重要である。コロナ禍で個人の仕事が見えづらくなったために、「働きやすさ」に施策が集中する傾向がある。中太りしてしまうと、働きがいが削がれたり、ストレスが増したりするため注意が必要だ。
出典:エリクシア
まず、最下段が「心身コンディション」で、住宅でいう基礎の部分だ。この土台がしっかりしていなければ、どんなに立派な外壁を建てても建物は揺らいでしまう。
「心身状態を従業員個人の健康問題と考えず、会社がきちんと把握し、早めにケアすることが重要です。『ストレスチェック』などは、匿名性も担保されており、サーベイとして有効だと思います。勤怠が乱れがちなど、表に出てきた時点ではもう手遅れの場合が多いのです」
2段目が「働きやすさ」だ。コロナ禍において、ここに重点を置く企業が多いことに上村氏は警鐘を鳴らす。
「目が届かないからこそ、働きやすさの施策に振り切りがちなのかもしれませんが、過度な働きやすさは、いつしか当たり前になってしまい、バランスが崩れ、“中太り”している企業が目立ちます」
例えば、部下が在宅でも働きやすいようにと上司と部下の1on1ミーティングを増やし、コミュニケーションを強化している企業も多いが、これも要注意だという。
「リアルな場で実施していた1on1ミーティングと同じものをオンラインで続け、さらに強化するのは危険です。テレワークをしている従業員は自宅で“個”の環境にいます。そこで例えば、週末の予定を聞くと、対面で気軽に聞いていたときとはまったく違う響き方になります。急にプライベートな領域に踏み込まれた気がしてしまうんですね。これをストレスに感じている若手社員が増えています。
さらに、上司が業務を細かく指示する“マイクロマネジメント”が加速するケースもあります。それで働きやすくなる部下ももちろんいますが、行きすぎると働きがいを削いでしまうことにつながります」
そこで3段目の「働きがい」とのバランスが大事になってくる。働きがいとは、自分の能力、強みを生かすこと、評価され自分の成長を感じられること、あるいは仲間たちとつながることで満たされる。
これらの3要素が偏っていては組織のエンゲージメントは高くならない。相互に影響し合うからこそバランスを保つことが重要だ。
組織活性ピラミッドのバランスが崩れると、従業員が心身の健康を壊したり、モチベーションが低下したりして、結果的に離職を招いてしまう。経営者は当然、人財流出を防ぎたいと考えるが、上村氏は「すべての離職が悪ではない」と明言する。
「これまでは、心身コンディションを壊したり、働きやすさに不満を感じたりして離職する“消極的離職”が多かったのですが、これからはより成長したい、さまざまな経験をしたいと考える“積極的離職”が増えていくと考えられます。外の世界で経験を積み、成長した社員が戻ってきて会社にいい影響をもたらすといった“アルムナイ”の事例も増えています。また、企業が社員を囲い込むことができなくなっている一方で、成長した元社員たちと、雇用関係以外の方法でつながる選択肢も増えています。顧客として、協業パートナーとして一緒に仕事ができることもあるでしょう。離職を食い止めようと頑張りすぎると、“消極的定着” という、ぶら下がり社員を増やすことになります。そうなると、たとえ離職率が減っても、会社は成長しません。これは悲劇です。多様な働き方が進むなかで、今後、企業は“働く場”としてプラットフォーム化していくことが考えられます。そのため、入口の採用だけでなく、ぜひ“出口戦略”にも力を入れてください」
離職には「良い離職」と「悪い離職」がある。理由を分析して適切な手を打っていくことが重要だ。
最後に、従業員の状況を把握するために、今後は経営者と一般社員をコネクトする中間管理職の役割が重要になっていくだろうと上村氏は指摘する。
「今後、管理職のマネジメントはますます難しくなっていくでしょう。部下に関心を持つことは忘れず、マネジメントしすぎないことも重要です。上司から進んで報・連・相することを意識しつつ、あとは部下に任せて頑張りすぎないことを心がけてみてください」
上村紀夫氏
株式会社エリクシア 代表取締役
医師・産業医・経営学修士(MBA)
1976年、兵庫県生まれ。名古屋市立大学医学部卒業後、病院勤務を経て、2008年にロンドン大学ロンドンビジネススクールにてMBAを取得。
戦略系コンサルティングファームを経て、09年エリクシアを設立。「個人と組織のココロの見える化」に取り組み、企業の離職対策コンサルティングなども行う。著書に『組織と働き方を「変える・変えない・先延ばす」さて、どうする?』(クロスメディア・パブリッシング)がある。