島井哲志氏
関西福祉科学大学心理科学部教授
関西学院大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。
日本赤十字豊田看護大学教授などを経て現職。専門はポジティブ心理学、健康心理学・行動医学、公衆衛生学。ウェルビーイングを支援するポジティブ心理学的による介入を研究している。
『幸福(しあわせ)の構造』(有斐閣)、『ポジティブ心理学入門』(星和書店)など、著書・共著書多数。
不確実性の高い環境のなかでも、自分のポジティブな感情を大切にして、仕事や日常生活におけるエンゲージメントを維持していくにはどうしたらよいのか。
日本におけるポジティブ心理学研究の第一人者である関西福祉科学大学心理科学部教授の島井哲志氏に、自己理解を深め、自身の性格的な強みをウェルビーイングやエンゲージメントの向上につなげていくためのヒントを語っていただいた。
ポジティブ心理学とは、人間の幸せやウェルビーイング(持続的幸福)を科学的に研究する学問領域である。
不確実性の高い環境下でも前向きな気持ちで生きていくためのヒントとして、島井哲志氏が挙げる研究成果の一つが、人間一人ひとりが持つ「性格的な強み(キャラクター・ストレングス)」だ。米ミシガン大学心理学部教授のクリストファー・ピーターソン氏らを中心に2000年代初頭に始まった研究プロジェクト(VIAプロジェクト)の結果、文化の違いを超えて人類に共通する「24の強み」が特定されたというもので、図1に示している。
ポジティブ心理学創始者の一人クリストファー・ピーターソン(米・ミシガン大学心理学部教授、ペンシルベニア大学心理学部客員教授)が中心になって開発された「VIA-IS」という診断ツール。ポジティブ心理学は「よい生き方」を科学的に考える方法として注目を集めている。
ポジティブ心理学における「24の強み」の考え方と研究の経緯を、島井氏は次のように語る。
「ここで強みとして掲げられているのは、一般に『人徳』や『品性』などと呼ばれてきた要素です。かつての20世紀の心理学は科学的な研究を重視していたため、これらは個人的な価値観に基づくものとして研究対象から外してきた歴史がありました。
VIAプロジェクトは、ポジティブ心理学の研究者が『人徳』や『品性』に科学的に再注目する試みでした。人の性格的な特性を測定できる尺度を開発し、因子分析などの統計手法を用いることで、これらが人間の幸せやウェルビーイングと正の相関関係にあることを実証的に明らかにしています。それらを科学的に診断するツール(VIAIS)も開発されており、私たちが自己理解を深めるのに利用できるだけでなく、強みを伸ばしてウェルビーイングにつなげるための教育プログラムなどにも活用されています」
VIA-ISの最も代表的な活用法は、図2のようなチェックリストを用いて強みを自己評価するものだ。それによって、自分が高く評価した強みが分かる。一般に24項目のうち、3〜8つぐらいが評点上位の項目になるという。
人間には、人によって、さまざまな良いところ(強み)があります。強みの名称と説明文を読んで、
左の空欄に自分に当てはまる程度を7点満点で回答してください。全く当てはまらない:1点、非常によく当てはまる7点。
強み | 項目の説明 | 点数 |
---|---|---|
1 独創性 | わたしは、新しい見方や考え方を思いつき、独自の方法で解決につなげます | |
2 好奇心 | わたしは、新しいものが好きで、新しい人と出会ったり、新しい経験をしたいと思っています | |
3 判断力 | わたしは、ものごとをいろいろな側面から検討し、よく吟味した根拠をもって結論を下します | |
4 向学心 | わたしは、自分の知識や経験を深めたいと考えて、新しいことを学ぼうと熱心に努力します | |
5 見通し | わたしは、ものごとのの流れや大筋をよくとらえていて、他の人から相談されることも多いです | |
6 勇気 | わたしは、さまざまな困難を真正面からとらえ、怖がったりしりごみしないで挑戦します | |
7 勤勉性 | わたしは、障害があったとしても、やり始めたことを完成するまでやり続けることができます | |
8 正直 | わたしは、まじめで信頼されており、どんなときにも嘘をつくことはありません | |
9 熱意 | わたしは、人生と日常生活に熱心で、いつも全力でエネルギッシュに活動します | |
10 親密性 | わたしは、温かくて他の人に寄り添うことのでき、他の人からも好かれています | |
11 親切心 | わたしは、他の人の面倒をみてあげて、何かしてあげたいという気持ちに満ち溢れています | |
12 社会的知能 | わたしは、その場の流れや人の気持ちによく気がつき、先回りして行動することができます | |
13 忠誠心 | わたしは、グループのメンバーと協力して、チームのために働き、積極的に責任を果たします | |
14 公平性 | わたしは、平等に機会があることが大切だと思い、みんなに同じように接します | |
15 リーダーシップ | わたしは、誰かに従うより、自分がリ-ダーとしてみんなのために働くのが得意です | |
16 寛容性 | わたしは、理不尽な扱いを受け流すことができ、他人の失敗を許すことができます | |
17 謙虚 | わたしは、自分の足りないところを認め、自分よりも他の人の成功を喜ぶほうです | |
18 思慮深さ | わたしは、あとで後悔しないように、慎重に計画し、十分に注意深く準備します | |
19 自己制御 | わたしは、とても自制心があり、自分の感情や行動をコントロールして、平静で落ち着いています | |
20 審美心 | わたしは、美しいものや素晴らしいものを見つけて、それに心打たれて感激することが多いです | |
21 感謝心 | わたしは、人生の良い出来事を当たり前とは思わず、ありがたく感じその気持ちを伝えます | |
22 希望 | わたしは、望みがかなうことを期待し、それを信じて楽しく励むことができます | |
23 ユーモア | わたしは、人を笑わせるのが好きで、落ち込んだ雰囲気をなごませて楽しくすることができます | |
24 精神性 | わたしは、人生には大切な意味があると信じており、それに従って行動します |
もしも、点数のほとんどが同じ(例えば満点)という人がいたら、世間と比べればその通りなのかもしれないが、自分の強みの発見につながらないので、自分の中のわずかな違いに注目して再度点数をつける。多くの人には、その人らしい強みが3~8つくらいあるといわれている。最高点のものが8つ以上ある場合は、絞り込んでみると分かりやすい。
出典:CST24 ©Satoshi Shimai 2018
「あくまで自己評価なので、想像もつかないような結果になることはありませんが、自分の特性を再認識する機会になり、自己理解が深まります。さらにピーターソン氏は、『今後1週間、上位項目のうちのどれか1つを常に意識しながら日常生活を送ってみてください』といった課題を与える実験を行っています。例えば『親切心』を生かしてみようと日常生活の中で心がけると、何らかの良い結果が得られたりする。そうして1週間を過ごすことで、その人のウェルビーイングが高まることが実証されています」
企業においても、社員一人ひとりが強みを理解し、それを生かしていくことは、ワーク・エンゲージメントやウェルビーイングを高めることにつながり、企業のパフォーマンスにも良い影響を与えると考えられる。
「例えば24の強みの中には、『好奇心』や『独創性』のように心の知的な働きにつながる強みが含まれています。イノベーションやクリエイティビティが求められるなか、企業としても社員のこうした強みを高めていくような研修やマネジメントスタイルを取り入れることは、今後重要なアプローチになるはずです」
また、強みを自己評価するだけでなく、その結果を互いに共有できるようなワークショップも、ウェルビーイングを高めるうえで有効だと島井氏は話す。強みの「多様性」に気づくことができるからだ。24の強みの上位項目は、人によってまさに千差万別で、重なることがほとんどないという。
「私たちは強みのチェックリストで自己評価をしてもらったうえで、自分の上位3項目の強みは何だったか、互いに発表してもらうワークショップを行っています。大学の講義などでもよく学生たちにやってもらうのですが、結果はみんなバラバラで、親しい友達同士でも上位3項目が全然違うケースが多いのですね。他者と発表し合うことで、自分の強みは人とは違うユニークでポジティブな要素なのだと捉えることができる。同時に、仲間たちも自分とは違うユニークな強みを持っているのだと知ることができます」
自分の強みを知るだけでなく、強みの多様性を理解することは、組織においてチームメンバーそれぞれの力を発揮してもらうためにも重要だ。管理職層が個にフォーカスしたマネジメントをするうえでも有効だろう。
今般のコロナ禍は、人々の内面性に大きな影響を及ぼしたと考えられる。
ポジティブ心理学の観点ではどう捉えられるのだろうか。
「まず前提として、コロナ禍でみな一様に心を病んでいるように思われがちですが、必ずしもそうではありません。私の周囲の学生たちを見ても、『ゲームをやる時間がたくさんできて楽しい』という学生もいっぱいいるんですね。そんななかで、もちろん精神的なダメージを受けている学生もいる。企業においても同様でしょう。多数の人たちを指導したりマネジメントしたりする立場であれば、そういう人にしっかりと目配りすることが大切だと思います」
コロナ禍の心理的影響を考えるうえで興味深い概念として、島井氏は「Mortality Salience(死の自覚)」というキーワードを挙げる。健康や生命を脅かす要因に直面し、死を意識することがもたらす心理的な現象のことだ。
「人の生死に直接触れた場合だけでなく、有名人が亡くなったニュースを見聞きすることで『自分や身近な人たちが死ぬかもしれない』という意識が高まります。自分の仕事や生活のあり方に対する意識も敏感になり、『今の仕事を続けていいのだろうか』などと人生を見直し始める人は少なくありません」
例えば、今まで会社だけに伸びていた興味のアンテナが、生きる意味や働く意味、家族など全方位に伸びることをイメージすると分かりやすい。その自分を振り返る機会を前向きなチャンスと捉えることができれば、何かを選択したり決断する際のアクションには価値が生まれる。仕事の価値を高めることにもつながるのではないだろうか。
Mortality Salienceがもたらすもう一つの現象として、『身近な人を大切にしたいと強く思うようになる』ことが挙げられるという。
「これが強まると、自分との関係性の薄い人々を排除する傾向に繋がる場合があります。米国などで大きな問題になっている“ヘイト”のような意識も、仲間を大切にする思いの裏返しとして出てしまうわけです。これは特定の人だけに起こるのではなく、誰でも起こりうるものです。ですから遠い国の問題だと捉えるのでなくて、私たちの中にもそういう因子があるのではないかと意識しておく方がいいでしょう。そのうえで、自分の身近な人をどう大切にするかという方向に生かしていくことが大事だと私は考えています。企業においては、マネジメントする立場の方たちは、自分にそういう傾向があると自覚することは重要だと思います」
最後に島井氏に、ニューノーマル時代を前向きに乗り越えていくためのアドバイスを聞いた。
「ポジティブ心理学の立場から企業に提案したいのは、ポジティブな感情を大切にすることです。コロナ禍でネガティブなニュースや発言に触れる機会が増え、社会全体に“ うつ” のような心理的傾向が広がっています。だからこそ、ポジティブな感情が大切だということを、企業がもっと発信してもいいのではないでしょうか。これは、人々がクリエイティブに働くための条件としても重要です」
例えばポジティブな感情を生み出す身近な方法として、共食(一緒に食事をすること)が大きな意義を持つことは以前から知られている。オンラインランチのように、テレワーク環境のなかでもポジティブな感情を共有できる方法はたくさんあるはずで、それを企業の課題としてもっと積極的に取り組むべきだと島井氏は話す。
「また働く個人の方々へのアドバイスとしては、ポジティブな感情への切り替えができるような自分なりのツールを持っておくこと。負の感情をポジティブな感情に置き換えるような行動のレパートリーを増やしていくことは、うつ病などへの療法にも使われています。例えば私自身は、携帯電話の待ち受け画面を孫の写真にしているのですが、そういう小さなことでも良いので、良い記憶やポジティブな感情を呼び起こす具体的な手段をしっかりと持っておき、日ごろから気持ちの切り替えのトレーニングを積んでおくことが大切だと思います」
島井哲志氏
関西福祉科学大学心理科学部教授
関西学院大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。
日本赤十字豊田看護大学教授などを経て現職。専門はポジティブ心理学、健康心理学・行動医学、公衆衛生学。ウェルビーイングを支援するポジティブ心理学的による介入を研究している。
『幸福(しあわせ)の構造』(有斐閣)、『ポジティブ心理学入門』(星和書店)など、著書・共著書多数。