従業員がモチベーションを保ち、職場でパフォーマンスを発揮していくために、そしてさらに従業員のエンゲージメントを高めるにはどのような方法があるのだろうか。
その考え方とポイントについて、ワーク(従業員)・エンゲージメントの枠を超えて人生全体のライフ・エンゲージメントの向上のために活動する一般社団法人日本エンゲージメント協会の代表理事、佐々木拓哉氏に話を聞いた。
レジリエンスを起点にワーク・エンゲージメントの向上を図る
「エンゲージメント」と密接な関係にある心理学上の概念に、「レジリエンス」がある。レジリエンスとは、予期せぬ困難や強いストレスに直面したとき、それを柔軟に乗り越えていく精神的な回復力や心理的プロセスを指す言葉だ。働き手のメンタル不調を防ぎ、職場でのパフォーマンスを高めていく狙いなどから、2010年代以降に欧米企業を中心に注目されるようになった。一般社団法人日本エンゲージメント協会代表理事の佐々木拓哉氏によれば、心理学の領域ではレジリエンスについてすでに約50年もの研究の歴史があるという。
「エンゲージメントとの関係でいえば、働く個人や職場環境に『レジリエンス資源』と呼ばれる要素が豊富であればあるほど、ワーク・エンゲージメントが高くなること、それにより企業のパフォーマンスが向上し、働き手のウェルビーイングにもつながることが、実証研究によって明らかになっています。
当協会ではワーク・エンゲージメントだけでなく、個人としての成長や社会への貢献なども含めた人生全体へのエンゲージメント(ライフ・エンゲージメント)の向上を目指しています(図1参照)。多くの人々は人生の大半を仕事の時間として費やすので、やはりワーク・エンゲージメントは重要です。
図1
ライフ・エンゲージメント
職場での生産性にフォーカスした |
ワーク・エンゲージメント |
自分自身の人としての成長にフォーカスした |
セルフ・エンゲージメント |
社会との関わり、社会貢献にフォーカスした |
ソーシャル・エンゲージメント |
日本エンゲージメント協会では、仕事上のエンゲージメントだけにフォーカスするのではなく、仕事と同時に各個人の人生にフォーカスしてライフ・エンゲージメントを高めることを提唱している。
そこで、個人と組織のレジリエンス資源に働きかけて、ワーク・エンゲージメントの向上につなげるようなコンサルティングを実践しています」
ワーク・エンゲージメント向上を図るための有効な考え方として佐々木氏が挙げるのが、POP(Positive Organisational Profile)と呼ばれるモデルだ。欧州のポジティブ心理学研究の第一人者、イローナ・ボニウェル氏が提唱するもので、図2に示したようにレジリエンスを左右する計18の要素(レジリエンス資源)が掲げられている。
図2エンゲージメントを高める(POP Positive Organisational Profile )モデル
組織のレジリエンス資源
- 1 給料・福利厚生
- 2 職場に対して信頼感を感じる環境
- 3 上司のサポート
- 4 リーダーシップ
- 5 働く環境
- 6 組織が掲げるミッション、パーパス
職務経験
- 7 自律的に働けているか
- 8 自分の強みを生かせているか
- 9 単一の仕事でなくバラエティに富んだ仕事ができているか
- 10 役割や権限が明確か
- 11 人間関係
- 12 仕事への意義
個人のレジリエンス資源
- 13 心理的資本、エナジーキャピタル
- 14 ポジティブマインド
- 15 認知の柔軟性
- 16 感情への俊敏性
- 17 時間活用能力
- 18 人生の意義・意味
出典:イローナ・ボニウェル氏のエンゲージメントを高めるPOP(Positive Organisational Profile)モデルを基に作成
例えば13から18は「個人の持つレジリエンス資源」に当たるもので、「13:心理的資本(脳が活性化し元気な状態にあるか)」「15:認知の柔軟性(柔軟なものの見方ができるか)」「16:感情への俊敏性(自分の感情の変化を瞬時に認識して対応できるか)」などがある。
これらの要素を高めることで、ワーク・エンゲージメントやウェルビーイングを向上させ、企業全体の持続的なパフォーマンスにつなげていくのが、POPモデルの基本的な考え方だ。
「実際には、このフレームワークを使って組織のレジリエンスがどんな状態なのかをアセスメントし、弱い要素があればそこを強化するような研修やワークショップを実施しています」
「POPモデル」に学ぶワーク・エンゲージメント向上のヒント
では、レジリエンス資源を充実させ、ワーク・エンゲージメント向上を図るために、企業はどのようなことに取り組めばよいのか。佐々木氏のアドバイスを基に主なポイントを紹介する。
1社員のフィジカル面に、積極的に介入する
最もシンプルで、内面性にも直結しやすい方法の一つが、社員の身体的な運動を促すことだ。健康につながるだけでなく、ストレスや不安を軽減し、脳を活性化し、心理的な幸福感を高めることが期待できる。以前から知られていたことだが、コロナ禍でテレワークが定着したことから、「企業側がより積極的に社員の運動状態をケアすべき時代になっている」と佐々木氏は指摘する。
「これまでは、毎日出勤するだけでも最低限の運動になっていたわけですが、『テレワークに移行してからほとんど身体を動かさなくなった』という人が少なくありません。運動不足は、身体的な健康状態だけでなく『13:心理的資本』にも負の影響を与え、ワーク・エンゲージメントの低下を促します。企業側は今まで以上に社員に日常的な運動を推進すべきです。密にならない範囲で、社員たちが一緒に運動する機会をつくるのもいいですね。
ユニークな例としては、在宅勤務している社員に対し、昇降機付きデスクを支給したという企業もあります。企業側が社員の心身の健康に配慮しているというメッセージを伝えること自体、ワーク・エンゲージメントを高めることにもなります」
2タイムマネジメントのスキル向上を支援する
「17:時間活用能力」は、重要なビジネススキルであると同時に、レジリエンスを左右する資源としても大切だ。
テレワークが進んだことで、これまで以上に社員一人ひとりが勤務時間を自律的にマネジメントすることが求められている。慣れないデジタルツールの活用に苦心している人も多い。しかし、これまで多くの企業は、時間の管理を個人の裁量に任せがちで、きめ細かく指導してこなかった。
「改めて企業側がデジタルツールの効果的・効率的な使い方を指導するとともに、タイムマネジメントのスキルを身に付けてもらう研修を取り入れるとよいでしょう」
3感情に寄り添ったコミュニケーションを意識する
職場で直接顔を合わせる機会が減ったことから、オンラインでの1on1ミーティングを増やしている企業は多い。この際に重要なのは、部下の「感情」に寄り添ったコミュニケーションを意識することだという。
「一般にビジネスコミュニケーションでは、個人的な感情は軽視されがちです。しかし『15:認知の柔軟性』や『16:感情への俊敏性』などのレジリエンス資源を高める意味では、むしろできるだけ感情にフォーカスすべきです。『最近、どんな気分になることが多い?』などと投げかけ、感情を表に出して会話してみてはいかがでしょうか」
コロナ禍という社会情勢のなかで、漠然と不安感を感じている人は多い。
管理職は、コーチングを通じて部下の問題解決を支援するのと同様に、部下が不安を感じている要因を一緒に考えたり、それを取り除くためのヒントを探したりしていくとよいと佐々木氏は話す。
「心理学的には『自分は今、不安という感情を感じている』と自覚できるだけで、気持ちを落ち着かせる効果があります。そのためにも、管理職の方々には、ぜひ部下の感情に寄り添ってほしいと思います」
4遊びの要素を取り入れたコミュニケーション機会が重要
組織内のコミュニケーション機会が減っていることは、「2:職場への信頼感」を弱め、エンゲージメントの低下をもたらす大きな要因となっている。企業が新たなコミュニケーションの場づくりに取り組む際は、「仕事の枠を超えた“遊び”の要素を取り入れてほしい」と佐々木氏は強調する。雑談をはじめ、仕事とは直接関係ない対話にあえて時間をとることで信頼感が醸成され、関係の質が高まっていくからだ。結果としてよりレジリエンスが強く、エンゲージメントの高い組織がつくられていく。
従来であれば、チームメンバーと一緒に食事したりスポーツしたりするなど、気軽なコミュニケーション機会をつくることが簡単にできた。それがコロナ禍で難しくなっているが、工夫の余地はいろいろあると佐々木氏は指摘する。
「最近は、同じ時間帯にパソコン画面を通じて会話しながら一緒に食事する『オンラインランチ会』を行う企業が増えています。新人社員が交流を深める場として『オンライン運動会』を実施している企業もあります。例えば、自宅にあるもので借り物競争をするわけです。新人社員に限らず、もっと幅広い世代で実施してもコミュニケーション促進に効果的です」
コロナ禍は、仕事の新たな価値を見いだすチャンス
最後に、働く個人はワーク・エンゲージメントに対してどういう意識を持つべきか、佐々木氏に聞いた。
「その仕事に対し、自分らしさを取り入れることを考えてみてほしい。そのためには、自分が何のために働いているか、仕事の意味づけを定期的に行っていく必要があります。それがワーク・エンゲージメントだけでなく、ライフ・エンゲージメント全体を高めることにもつながるのです」
具体的な方法として、佐々木氏は「ジョブ・クラフティング」を挙げる(図3参照)。主体的にやり甲斐を持って働けるよう、仕事の意味を再定義したり、仕事の仕方を自分なりにデザインしたりすることを指す。
図3ジョブ・クラフティングの進め方
-
1
仕事の意義を
広げる
認知
(役割)
-
2
仕事のやり方や
範囲を見直す
タスク
(業務)
-
3
交流の質や量を
見直す
人間関係
with/after コロナに向けて実施する
出典:ヒューマンブリッジのセミナー資料を基に作成
ジョブ・クラフティングを活用した例として、東京ディズニーリゾートの清掃スタッフ「カストーディアルキャスト」の取り組みがよく知られている。かつて、この職務で離職が目立ったことから、やり甲斐を持って働いてもらえるよう、スタッフを集めて仕事の価値を改めてディスカッションするワークショップを実施。その結果、自分たちは単なる清掃要員ではなく、お客様をもてなすキャストであるという新たな認識を共有することができた。それにより、来場者に対し積極的に写真撮影や道案内をしたり、ほうきでディズニーキャラクターの絵を描いて喜ばせたりするなど、魅力的な活動がスタッフの主導で生まれていったのだ。
「ジョブ・クラフティングのワークショップでは、仕事の内容のほか、熱意や喜びを感じるのはどんな瞬間か、強みが生かせるのはどこか、などをどんどん付箋に書いて仕事の特徴を洗い出し、それを見ながら自分なりに仕事の意義をデザインし直してみるのです。
これにより、仕事に対する前向きなエネルギーが自然と生まれてきます」
コロナ禍を契機に、われわれの働き方は大きく変わった。今までの自分の仕事に対する考え方や価値観が揺らぎ、思い悩んでいる人も多いことだろう。
「少しでも自分らしく働くために、仕事に新しい意義を見いだし、仕事のやり方を工夫していくことは、特に重要になっています。自分なりのやり方でも構わないので、ぜひジョブ・クラフティングに取り組んでみてほしいと思います」
Profile
佐々木拓哉氏
一般社団法人日本エンゲージメント協会 代表理事
株式会社ヒューマンブリッジ代表取締役、一般社団法人日本エンゲージメント協会代表理事、米Gallup認定ストレングスコーチ、組織レジリエンス認定トレーナー、ポジティブ心理学プラクティショナー。経営・人事コンサルティングの上場会社にて、顧客企業のコンサルティングを担当、人事戦略コンサルティング、組織開発・研修会社にて、顧客企業のコンサルティングや営業基盤構築プロジェクトを主導、2009年に株式会社ヒューマンブリッジを設立、2011年にJPPA(日本ポジティブ心理学協会)の立ち上げに参画。