大黒達也氏
東京大学
国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教
音楽や言語がどのように学習されるのかについて、神経科学と計算論的手法を用いて、領域横断的に研究している。また、神経生理データから脳の「創造性」をモデル化し、創造性の起源とその発達的過程を探る。さらに、それを基に新たな音楽理論を構築し、現代音楽の制作にも取り組んでいる。オックスフォード大学、マックスプランク研究所(ドイツ)、ケンブリッジ大学などを経て2020年4月より現職。
脳科学・神経科学におけるテクノロジーの進化などを背景に、人間の主体性や創造性を脳の機能として捉える研究が進んでいる。脳はどのようなメカニズムで創造性を発揮していくのか。
また神経科学の観点から見て、新しい学びのために創造性を生み出しやすい行動原理はあるのだろうか。
『芸術的創造は脳のどこから産まれるか?』の著者であり、神経科学の視点から人間の創造性について研究する東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教の大黒達也氏に聞いた。
人間の創造性に関する科学的研究の歴史は古く、これまでも心理学や教育学などを中心にさまざまな学説が提唱されてきた。その一方で、近年はfMRI(機能的磁気共鳴画像撮影法)などのテクノロジーの発展により、脳の神経細胞の動きなどを詳しく検証することが可能になり、人間の知的活動を脳の機能として解明する研究が進んでいる。
神経科学の専門家である大黒達也氏は、過去の創造性研究のなかで注目している学説が2つあるという。1つは心理学者ジョイ・ギルフォードが提唱した「拡散的思考・収束的思考」だ。拡散的思考は固定概念にとらわれず、新しい発想を自由かつ無数に生み出していくことで、収束的思考は論理を積み重ねて1つの最適解を導き出そうとすることである。創造性とはこれらの相互作用によって導き出されると大黒氏は話す。
「創造性とは『新規性』と『価値』の両方を満たすもののこと。ピアノの鍵盤をでたらめに叩いただけでは、『新規性』はあっても『価値』がある曲とはならないように、アイデアがただ広がるだけでは足りません。自由に広がった発想を冷静に見つめて価値があるのかを検証する思考のプロセスが必要です。創造性は、脳が拡散的思考と収束的思考というある種の相反する思考を交互に繰り返すなかで、一種の『思考の揺らぎ』としてもたらされると捉えています」
もう1つの学説とは、社会心理学者グラハム・ワラスが提唱した「創造性が生まれる4段階」だ。1920年代に発表された学説で、やや大雑把な概念モデルではあるが、創造的発想のプロセスを上手に表現していると大黒氏は話す。例えば、準備期とは、拡散的思考を意識しつつ、本当に価値があるかを検証する収束的思考をしている状態と捉えられるという。
ステップ1準備期 | 問題設定とその解決策の立案 |
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ステップ2あたため期 | 問題から一度離れる |
ステップ3ひらめき期 | 新たな発想・解決策が突然降ってくる |
ステップ4検証期 | 明確な思想の完成 |
「一般に『考える』というのは準備期のことで、通常は解決策が見つからないまま、この段階で終わってしまう。『天の啓示』と呼ばれるような解決策が突然やってくるひらめき期に至るには、その前のあたため期が重要な役割を果たすと考えています。一旦問題から離れてリフレッシュする段階のことで、おそらく脳内では無意識のうちに思考が熟していくのだと考えられます」
これらすべてが脳科学によって実証されたわけではないが、解明の手がかりになりそうな研究論文が2018年に発表されている。米ハーバード大学の脳科学研究者、ロジャー・ビーティー博士らが、脳内の3つの活動ネットワークと創造性の関係性を明らかにしたものだ(図1参照)。
デフォルト・モード・ネットワークは内側前頭前野を含むネットワークで、自由で創造的な思考・発想を広げるときに活動し、エグゼクティブ・コントロール・ネットワークは前頭前皮質背外側部などを含むネットワークで、明確なゴールのある思考の際に活動する。前者が拡散的思考に、後者が収束的思考に関係する脳内ネットワークで、2つの仲介役を果たすのがサライアンス・ネットワークである。
「通常、人間はこの3つを必要に応じて切り替えながら機能させていると考えられてきましたが、ビーティー博士らの研究によれば、創造性が高いといわれる人は、この3つを同時に働かせられることが明らかになりました。拡散的思考をして発想を広げつつ、収束的思考も働かせて価値を検証する脳内活動を行っているのだと考えられます。創造性が生まれる4段階から考えた時、準備期と検証期は比較的エグゼクティブ・コント ロール・ネットワーク優位の脳活動と考えられますが、ひらめき期はまさにこの3つのネットワークが同時に働く期間かもしれません」
それでは、私たちが創造性を発揮するためにはどうすればよいのだろうか。
「研究成果からの推測ですが、実践しやすい方法としては、『あたため期』を意識的に行うことです。自分なりに熟考した後、一旦忘れて仮眠したり、散歩したり。私も問題解決したいときは、意図的に仮眠します」
拡散的思考を意識的に加速させる方法もある。「ブレインストーミング」はその代表的な手法だ。
「拡散的思考と収束的思考を同時に進められるのは一種の才能なので、誰もが実践できるとは限りませんが、ブレインストーミングは1人では難しい拡散的思考を複数の人で実践するものです。数人で拡散的思考と収束的思考を交互に繰り返していけば、成果を生み出せるはずです」
さらに、「飽きる」という人間の脳の性質を利用することも有効だという。多くの哺乳類や鳥類は、「統計学習」という脳の機能を持っている。外界で起こるさまざまな現象を脳が確率的に把握し、危険を予測して、無意識に避けるような機能を指す。人間の場合は論理的思考を司る前頭前野が高度に発達しており、学習した内容に意味を見出すという特徴がある(図2参照)。
新規性につながる「拡散的思考」(左側)と、価値との整合性を検証する「収束的思考」(右側)が相互に作用することで、創造性が生まれていく(創造性も一種の知能であるという意味では、この分類は間違いだという指摘もある)。
「興味深いことに、人間は統計学習を繰り返すと、学んだ内容やその意味に飽きてきて、そこから逸脱した考えや行動をとりたいと思うようになるのです。おそらくこれは、拡散的思考と収束的思考の揺らぎのなかでひらめき期が訪れるのと密接に関係していると考えられます」
つまり、発想力を強く引き出すためには1つのことを飽きるまで考え続けることが大切なのだ。
「創造性を引き出すためには、新しいことにチャレンジする前に、今の自分が持っているものを極限まで極めることが重要だといえます。飽きるからこそ、思考の飛躍の契機が訪れるのですね。統計学習の機能を徹底的に使うことで、自分が予測できる範囲とできない範囲が顕在化してくる。その両者の境界線上に存在する思考の揺らぎ、創造性が生まれるのだと私は考えています」
大黒達也氏
東京大学
国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教
音楽や言語がどのように学習されるのかについて、神経科学と計算論的手法を用いて、領域横断的に研究している。また、神経生理データから脳の「創造性」をモデル化し、創造性の起源とその発達的過程を探る。さらに、それを基に新たな音楽理論を構築し、現代音楽の制作にも取り組んでいる。オックスフォード大学、マックスプランク研究所(ドイツ)、ケンブリッジ大学などを経て2020年4月より現職。