コロナ禍の中で多くの企業が導入するようになった在宅勤務制度。働き方の変化により、人々のプライベートな生活をどう変えているのだろうか。グローバルカンパニーで20年以上にわたり、人事・人財育成部門の統括責任者として実務にも携ってきた、アデコ株式会社取締役ピープルバリュー本部長の土屋恵子が、Adecco Groupが行った「配偶者・パートナーが在宅勤務メインで働いている759人を対象にした調査」を解説する。
接する時間が増えるとストレスになる?
新型コロナウイルス感染症の拡大にともなって、テレワークを導入する企業が一気に増え、多くの人が週のうち数日、場合によってはほとんどの時間を自宅で働くようになっている。在宅で仕事をする時間が増えたということは、ワークスタイルだけでなく、ライフスタイルも変化したということだ。
「今回、その変化の中で特に『配偶者・パートナー間の関係』に着目してアンケート調査を行いました。これまでは、パートナーの両方が働いている場合でも、どちらか一方が働いている場合でも、ウィークデーに2人が顔を合わせて言葉を交わすのは朝と夜の数時間程度、というのが一般的だったと思います。在宅勤務によって、その時間が大幅に増えることになりました。そうなったときに、パートナー同士の関係はどう変わったのか。よくなったのか、それとも悪くなったのかについて調査しました。
一つの仮説は、『接する時間が増えたことで、ぶつかり合いなどが生じ、ストレスが溜まっている人が増えているのではないか』というものでした。コロナ禍での離婚、いわゆる『コロナ離婚』が増えているといった報道を目にする機会も多く、それが事実である場合、在宅勤務の方法を考え直す必要もあるのではないか。そう考えました。」
コミュニケーション不足が改善された
調査は、2020年12月末の4日間にインターネットで行い、「住居をともにする配偶者・パートナーが週3日以上在宅勤務をしている全国の20代~50代の男女」を対象に、20代から50代の女性400人、男性359人の計759人から回答を得た。
「結果は意外なものでした。全体の82.7%の人が、配偶者・パートナーの働き方が在宅勤務中心となったことによって『関係が良くなった』と回答したのです(図1)。同じく、8割近くが、『今後も相手に現在の働き方を続けてほしい』と考えていることもわかりました。」
図1配偶者・パートナーが在宅勤務メインになってからの相手との関係
(n=759)
関係がよくなった理由で最も多かったのは「コミュニケーションが増えたから」で、次いで「家族で過ごせる時間が増えたから」「自宅にいてくれることで安心感が増したから」などとなっている(図2)。
図2配偶者・パートナーとの関係が良くなった理由(単一回答)
(n=628)
この結果は、両者あるいはどちらか一方が週に3日以上在宅勤務をしているケースだが、これを「どちらも週3日以上在宅勤務をしている」ケースに絞り込むと、「関係が良くなった」人は85.4%まで増える。
「仮説とは異なり、コミュニケーションの時間が増えたことが、ストレスではなく充実感や安心感につながっているということです。これまで特に両者が仕事をしている場合は、対話やともに過ごす時間が不足していると感じていた人たちが多かったのではないでしょうか。その課題が、コロナ禍によって期せずして改善されたと考えられます。」
在宅勤務がもたらす「心理的安全性」
「最近、働く環境における『心理的安全性』に注目が集まっています。心理的安全性とは、自由に対話ができて、拒絶されたり、罰せられたりせず、のびのびと活動することが保証されている状態のことです。
今回の調査結果が意味するのは、パートナー間のコミュニケーションの時間が増えたことで、プライベートな空間における心理的安全性が確保されたということなのかもしれません。そう考えれば、今後もテレワークを推進し、在宅勤務の時間を増やしていくことが、人々の心理状態を安定させ、仕事の生産性向上にもつながる可能性があると言えるのではないでしょうか。
一方、『関係が悪くなった』という人も全体の2割弱ほどいます。その理由の中で顕著に多かったのは、『一人の時間が少なくなったから』というものでした(図3)。この問題は、自宅における部屋の使い方や、仕事時間以外のお互いの過ごし方などを工夫することで改善すると考えられます。」
図3配偶者・パートナーとの関係が悪化した理由(単一回答)
(n=131)
生活のコスト増に対処する必要も
「もう一つ、調査結果で着目すべき点は、関係が良くなった理由に『家事をしてくれるから』という理由が比較的多かったことです(図2)。これは、パートナーのどちらか一方に家事の負担が偏っていたことを意味します。内閣府の『令和元年度 家事等と仕事のバランスに関する調査』によると、単独世代では性別による家事時間に差はないものの、夫婦になると子どもの有無に関わらず女性の家事時間は男性の2~3倍以上になるという結果があります。これらの結果から、家庭における家事分担の公平性が日本ではまだ実現していなかったこと、在宅勤務によってその公平性が少しは改善しつつあることを明らかにしています。これもまた在宅勤務の一つのメリットと言えるでしょう。
最後にもう一つ。『配偶者・パートナーが在宅勤務メインで働くことによる課題』の中でとくに多かったのが『水道光熱費が増えた』というものでした(図4)。在宅勤務手当を支給されている人が全体の2割に満たないことも、この調査から明らかになっています。在宅勤務は働く人の生活のコスト増をもたらすものであること。それに対する適切な手当てを企業側は考えるべきであること。そんな視点を提供してくれる調査結果だと思います。」
図4配偶者・パートナーが在宅勤務メインで働くことによる課題
(n=759)
Profile
土屋恵子
アデコ株式会社
取締役 ピープルバリュー本部長
ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院組織開発修士課程修了。2015年より現職。ジョンソン・エンド・ジョンソン、GEなど、主にグローバルカンパニーで20年以上にわたり、統括人事・人材育成部門の統括責任者として日本およびアジアの人財育成、組織開発の実務に携わる。一人ひとりの個性や強みが生きる、多様で自律的なチーム・組織創りをテーマに、リーダーシップ開発、企業の社会的使命の共有による全社横断の組織改革、バリューに基づく個人の意識や行動変革の支援、組織診断・制度浸透などを手がける。