花輪陽子氏
1978年三重県生まれ。1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)CFP®認定者。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、外資系投資銀行に入社。2009年にFPとして独立する。2015年から生活拠点をシンガポールに移す。著書に『シンガポールで見た日本の未来理想図』(講談社+α新書)、訳書に『大転換の時代』(ジム・ロジャース著/プレジデント社)などがある。
所得水準や教育レベルなどでアジアのトップクラスにある国、シンガポール。そこに6年前に生活拠点を移し、会社を起業したのがファイナンシャル・プランナーの花輪陽子氏だ。シンガポールにおける人々の働き方や仕事に対する意識などについて聞いた。
──シンガポールに移住する前はどのようなお仕事をされていたのですか。
新卒で外資の金融機関に入社したのですが、リーマンショックで失業してしまい、ファイナンシャル・プランナー(FP)の資格をとって独立しました。それが2009年のことです。その後、2015年に夫の仕事に帯同して、1歳の子どもと3人でシンガポールに来ました。
自分の会社を立ち上げたのは2018年です。現在はウェブサイトの有料会員向けコラムを書いたり、富裕層向けのコンサルティングや企業向けの金融コンテンツの研修などを行ったりしています。
最初の会社に入ったところまでは思い描いていたとおりのキャリアでしたが、それ以降は無理やり川に流されて、そこを何とかうまく泳いできたという感じですね。
──仕事へのコロナ禍の影響はありましたか。
それまでも日本からの仕事を遠隔で進めてきた経験があったので、私自身の仕事のやり方は大きく変わってはいません。シンガポール全体で見ると、コロナ禍に入ってからテレワークが急速に普及しましたね。国家政策が一気に進むのはシンガポールの特徴といえます。
──シンガポールの働き方で特徴的な点を教えてください。
一番の特徴は、共働きが当たり前という点だと思います。女性がフルタイムで仕事をするのはごく普通のことで、女性のほうが男性よりも出世が早かったりします。というのも、男性は大学に入る前に兵役に就く義務があって、社会に出るのが女性よりも遅くなるからです。仕事に対する女性の意識も高く、責任あるポジションに就くことを拒まない人が多いですね。
──女性が働きやすい環境が整っているのでしょうか。
誰でも希望すれば生後すぐに子どもを保育園やシッターに預けることができます。その分、育児休暇は短いのが一般的です。産休はもちろんありますが、出産直前まで働いて、出産後は2〜3カ月くらいで仕事に復帰するというのが一般的なケースです。多くの場合、産休明けも元のポジションで働くことができます。
──労働時間や雇用制度はどのようになっていますか。
ジョブ型雇用のワークスタイルが定着しているので、フレキシブルに働き方を決めることができます。ハードに働く人もいますが、日本のような長時間労働はほとんどないと思います。
雇用に関しては、企業が比較的容易に解雇できる一方で、自分の意思で転職する人も多いですね。働く人たちは条件を細かく見ていて、月給が1万円違うだけでも転職したりします。企業側が優れた人財を確保するには、福利厚生や報酬などの点で差別化を図る必要があります。
──人財の流動性が非常に高い社会といえそうですね。働きやすさという点ではいかがですか。
非常に働きやすい社会だと思います。日本のニートと呼ばれるような人はシンガポールにはほとんどいません。障がいがある方や高齢者にも働く場所があります。社会全体で適材適所が実現しているわけです。日本ほど社会保障が充実していませんが、企業は67歳までの再雇用義務があり、2030年には70歳に引き上げられる予定。人々のなかにも「誰もが年をとってからも働き続けるのが当然」という意識が根づいています。
──「スキルズフューチャー」というキャリアサポートの制度を国が用意しているそうですね。
成人が職業訓練や研修を受ける際に補助が出る制度です。25歳以上のシンガポール人が、仕事でのスキルアップのための教育プログラムを受講する際に、授業料の補助金(1人500シンガポールドル)を政府が支給しています。
語学習得などに活用している人が多いようですね。40代や50代でも、新しいスキルを習得するためにこの仕組みを使う人が少なくありません。再チャレンジを後押しして、長く働くことを可能にする仕組みといっていいと思います。
──企業文化にはどのような特徴がありますか。
カルチャーは欧米企業に非常に近いと思います。会社行事や飲み会などはほとんどなく、会社がプライベートに干渉することもありません。家族の時間が尊重されているし、信仰の自由も保障されています。
ダイバーシティは、特に国籍の面で進んでいます。シンガポールは外国人労働者が多い国で、働く人の約4割は外国人です。企業のなかにも外国人がたくさんいます。とくに外資系企業は、中国、インド、オーストラリア、欧米など働く人の国籍がとても多様ですね。
──収入の格差もあるのでしょうか。
低賃金で働いている人もいますが、企業の最低月収は月12万円程度で、実際には15〜20万円くらいの給料を払っている企業が多いようです。そういう意味では、収入格差があっても、貧困にあえいでいるといった人は少ないと思います。
──国籍や永住権の有無によっても待遇の違いはあるのですか。
仕事に関しては、国籍保有者、永住権(PR)保有者、外国人労働者の3つのカテゴリーがあります。外国人労働者は一社としか契約できませんが、PR保有者は副業をしたり、フリーランスで働いたりすることが可能です。また、社会保障の面でも、厚生年金のような仕組みが適用されるのは国籍保有者とPR保有者に限られます。
私も過去にPRを申請したことがあるのですが、却下されました。どうやら、国籍ごとに枠があって人数が制限されているらしく、1回の申請で通ることはほとんどないようです。
──シンガポールには「デジタル先進国」というイメージがあります。デジタル人財を育成する仕組みが整っているのでしょうか。
日本と同じようにシンガポールでもエンジニア不足が深刻ですが、外国人のIT人財を積極的に登用して人財不足に対処しています。国内での育成という点では、子ども向けのプログラミング教室がたくさんあって、早い段階からデジタルスキルを身につけられるのが日本との違いですね。
──デジタルに限らず、教育熱は非常に高いようですね。
家庭の教育支出がとても多く、習いごとや塾に通っている子どもがほとんどです。国のレベルで見ても、教育予算の割合は非常に高いです。
教育についてはかなりはっきりした能力主義で、しかも早い段階で能力を見極めるのがシンガポールの特徴です。小学校の卒業試験で将来が決まるともいわれています。
しかし、勉強が得意でなくても、専門学校で職業訓練を受ける機会が保証されているなど、それぞれの道で生きていく選択肢は用意されています。勉強ができれば将来的に高収入の仕事に就くことができますが、それだけ責任も重くなります。一方、収入が少ない人はそれほど大きな責任を負う必要はありません。その点では、とてもフェアな社会であるといっていいと思います。
──シンガポールでも日本同様に少子化、高齢化が進んでいます。日本のこれからに参考になりそうな点はありますか。
少子高齢化の時代に必要とされるのは、女性、高齢者、外国人が活躍できる社会をつくることです。シンガポールではそのような社会づくりがとても進んでいます。
日本は、以前と比べれば女性活用がかなり活発になっていますが、外国人活用に課題があるように感じます。行政の手続き、社会保障、言葉などの点で、日本は外国人に対するハードルが非常に高い国です。外国人でも行政手続きがオンラインで簡単にできるところなどは、シンガポールがお手本になりそうです。
──これからもシンガポールで働かれるのですか。
子どもの教育があるので、少なくともあと10年くらいはシンガポールで暮らすつもりです。その間に、自分の会社をもっと大きくしていくことが目標です。コロナ禍が去って国境が再び開いたら、シンガポールに移住したいという日本人や、日本で働きたいという外国人のサポートをして、日本とシンガポールの架け橋になる活動に力を入れたいと思っています。ゆくゆくは、夫婦で会社を経営してみたいですね。
花輪陽子氏
1978年三重県生まれ。1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)CFP®認定者。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、外資系投資銀行に入社。2009年にFPとして独立する。2015年から生活拠点をシンガポールに移す。著書に『シンガポールで見た日本の未来理想図』(講談社+α新書)、訳書に『大転換の時代』(ジム・ロジャース著/プレジデント社)などがある。