大澤正彦氏
日本大学文理学部次世代社会研究センター長/ドラえもん研究者
1993年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。
学部時代に全脳アーキテクチャ若手の会を設立。認知科学会にて認知科学若手の会を設立、代表に就任。2020年4月から日本大学文理学部助教。同年12月から次世代社会研究センター長。夢はドラえもんをつくること。
物心ついた頃からドラえもんをつくることが夢になっていたという大澤正彦氏。将来的に、「AIと人間の違いがゼロになる」ことを目指す。日本大学文理学部次世代社会研究センター(以下、研究センター)のリーダーとして、どのように組織を運営しているのか、人間とAIの未来はどうなるのかなど、話をうかがった。
――大澤先生はドラえもんをつくる目標に向かって、AIの研究をされています。技術は日々進化していると思いますが、人とテクノロジーの未来はどうなっていくとお考えですか。
よくいわれるのはシンギュラリティ、つまり人工知能が人間の能力を超える日が来るという考え方ですが、人を超えるAIができるかどうかという議論を実は研究者はあまりしません。
ただ、シンギュラリティの前提にあるのが「収穫加速の法則」で、新たな技術が1つできたときに、それを起点に次の発明が加速する、あるいは高度化するという法則です。
この法則に則って考えると、技術は指数関数的に発展していくことになります。僕らが直感的には想像しにくいような成長曲線を描くはず。つまり、10年後、20年後は今より速いスピードで次の発明が起こり、技術が進化していくのだろうと想定できます。
――AIが私たちにとって身近なものになってきた一方で、一般的に理解が追い付いていない気がします。そもそもAIとは何なのでしょうか。
AIの理解には2つの捉え方があります。1つは擬人化せずに捉える方法、もう一つは擬人化して捉える方法です。前者ではAIは今目の前にあるツールとして扱われますが、後者の場合にはしばしば「将来、人間を超えて世の中を支配するのではないか」「友達になれるのではないか」といった想像がふくらみます。この2つは一緒にして語られることがありますが、分けて考えたほうがよいでしょう。
では、それぞれの未来はどうなるのか。前者のツールとしてのAIは、指数関数的に性能が上がっていくでしょう。判断が難しいのは、後者の擬人化されたAIのゆくえです。将来、ドラえもんみたいにコミュニケーションができるAIが生まれるのかというと、考え方は研究者によって分かれます。
技術が100進んだからといって、人が「ドラえもんだ」と感じるレベルも100上がるとは限りません。人間の感じ方と技術の性能は、比例で対応するわけではありません。人間の感覚に左右される擬人化されたAIの進展については、まだまだ研究が必要で、同時に人間についての研究も必要になります。
――AIが進化することで、人間が行っている仕事がAIに取って代わられるという脅威論もあります。
AIに限らず、オートメーション化する技術全般が、人間の代替となり得ます。手作業から工業化することで人間の仕事が奪われることは、これまでも当たり前にあったことです。AIを特別視して仕事を奪われる未来を想像してしまうのだとしたら、それはAIを擬人化しているからです
冷静に捉えると、ルーチンワークのようなものを自動化できる技術が生まれれば、代替するのが人類の発展です。ただし、それが起こるのが急速すぎるとバランスを崩してしまいます。ゆっくりと段階的に人の仕事が機械に置き換わるのなら問題ないと考えています。
――AIの研究者として大澤先生が考える、人間とAIの違いは何でしょうか。
今のAIと人間は違いが無数にあり、比較できないほど違うものです。ただし、「将来的に進化したAIと人間の違いとして何が残りますか」という問いになると、答えは変わってきます。僕は究極的にはゼロになると思って研究しています。しかし、ゼロという意見よりはイチ残るという考えのほうが主流で、おそらく僕は少数派です。
では、イチ残ると考えている人のイチは何かというと、人はAIをどんな存在と捉えるかという観点です。つまり人に人だと思われているのが人で、人にロボットと思われているのがロボットという違いです。
例えば、まったく同じ仕事をしていても「お店での接客は人間にしてもらいたい」と考える人は、今も将来もたくさんいるでしょう。「人間がいい」と思われてしまったら、それは決定的な違いになるんです。
でも僕は、そこを乗り越えてドラえもんにたどり着きたいんです。のび太が「ドラえもんはロボットだから、ジャイアンにやってもらいたい。だって人間だから」と思うことはないんじゃないかな。だからゼロにすることを最後まで目指したいのです。
――大澤先生が考える「人間らしさ」とは何でしょうか。
AIとの比較ではなく、知的生命体としての人間らしさでいうと、最大の特徴は、「心がループする」ことだと思います。例えば、「これからジャンケンをしましょう。僕はパーを出しますね」と言ったときに、それを信じてチョキを出すべきか、いや、そう言いながらグーを出してくるかもしれないからパーかな、いや、やっぱりチョキがいいのかなと、計算不能なループをする。あるいは、好きな人をご飯に誘うときに、どうしたらうまくいくだろうと無限に考えてしまう。この情報処理が人間の本質ではないかと思っていて、その能力が生まれたために人間は賢くなったという仮説もあります。
――大学時代に「全脳アーキテクチャ若手の会」を立ち上げました。現在は日本大学文理学部で研究センターを持たれています。リーダーとして心がけていることはありますか。
僕はリーダーシップよりもフォロワーシップを大事にしていて、「自分を正解にしない」ということを意識しています。リーダーが「ここに向かうぞ!」と引っ張ることも大事ですが、リーダーの考えが唯一の正解ではないと思っています。
研究センターでは、学外の方も入ってこられる仕組みをつくっていて、自分の学生時代の同級生が参加してくれたりしています。彼ら/彼女らは、「大澤、それ違うだろ!」というようなことを学生の前で普通に言ってくれます。それがすごくいいんです。研究センターのメンバーは150人ほどいますが、僕がメンバーをまとめるのではなく、150人のリーダーがいるというイメージを持ちながら、自分自身は彼ら/彼女らにとっての最高のフォロワーになることを目指しています。
高校生の頃からリーダーの立場になることが出てきたのですが、みんなの前に立って「これやろうよ!」と言ったときに、僕と違う考えを持つ人や、僕のことを苦手に思う人が輪のなかに入れなくなることに気づいたんです。そのことにすごく違和感を持ち始めて、自分が中心にいる組織のあり方は違うなと感じ、できるだけ端っこにいるようにしています。自分が端っこにいれば、端っこにいる人と一番近くにいられるので、淋しい思いをする人がいなくなります、仮に僕のことを嫌いでも、居心地が悪くない組織にすることを大事にしています。
――自分のことを嫌ってる人がいる状況なんて、落ち込んでしまわないのですか。
これは僕の特殊能力らしいのですが、僕は自分のことを嫌ってる人のことを大好きになれるんです。「僕みたいなタイプ、苦手だろうな。そりゃ好みってあるもんね」と思うだけなので。
そして、「僕はあなたの好きなところをいっぱい見つけられるよ」って思うんです。嫌われたからといって相手のことを嫌いになるのは、ある意味、思考停止じゃないかなと思っていて。嫌われているから嫌いと思うのって、楽じゃないですか。でも僕は、世界の80億人みんなでドラえもんをつくりたい。だから、嫌われたからといって相手をはじいてしまうことで、ドラえもんができたときに喜んでくれない人が増えるほうが、僕にとっては苦しいことなんです。
――以前からそういった考え方で人と接してこられたのでしょうか。
いや、大学4年生くらいまでは人間が好きだなんて思ったことはなかったんです。「ドラえもんをつくるんだ」とずっと言ってきて、周囲に笑われてきた人生だったから。でも、大学生の時に仲間と思える人から「お前はドラえもんをつくる人だからな」と真顔で言われた瞬間、人生が変わる音がしました。
認めてくれる人がいるとわかったら、自分が主役のストーリーだけであることのつまらなさを強く感じたんですよね。だから今は徹底的に脇役にもなろうと思っています。ある人が主役となる人生の物語のなかで、自分というキャラクターがどんな名脇役になれたらその人のストーリーがより面白くなるだろうと、いつも考えています。それも、一般化するのではなく、一人ひとりと向き合うときに、その人専用の脇役モデルを作るようにしています。
――今後ますます加速していくAI社会を、私たちはどう生きていけばいいのでしょうか
一番は、自分らしく生きることだと思います。テクノロジーに代替されていくものは、多くの人がやることからです。それなのに、学校では多くの人にとって大事なところから教わっていくんですよね。だから学校の勉強だけしているのは損じゃないかなと思ってしまいます。
例えば、ドラえもんのひみつ道具のなかで何が欲しいかという質問をすると、1位が「どこでもドア」で、次に「ほんやくコンニャク」が出てくる。でも、「ほんやくコンニャク」はすでにできつつある。「英語は大事だ」「世界公用語だから」と言われて一生懸命勉強した結果、社会に出る頃には同時通訳が完全にできる技術が完成している可能性が高い。「英語だけ必死に勉強してきた自分はどうなるの」という状態になってしまいますよね。
一方で、YouTuberみたいな新しい職業が注目され、それで生活が成り立つ人もたくさん出てきました。自分なりの生き方をしていると希少性が高いので、代替されません。世界で1人しかやっていない仕事を代替するための技術開発は行われないので、ほかの人がやっていなければいないほど、代替されにくくなるわけです。
だから、趣味を持って好きなことをやればいいと、僕はいつもアドバイスしています。僕自身、「どうせムリだろう」と諦めるのではなく、みんなが自分のやりたいことを全力で頑張れるような研究室を作っていきたいと考えています。
大澤正彦氏
日本大学文理学部次世代社会研究センター長/ドラえもん研究者
1993年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。
学部時代に全脳アーキテクチャ若手の会を設立。認知科学会にて認知科学若手の会を設立、代表に就任。2020年4月から日本大学文理学部助教。同年12月から次世代社会研究センター長。夢はドラえもんをつくること。