山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版)など多数。
世界が新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われて、すでに2年あまりが経過した。
現在は、第6波の最中にありながらも、ネクストノーマルにふさわしい新しいビジネスモデルや働き方に移行すべき段階に入っている。
2022年の日本そして世界の経済と雇用情勢の見通し、企業が目指すべき進路、働く個人が持つべき心構えなどについて、日本総合研究所の副理事長、山田 久氏に聞いた。
新型コロナウイルスの感染拡大により未曾有の危機に見舞われた世界経済も、2021年には持ち直しの動きが見られた。GDP(国内総生産)をはじめマクロ統計的には、米国はすでに感染前の経済水準を上回っており、欧州も国によって差はあるものの、全体では早ければ21年中、遅くとも22年半ばごろにはコロナ前の水準を回復すると推測されている。しかしその一方で、21年後半に変異ウイルス「オミクロン型」の感染が急速に拡大。都市封鎖や行動制限、あるいはワクチンの接種動向などにも各国間で温度差が見られ、世界経済の先行きはやや見通しにくくなっている。
「これまでの潮流として、感染の波は繰り返し起こっているものの、経済への影響が少しずつ減衰しているのは事実です。過度な楽観はできませんが、ワクチン接種や治療薬の開発による恩恵が着実に広がって、経済への影響をある程度制御することが可能になり、22年以降は徐々に回復に向かうと考えられます」
しかし一方で、世界経済に対する新たなリスク要因が生まれていることに注意が必要だと山田氏は指摘する。
その1つは、中国経済の先行きの不透明性だ。これまで中国経済の成長の大きな原動力となっていたのが不動産投資だが、その裏側で企業は多額の債務を抱えてきた。21年12月になって格付け会社が不動産大手を部分的な債務不履行(デフォルト)と認定するなど、不動産市場に不透明感が広がっている。中国政府は対策として不動産会社への規制を強化。結果的に国内の不動産販売が減速しており、景気全体に負の影響をもたらしている。
さらに意外な足かせとなっているのが中国政府の「ゼロコロナ政策」だ。
「オミクロン型のような感染力の強い変異株が現れると、封じ込めることは極めて困難。それでも中国の場合、ひとたびクラスターが発生すると数万人規模の都市全体を封鎖するというやり方を続けています。工場も閉鎖するので、そのたびに経済活動がほぼストップしてしまう。中国は中央集権的な封じ込め策により、ウィズコロナ時代の勝ち組になるかと思われていたのですが、むしろ世界経済のブレーキになりかねない状態です」
もう1つのリスク要因とは、世界的な“脱炭素”の潮流などを背景とするエネルギー価格の高騰だ。近年、欧州諸国を中心に石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料の開発を抑制するとともに、再生可能エネルギーへのシフトを急速に進めてきた。化石燃料の供給が減る一方で、世界の自動車産業がEV(電気自動車)へシフトしていることもあって、電力需要は拡大している。
現状は、再生可能エネルギーだけではこうした需要増を賄えていない。この結果、21年後半にエネルギー受給の逼迫が明らかになり、石油や天然ガスなどの価格が高騰したのだ。
加えて、コロナ禍によって半導体や自動車部品などの供給が制約されていること、コロナ対策として欧米各国が手厚い給付を行った結果、働き手がなかなか労働市場に戻ってこず、労働供給が不足していることなどにより、すでに欧米諸国では物価の上昇圧力が強まっている。
「特にエネルギー価格の上昇は脱炭素に向けた根本的な構造変化が求められることに起因する問題なので、仮にコロナ禍が収束したからといってすぐに改善するわけではありません。これらが22年の経済回復を鈍化させる可能性があります」
それでは22年の日本の経済・ビジネスはどのように推移するのだろうか。
「大まかにいって、日本にとっての21年は『ウィズコロナ:フェーズ1』の段階だったと考えています。コロナとの共存には、経済再生と感染抑制のバランスを図ることが欠かせませんが、21年は結果的に感染抑制の比重が大きかった。おそらく22年は、感染抑制がある程度効果的にできるようになり、いよいよ経済再生に比重を置く『フェーズ2』の段階に入っていく。基本的な流れとしては、このように捉えてよいと思います」
ただし、経済活動が再開するといっても油断はできないと山田氏は付け加える。むしろ「フェーズ2」に入ると、企業ごとの業績や成長力に差がついていく可能性があるという。
「以前から注目されてきた『①DX(デジタル・トランスフォーメーション)』に加えて、21年に改めて強まった『②脱炭素』への対応、そして前述のような中国経済の減速リスクにも対応できるような『③サプライチェーンの見直し』。いずれもビジネスモデルや業界構造を大きく変えるようなテーマなので、この3つにどう対応していくかで、企業の今後の動向に大きな差が出てくるはずです。すでにそういう動きが始まっていますが、22年はその明暗がよりはっきり表れる年になるだろうと推測しています」
日本の雇用情勢については、改善の方向に向かうと山田氏は話す。
「コロナ禍で経済が失速したなかでも、日本の有効求人倍率は1以下になることはありませんでした。つまり求職者数が求人数を上回ることはなく、人手不足状態はずっと続いていたということです。経済活動が本格的に再開すれば、企業にとって人手不足問題はより深刻化すると考えられます」
以前から日本は、有効求人倍率は高いのに失業率が下がらない状態が続いている。求人需要があっても労働条件やスキルなどが合わない「雇用のミスマッチ」が原因だ。人手不足に対応するためには雇用のミスマッチを解消していく必要があり、これが22年以降、企業の大きな課題になっていくのではないかと山田氏は予測する。
「その対策としては、以前から指摘されていたように、企業側がリスキリング(再教育)に真剣に取り組むことが重要です。コロナ禍を契機にテレワークが当たり前になり、組織内のコミュニケーション不足や社員の帰属意識の希薄化が起こっているなか、企業と個人の新しい関係性を築いていく意味でも、リスキリングは有効だと考えられます。『この会社にいると成長できる』という期待や実感があれば、そこで働き続けたいと考える社員は増えるはずですから」
世の中の先行きが不透明で、今後必要なスキルが見えにくいといわれるが、じつは前述のように『DX・脱炭素・サプライチェーンの見直し』という3つの潮流は見えている。そのなかで業界や企業としてどう対応していくのか、経営陣が明確に打ち出すことがリスキリングのためにも必要だと山田氏はいう。
「それを提示できれば、従業員にとっても自分が新たに身につけるべきスキルが具体的に考えやすくなります。誰もが不安感を感じているなか、事業変革の方向性を打ち出すことは、その企業が選ばれることにもつながるはずです」
また今後、働き手としては、自分が勤めている企業の枠組みを超えて発想することが大切になると山田氏は話す。
「変化の激しい時代となり、これからは5年後、10年後という近い未来でも、現在の姿のままで生き残れる企業は少数派になっていくと思います。そんな時代に自社内だけを見ていたら視野がどうしても狭くなり、新しい時代に自分が身につけるべきスキルや能力も判断しにくくなります。しかも人生100年時代ですから、仕事以外の領域でも自分の生きがいや成し遂げたいことなどを見つけて、主体的に設計していく『キャリア自律』『ライフキャリア』の視点も重要です。といっても難しいことではなくて、他業種の人と交流してみたり、夜間大学に通ってみたり、副業を始めてみたり。今の会社や仕事の枠を超えて、発想や価値観を拡げていくことが重要だと思います。企業側も、異業種企業との相互出向制度を導入するなど、発想を広げるための手助けをするような活動にぜひ取り組んでいただきたいです」
山田久氏
日本総合研究所 副理事長
京都大学経済学部卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、1993年に日本総合研究所調査部出向。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。2015年、京都大学博士(経済学)。著書に『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版)など多数。